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幻像の気配 3

「狐っていなり寿司より、肉食べそうだよね」

「お狐さまと言ったら油揚げといなり寿司ですよ」

「まーそうだけど」

 稲荷とついているのだから、狐はいなり寿司が好きなのだ。それは迷信の話ではないかとも思うが……。

 迷信と現実の反転が起きているのが、辰美の周りだ。


 コンビニでいなり寿司を購入する。二人はスポーツドリンクをそれぞれ持って、本気を出した太陽の下歩き出した。

 炎天下の七月末の日差しは体にこたえる。ミンミンゼミのうるさいほどの合唱が人気のない外を支配している。

「マムシに気をつけなければなりませんね。」

「マムシ?!やだ」

「スズメバチもいますよ。山の中は」

「行きたくなくなってきたんだけどぉ…。」

「今まで何も知らないで歩いていたんですか?」呆れともつかない落胆に、苦笑いするしかない。

「都会っ子ですから!」

「はあ…」


 一応と緑が持参してきた虫除けスプレーを借りて、腕や足に吹きかける。薬剤の独特なにおいに夏を感じた。

 越久夜間山(おくやまさん)の麓では氏子や町内会の人々がせっせと準備をしていた。邪魔をしないようにコソコソと山を上る。

 越久夜間神社は祭りの落ち着かなさがあったものだが、稲荷神社の方は鬱蒼とした草木同様静かなものだった。

 赤鳥居を潜り、辰美はいなり寿司の入ったビニール袋を突き出した。

「神使さーん。きましたー!」

「おお。小林殿、と辰美。そのいなり寿司は私らのために持ってきたのかね?」

 先程まで気配すらしなかった神使が尽かさず現れ、足元にやってくるやいなり寿司を見上げている。

「そうです、手作りではないのですが」

「なんと信心深い。ありがたや」

 コクリと頭を下げると、緑からいなり寿司を手渡ししてもらう。金色の狐は黄緑色の瞳を輝かせた。

 いなり寿司をガツガツ食べている様は野生動物そのものだが、彼は神の使いだ。狐は嬉しそうに目を細めた。


「油揚げもよいが、いなり寿司はさらによい」

「ホントにいなり寿司と油揚げ好きなんだね…」

 感心した辰美に神使は鼻を鳴らした。

「これだから最近の若者は…。我々神使は動物に擬態してはいるが、限られたモノしか食わん。人間が持ってきた供物しか食べんのだ」

「へー」

「それでお二人とも。なんの用でここへ来たのかね?」

 ぺろぺろと口の周りに着いた味をなめとりながら、彼は問うてくる。余程美味しかったみたいだ。


「神代の時代に、日本神話ができるより前に…この地に巫女がいたのは知っていますか?」

 狐はしばし考えた後

「ああ、いたとは山の女神から聞いたことがあるが……私らは江戸時代に代替わりしたから、なんとも言えんなぁ」

「神使って代替わりもあるの?」

「御祭神に宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)だけでなく荼枳尼天(だきにてん)が加わり、我々神使もあっぷでーとされたのだよ。」

「荼枳尼天も祀られているのですか。」

「まあ、表向きにはしていないがねぇ。」


「ダキニテンって何?」

「稲荷神の本地仏(ほんじぶつ)とされた、インドの女神さまです。」

 緑が尽かさず知識を披露してくれる。

「え、インドの神さまなの?へー…江戸時代かあ」

 神代以前の時代からしたら江戸時代などつい最近でしかない。神や人ならざる者に寿命なんてものはあるのだろうか?

「ふん、江戸時代から今の世まで生きているのだ。私らは今世の人間より列記とした先輩だぞ。敬いまたえ。」

 胸を張って彼は自慢する。

「江戸時代も二百六十五年間も続きましたものね」

「そうだ。今世とは比べ物にならん」

「私なんて二千十六年から来たんですけど?」

「は?」

「辰美さん」


 窘められて辰美はバツが悪くなる。「冗談だよ」

荼枳尼天についてネットで少し調べました。

名前などはやんわり知っていたのですが、インドの夜叉神なんですね。勉強になります。

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