星神と鬼神 10
「殺されちゃ困る。この時空ではイレギュラーな行動だぞ」
「エベルム。遊んであげただけだよ」
エベルムが立ちはだかり、野犬のような勇猛な唸りを上げた。
「…ふふ、小娘。発言には気をつけな」
体の腐敗してえぐれた皮膚が修復され、綺麗な肌が顕になる。血にまみれた衣を羽織った巫女は空洞になった眼窩を細めた。その顔は背筋が凍るほど気味が悪かった。
「はあ…コイツはお前に耐えられるほど頑丈じゃない。人間なんだぞ」
「これが人間だって?」
「人間ですっ!失礼な!」
ムッと抗議した辰美に興味を失ったのか、彼女の起伏は平生に戻ったみたいだ。
「笑えるね。…邪魔が入ったからおいとまするか。」
月世弥の姿がフッと煙のように消えるや童子式神が現れ、きょとんとしている。
「あ、あれ?なんであっし?あ?」
「…こ、こんにちわぁ」
挨拶をした辰美にビクリと縮こまって、次にエベルムを見た。
「ひイイ!!」
「あー、怖がんな。なんもしねーよ」
「ギャッ!逃げにゃ!そ、そうだ…み、巫女式神に会いに行かないと!」
スタコラサッサと脱兎のごとく逃亡した式神へ親近感を覚えるも、どういう状態なのか分からずじまいだ。
「言動には気をつけろ」
呆然としていると、蔑んだ目付きで叱りつけられる。
「──私は!」
「もういい、帰れ。今日のお前はやらかしすぎてる」
「ぐぬっ」口に肉球を押し付けられ、黙らせられた。「帰れや」
「わ、分かったわよっ!じゃあさ!」
「じゃあさ?」
「い、一緒に帰って…」
その言葉にエベルムは燐光を発する目玉をまん丸にした。
「お前…ビビってるのか?」
「ちょっとだけっ!」
無言をつき通し、トボトボと歩きながら見慣れた景色を眺める。恐怖の路地から無事抜け出せたのは良かったが、余韻が抜けない。
「月世弥はいい人そうじゃなかった。…春木さんの覚えてる月世弥とはだいぶ違う。けど、山の女神である春木さんを奮い立たせないと…」
「ヒトってのは善悪で説明できやしない」
「分かってるよ…少し、驚いたんだ。」
童子式神と月世弥はどのような関係なのだろう?それに童子式神は、一体何者なのだ?
(わかんない)
辰美には思慮する余力すらなかった。
「ヘルプ」
「二回目を使うのか?」
「うん。教えて」
エベルムは顎の下の毛並みを撫でると、確かな声音で言った。
「神世の巫女について、小林 緑または見水 衣舞と調べろ。協力者はどちらでもいい。もう一度、月世弥と会うんだ」
「緑さんたちと?何でよ?」
「それは三回目のヘルプかい?」
まさか、と口にしようとした瞬間ポケットの携帯電話が鳴った。緑からの着信だった。
「もしもし?」
「辰美さん。急ですいません。明日東京の近くまで行きましょう」
「星神と鬼神」はこれで完結になります。




