星神と鬼神 9
帰路に着き、辰美は魔筋に似た原因不明の迷路に迷い込んでいるのを察知する。神社から家に続く路地には錆にまみれたホーロー看板がある。それがなく、見慣れない─結界と同様の文字と奇妙な化け物の描かれたポスターがあった。
『行きは良い良い帰りは怖い!振り返るとあぶないよ』と頭は理解している。文字は読めないが、翻訳機が搭載されているかのように解読できてしまうのだ。
(まさか、この眼のおかげ?)
この路地は間違いなく人ならざる者の領域だと、直感する。
「前に進むしかないのよね…」
振り返るとあぶないよ─とポスターは警告しているのだから、前に進んでおいた方が良いだろう。
おっかなびっくり前へ進むと、大振りな四辻があった。四辻。あまり良い印象はない。
四辻のどの道にも荘厳なしめ縄がなされ、先は墨で塗りたくられているかの如く漆黒だった。うるさいほどだった夏の虫が一匹も鳴かず、やけに静かだ。
「ど、どうしよう」
怖くなり挙動不審になるも、人すらいない。が
「あ!」
角髪をした奇妙な和装の子供、童子式神がいつの間にか前の路地に佇んでいた。しめ縄の内側で冷淡な、能面の表情をしている。どこか変だ。
「私を、月世弥を嗅ぎ回りなんのつもりだ。」
「え…童子式神さんの…事を?」
童子式神と月世弥の接点が理解できない。辰美は首をかしげ、困惑した。
「私はかつてこの地にいた巫女。そう呼ばれていた者だ。太陽の神に仕え、民に声を届けていた─月世弥だよ」
──私を見つけて。
夢に出てきた月世弥を鮮烈に思い出す。あの優しげな瞳とはかなり異なる。冷たい光。
「でも…たしか…"私に出会って"」
「ああ…なるほど。"私"が辰美に呼びかけたのか。まァったくお門違いだなぁ」
「え…アナタじゃないの?」
「私はバラバラにされてしまったからね。私は私ではあるけれど差異がある。けれども"私"も願っている事は変わらない」
「あ、あのぅ…」
どういう事なのか、まったく分からない。(ワタシはワタシ…えっと)
「ふん。馬鹿な娘だ。月世弥を嗅ぎ回るのはやめたほうがいい。あの人が不安定になる」
あの人。春木だろうか?
「アナタが月世弥と差異があるなら、アナタには春木さんは関係ないんじゃ…それに春木さんの言っていた人物とかけ離れてるような」
能面だった気色が険しいものに変わる。牙を剥き、血のような赤い目を滾らせた。ゾワゾワと暗闇が蠢き初め、しめ縄がバッサリと断ち切られる。
それは四辻にある全てのしめ縄に続き、聖なる世界が穢れたものへ転じていった。
「ぎゃあ!」
辰美の目の先にぐずぐずに腐敗した人間が現れ、ウジの湧いた唇で何かを呟きかけたその時──
四辻ってなんだかゾッとします




