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時空を超えるという事は 3

「こんちゃ〜〜」

 やっとの事で骨董屋に来ると汗を拭う。夏が深まっていくにつれ、体も答えてくる。

 加えて二日酔いに似た余韻が抜けないために、まだふらついている。朝起きたら右手の爪がひとつ剥がれていた。痛いのと不気味だ。

「うえ」


「辰美、大丈夫?」

「うん」

「…辰美さん、東京に向かいましょう」

「う、うん」

 心做(こころな)しかぐったりした辰美に、少し困った緑と見水。軽自動車を前に三人は骨董屋の前にいた。


 これから東京に行く。


 県としては東京の真上にあるため、近場ではあるとは思うが電車がないため、移動手段は見水の車だ。

「緑さん、案内お願いします」

「はい」

 二人に倣って乗車する。辰美は後部座席に座り──内心無事に着くかドキドキしているが──身を任せる事にした。

「辰美さんは寝ててもいいですよ。なんだか疲れているようですし」

「実はぁ…異界に迷い込んじゃってさ。大変だったよ…」

「ええっ?知りたーい!後で教えて!」

「いやー、地獄だったからダメ〜〜」

 はしゃぐ親友にゲッソリするも、こうして無傷で話していられるとこっそり安堵した。


 車が発射し、越久夜町(おくやまち)を去る。

(取り乱さないようにしないと)

 東京が、家がなくとも。



 しばらく小さな山道を走り、隣町である蛭間野町(ひるまのまち)を通過すればだんだんと景色が開けていく。

「東京は現在閉鎖されています。国が管理しているので、遠くから見る形になりますね」

 国道を走りながら、緑はバッグから何かを取り出そうとしている。

「閉鎖?何かあったの?」

「ええ。まず辰美さんは歴史の勉強、どこまでしました?」

「え?…石器時代から平成までかな」

「…。平成ですか、辰美さんは平成から来たのですか」

「うん」

 彼女は少し顔を強ばらせている。老婆が言っていた元号が正しいなら、ものすごく未来に来ているのではないか。


「現在元号は廃止されているのです。平成は、かなり昔の時代。まだ平和だった時代」

 ──まさかぁ、今はね。■■だよ。

 人ならざる者の世界ではまだ辰美の馴染んだ理が持続しているのだろうか?

(化かして遊ばれてたのかも)


「辰美さんのために今の状況をまとめてきました。」

 ノートを手に彼女は言う。

「ありがとう…。……。」

 緑が紙にまとめてくれた内容は、信じ難いものだった。


 それは──遠い未来、東京が全体的に電子化した世界。仮想現実が主流になり、都心の人々は現実世界を捨ててしまった時代だった。

 ある日、世界規模の未曾有の災害などがあり、東京は打撃を受け、廃墟化してしまう。

 都心の人々は体を捨て、仮想現実に埋没していたからだ。

 その行き過ぎたハイテクノロジーは医療や教育分野・生活にも深く浸透していたため、人々はそれを失い、過去の文化財や書物もデジタル化してしまっために過去も知れなくなった。

 神霊や迷信を否定し、科学技術や無神論に全振りしたがために──人らしい歴史も消えてしまった。


「緑さんが書いたSFの設定じゃないよね?」

「私にそのような想像力があるとお思いで?」

 この仏頂面の女性に小説家の才能は眠っているかもしれないではないか。

 辰美が言い淀んでいるのを横目に、彼女は続ける。


「災害や人災の内に、致命的だったのが越久夜町を含めた三町─当時はひとつの市だったのですけれど、その市にあった主流の送電線が燃えてしまった事です。電力が追いつかず停電が起き、電子化が進みすぎていた首都は大打撃を受けました」

 その他に要因はあったと思います。と、緑は付け足した。

「…首都を中心に文明崩壊になってから約百五十年経過がしています。それが今の現状です」

「あのさ、二千十六年から来たって言ったら笑う?」

 見水と緑の気配が沈黙したのを察知する。世迷言と捉えられただろうか。


「けど、ホントなんだ。…緑さんはなんで東京を知ってるの?」

「昔東京という都市があったというのは語り継がれてきましたから。どのような様子だったかは知りませんが」

「写真も残っていないの?」

「ありません。…祖父の書斎のどこかに眠っている可能性はありますね」

「うーん」

 極端な話すぎて頭に入りにくい。いや、理解するのを脳が拒んでいる。そして辰美は矛盾した点を思い出した。


「でもさ、司書さん。五十年前の本しかなかったって言ってたよね?百五十年前に文明がなくなったなら、辻褄(つじつま)が合わないんだけど」

 ──これより古い書物はありませんか?

 ──いいえ。五十年前の以前の物はないのよぉ。ほら、あの出来事で残されてなくて。五十年間の間に出発されたのはあるんだけどねえ。

 図書館の司書はそう言っていた。すると緑は調べてきたであろう情報を口にする。


「五十年前に国が焚書(ふんしょ)をしたんです。外国諸国の思惑もあったでしょうね。地方に現存した郷土史などを焼き払い、無くしてしまったんです」

「そうだったんだ。だから歴史の授業、世界史しかやらなかったんだね」

 見水が運転しながら、頷いている。

「……おかしな世界だよ」

「辰美さんからしたら、おかしいかもしれませんね」

「辰美がさ、東京から来てるって言ってきた時には心がおかしくなってるのかと思ってたよ。多分、ま周りもそう思ってる」

「ええっ、なら言ってよっ!」

「あはは!そりゃ言えないよ〜〜」

 笑ってみせる友人に辰美は、恥ずかしいやら彼女が話しかけてくれて良かったと感慨深い気持ちになる。


(麗羅(らいら)さんに、歪められてるのかな。私が大学に通ってる事も。この時空にいる事も)


 ノートに書かれている小綺麗な文字をなぞり、ふっと外を見やる。

 山々から抜けた景色はどこまでも続く、田園だった。


「越久夜町から離れたの久しぶりかも。引越してきた時以来」

 辰美はそれを眺めながら、全くといっていいほどに建物がないのに気づく。たまにあるのは寂れてしまった地蔵や祠の残骸だった。たまに、崩壊した一軒家がある。

 コンクリート製のアパートだったものらしき建物もチラホラあるが、人はいなそうだ。

 たまに忘れたように、田園が広がっている。他は雑草が生い茂る空き地だった。


「カーナビ、よく見つけましたね。」

「商品の中にあったんです。これなら東京まで案内してくれる、と」

 緑はざらついた画面に映る過去の地図を眺めながら、古めかしい地図帳で確認している。

「国道を真っ直ぐ行くと、レストランがあるはずです。そこの駐車場に停めましょう」

「なんにもないけどね…」

 あるのは砂利道だけだ。折れた標識や落ちた信号機なら、ごく稀に目にした。辰美が知っていた世界の名残りはもはやない。

「東京に近づくほど、何もなくなってくね。車酔いしない?大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 二日酔いに似た体調不良は今や関係ない。かつての残影を追うのに必死だった。

 国道沿いのチェーン店、とりとめのない景色。

 その記憶の真偽さえあいまいだった。

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