時空を超えるという事は 2
久方ぶりの飲酒に酔ったせいで、ぐにゃぐにゃと地面が歪んでいる。いや、酒のせいでは無いかもしれない。
気味が悪い。なぜ、これまで、目を向けなかった?この時空は──日付感覚すらおかしかったのか?
気にするべき時はたくさんあったろう。なのに、無視して気にもとめなかったのだろう?
この時空は、狂っている?
この町は……
よろよろしながら路地を歩く。ザワザワと老若男女、人のざわめきがする。
耳を澄ますと人語でない。人ならざる者の囁き声だ。
「あれがミーディアムの娘」
「異界を歩けるなんて、生きてないのかな」
「人間じゃない」
人ならざる者の声が日本語に変換されて届く。酔っ払いには気色悪いもので、さらに気分が悪くなってくる。辰美は確かな人が作った灯りを求めて歩き続けた。
「おじょうさん」
「え?」
ほっかむりをした、野良仕事から帰ってきたかのような格好の老婆がいた。
「おじょうさん。どういたしたかな?」
「あ、えっと…おばあちゃん。聞いていいですか?」
「なんだい?」
「平成ですよね?」
「まさかぁ、今はね。■■だよ」
「え?」
「ほほほ。今は■■だよ」
老婆は言うが、うまく聞き取れない。杖をついた老婆がなぜ真夜中、路地に立っているのだろう?
気味悪さを感じて辰美は礼を言うと一目散に走り出した。
─平成の先に何がある?
未知の領域に達してしまったのだと自覚するには、あまりにも残酷だった。
「どこなの?!ここ?」
どこからか祭囃子の音がしてきた。遠くで来る日のために祭りの練習をしている?
祭囃子とひとのざわめき。祭りの最中にいるみたいだ。
火事の炎に似た赤い灯りがアスファルトとブロック塀を照らしている。赤い。熱い。髪の毛や皮膚、科学的な物が焼けていく煙の臭いがしてきた。誰かが断末魔の合間に叫んでいる─内容は、何かは聞き取れない。
ここにいたら次期に取り込まれる。
走るのも疲れ、汗を垂らし、どこもかしこも暗くなった場についた。川面のゆらめく音がする。用水路があるらしい。いや、川か?
「ハァハァ…な、なんなのよ」
やわらかい灯りがある、レトロな木の街灯。
街灯の横にある簡素な小屋。──バス停と共にあるから待合室だろう。
バス停の待合室にある茶っけたカレンダー。いつのだかは分からないが、それに引き寄せられる。
六曜が添えられたごく普通のそれを眺めていると──
(私がいたのは平成の、二千十六年の…)
カレンダーを眺めて、今が二千十六年でないと知る。
「今は…何年よ?!」
「今か?西暦も旧暦もない、ただ形骸化した暦を繰り返し使ってるだけだ」
天の犬こと、エベルムがいつの間にか背後にいた。
「テキトー?!いや、待って…町の人たちは?」
「気付かされないようにされてるぜ。疑問も持たないだろうよ…。暦については、山の女神が日本古来の暦にこだわっているというのもあるだろうな。あのオンナ、人類が生み出した文明を気に入ってんだよ」
「は?!どうして?」
「まあ、少しクールダウンしろや」
ムッとした辰美は待合室の年季の入ったベンチに腰かけた。
しばらく無言で過ごしていたが、先程の奇妙な体験が遠くに感じてくる。あれは何だったのだろう。
「やっと正気に戻ったか」
「最初から正気でしたがぁ?」
「ふん。わらかせるぜ。山の女神の精神干渉から目が覚めた、ってのは褒めてやるよ」
──精神干渉。聞きなれぬ言葉に眉をしかめた辰美にエベルムはやれやれ、とわざとらしいリアクションをとった。
「先が思いやられるなぁ」
「なんなのぉ?」イラついた相手に、彼はベンチに腰掛ける。
「つーか、なんで私に付きまとうのよ」
「お前が時空を引っ掻き回さないためだ」
「そ、そんなの!私はしないっ」
「さあな。ハッピーエンドとそれ以外の結末は紙一重だぞ」
「……そう」
思考停止して、息を吐く。
ビールを持っているのに気づいて、バス停にあるベンチに座る。
「ビール、まだ残ってるや」
異界感あるでしょうか……




