時空を超えるという事は 5
有屋に案内され辿り着いたのは古びた平たい建物だった。修繕された跡があり、辛うじて「三芳パーキングエリア」と読めた。
あの楔形文字が上から雑に書かれている。この現状に誰も異論を唱えない。
車は疎らだが、貨物をつんだ大型車や軍の関係だろうか、それもあの読めない文字が書かれていた。
皆くたびれた様相でベンチに座ったり、建物内で休んでいる。何か、どこか澱んで─穢れていた。
鄙びた空気がそこら中に圧倒されていると、有屋が言う。
「日本語はほぼ全滅したわ。あの楔文字みたいのが、今の〓〓〓の文字よ」
「え?!シュメール語かと思った!」
彼女は溜息をつき、目を指さした。
「その目のおかげで日本語に読めていたのかしら。まあ、越久夜町や隣町は二千年代の文化で留めたから日本語が残ってるけれども」
「あれは何語なの?」
「■■語よ」
聞きなれない単語に眉をひそめた。
「この時空に永住するなら勉強しなさい」
「うん…永住ね」
ハッピーエンドの後はどうなるのだろう?この時空に居られるのだろうか?
また異なる世界に飛ばされたら…。
「その顔、クソ気に入らない」
「─辰美さん、有屋さん。水、持ってきました。」
二人が紙コップを手に席に戻ってくる。建物内のイートインスペースの冷房はあまり効いてないため、少し蒸し暑い。
"ミヨシパーキングエリア"で持参した弁当を分け合って食べる。有屋はパーキングエリアにあるコンビニで買った菓子パンを食べ始めた。
「久しぶりに会いましたね。有屋さん」
見水が呑気におにぎりを頬張って言う。
「悪い魔法使いの件以来だったわね。貴方こそ、辰美さんと仲良くしているのかしら」
「最近はクーラーの効いた部屋から出るのが億劫で」
「そうだったんだ?!見水?ひ、ひど!」
「ごめんねー辰美」
「異常に暑いですものね。今年は」
緑が同意する。暑いと言って外にあまり出たがらないのは普段の生活から一目瞭然だ。
「そうそう。梅雨が来たと思ったらさ、いきなり猛暑日続いて」
「温暖化の周期に入ったから仕方ないわね」
「ふーん。私がいた時代は梅雨は梅雨、夏は夏だったけどね…」
「令和から異常気象が顕著になりだしたのよ。まあ、なんどか人類が滅びかけて改善してきたけれども」
(レイワ?え、もしかして新しい元号?)
「辰美がまだ百五十年より以前にいた人には見えないよね。雰囲気も最近までこの世界にいみたい。」
「確かに。そんなに文明?とか変わってないね。宇宙に行ってるとかじゃなくて良かったわー」
「…。それに私たち、見水さんと私が…辰美さんが時空を移動する前にいた二千十六年にいたのもおかしな話です」
緑の言う通りだ。輪廻転生が本当だとしたら、の話もあるが同じ容姿に同じ性格の人間が何度も現れるだろうか?
「時空が違うから有り得るんじゃないかな?」
「うーん、まるで時間が止まってるみたい」
見水も辰美の返答にううむ、と唸る。
「春木さんに聞いてみましょう」
それを傍受していた有屋は分かりやすく嫌がった。
「やめなさい。彼女に聞いても答えてはくれないわ」
「じゃあさあ、有屋さんは答えてくれる?」
「は?嫌よ」
滑らかな髪を手ぐしでとかしながら、彼女は眉にシワをよせた。
「なら、東京の事は教えてくれない?」
「はあ…しょうがないわね。…まず、東京には上位の人ならざる者─神仏は存在していないわ。東京を収めていた最高神は死んだ。だから近寄ってはいけないの。貴方たちに何が及ぶか分からないし、何より神が消失してから時間がかかりすぎてる。二千十六年から、もう長らく無法地帯よ」
「え、でも」
「強大な最高神なら例え死んでも、膨大な空間は数百年くらい動いていけるわ。」
「私は、なんでその時代から来たんだろ」
「さあね。地球の神に聞きなさい」
「麗羅さんに?」
「……答えてはくれなそうね。」
「あの、ライラさんというのは?」緑が堪らずに質問した。
「辰美さんの知り合いよ。」
(嘘つき)
「…そうですか」
(顔でバレてる?)
冷凍食品のから揚げを慌てて食べて取り繕う。久しぶりに冷凍食品を食べた。
「私たちに話してない事たくさんあるんじゃないのぉ?辰美?」
「ま、まあ」
見水のあからさまな、不満げな顔に苦笑するしかない。二人は釈然としない様子だが、麗羅の話をすれば何かが変わってしまう予感がした。
「有屋さん。私は春木さんに、時空の事をきいてみます」
きっぱりと断言したイヅナ使いに、有屋はふんと鼻を鳴らした。
「貴方ごときの人間にできるかしら?」
「ええ。」
緊張した空気が漂い、どうしたてよいか分からない。
「じゃ、私、辰美とアイス買ってくるね!」
マイペースな女子大生は席を立ち、辰美を引っ張り出した。
異常気象な今年の夏を参考にしました…
あまりも暑かったりするので、過去の夏がどんな感じだったか忘れてます。違かったらすいません