時空を超えるという事は 6
マイペースな女子大生は席を立ち、辰美を引っ張り出した。
「辰美」
「なに?」
「あんまり、難しいハナシに首突っ込まない方がいいよっ」
明るい笑顔から一転、咳から離れた途端、見水が腕を引き寄せて真面目な顔で言う。
「…見水」
「有屋さん、なんか…辰美を違う人として見てるような気がする」
「へ?違う人?」
「なんだか、気味が悪いよ」
とりとめのない言葉を小さく呟き、小さくはにかんだ。みたいに見えた。
「辰美は、辰美だから。気味が悪い世界に取り込まれないで」
「あ、ありがと…」
照れくさやらで言葉少なになってしまう。ニコリと笑う親友に、頼もしさを感ずる。
「ソフトクリーム、何にする?」
「えっと、チョコバニラかな」
「じゃ、奢ったげる!」
「いいの?!」
ソフトクリーム屋はやる気のない様子。久しぶりにこうしてアイスを食べるものだ。
「アイスうまー」
見水に奢ってもらい、ソフトクリームを食べながら冷風を浴びている。夏が始まって以来久しぶりに贅沢な時間を甘受している。幸せだ。
「ネーハちゃんもアイス食べる?」
端に物欲しそうにソフトクリームを眺めているネーハがいた。人ならざる者も甘い物が欲しくなるのだと意外に思う。
「私は修行中、故…」
「修行してるんだ?すごい!」
「…人間の修行とは違うんだけど…人ならざる者は人間の食べ物は基本食べられないんだ」
「そっか〜」
二人はしばし無言で過ごす。バニラとチョコレートの作り物の甘さが舌の上で広がる。
「辰美さん…」
いきなりか細い声で話しかけてきた。
「何?」
「傍観者である天の犬に入れ込んではダメだ。あれは…あまり良い者じゃない」
「エベルムが?」
「ああ、あれは傍観者の中でも危険な部類だ」
駐車場を眺めながらネーハは静かに言った。
「私は…誰かが利用されているのが、嫌なんだ。自分と重なって、きついんだ」
「…。ネーハちゃんは─」
「私は貴女を見捨てない。見捨てたくない」
橙色の瞳を陰らせて護法童子は零した。まるで清廉潔白な、清らかな人間みたいだと、辰美は落ち着かない気持ちになる。
「だ」大丈夫だと口走ろうとした。だが、ネームは手を差し出してきた。
「おまじないをかけてあげる」
「えっ」
「有屋さまがおまじないをかけたのは右手だから、左手を貸してほしい」
「う、うん」
包帯まみれの左手をさしだすと、そっと握り込む。何やらオマジナイだろうか──囁いた。
「!」
その瞬間、ネーハから強いエネルギーがなだれ込んでくる。不思議な感覚が体を襲う。
それと共に、映像が蘇ってきた。
「有屋さま!」
「…ネーハ、大丈夫。腕をやられただけだから…」
なくなった腕をみやり、有屋 鳥子はズルズルと力を振り絞り壁に寄りかかる。
「悪神にやられたのですね。なんと惨たらしい…」
ネーハは食い荒らされ散らばっている神使の残骸を目にする。
「これは私たちの、越久夜町の責任よ。天津甕星を、彼をこれまで私たちは見て見ぬふりをしてきた。いえ、あの時…争いが起きた時に私たちは彼と女神に…いたっ……」
傷口を抑えて、顔をしかめる。
(有屋さんが…何が起きてんのよ?いつの記憶?)
天津甕星。
長髪の華奢な少女が思い起こされる。あれはかつて神と交信していた太古の巫女─月世弥を模しているだけの、ハリボテ。
(天津甕星を満足させなかったから、こうなった…?)
バッドエンドにも捉えられる現状に、ネーハは悲惨な声音をしぼりだした。
「有屋さま──…」
(町が、神さまたちが死んでしまうの?)
いやだと辰美は強く渇望した。これは誰の感情なのだろう?
切り開かれた先にネーハの爽やかな笑顔がフラッシュバックし、なんとなく安堵する。あれはいつのシーンなのだろう?
彼は幸せな結末を迎えられたのだ。
現実に引き戻され、ハッとする。ネーハから手を離し、礼を言う。「ネーハちゃんも魔法使えるんだね」
「魔法…というより祈り?なのかな」
きっとネーハはこの現象に気づいていない。
「…私は希望を与えるために護法童子に命じられたんだ。だから、君にシンパシーを感じているのかもしれない」
「ネーハちゃんも大変だね」
「まあ、他の護法童子に比べたら小さいものだよ」
護法童子たちがこの星にいるのだと想像して、自分に似た状態の者がいるのだろうかと気になってきた。ただ、居たとしても何になるのだろうか。
アイスクリームとソフトクリームの違いを今更ながらに知りました(笑)