星神と鬼神 8
「辰美くん。魔を連れてくるとは感心しないな」
「あァ?誰が魔だって?」
「そうだろう。名もない魔。辰美くんの心に取り入り、幻影を見せている」
少女を形作っていた輪郭がゆがみ始め、頭から触手が生え始める。先端には肉食獣の口があり、ヨダレを垂らした。
「ヒッ」
辰美は咄嗟に後ずさりする。
「オレァ神威ある偉大な星、天津甕星様だぞ」
「笑かせるな。天津甕星はお前のような矮小な─」
「黙りなァ」
ビュンと伸びた触手に腕を噛みつかれ、鬼神は呻く。傷口からみるみる内に腐敗していき、筋肉の繊維や骨が見え始めた。
「や、やめなよっ!鬼神さんからよく分かんないキモイのを離して!」
「怨霊をナメるな」
骨が見え始めていた腕が瞬時に再生し、触手が独りでに弾ぜる。
「へええ、おもしろ〜喰ってやろうか?」
天津甕星は好戦的な悦楽を浮かべ、触手をざわめかせる。再び少女の曖昧な輪郭がぼやけ始め、背が一回り高くなっていく。若々しく白かった素肌は死人めいた土色になり、指が鋭利に変化していった。
化け物じみた牙や裂けたような目に辰美はさらに震え上がった。
「それ以上はダメだよ!天津甕星!鬼神さん──」
「──まさか…化現したのですか!」
先程の殺意が嘘のように鬼神は顔を輝かせ、跪いた。
「神威ある偉大な星、天津甕星さま。わたくしはこの時を待ち続けておりました。」
「はあ??」
きょとんとした天津甕星は再び輪郭を歪ませ、少女の外見に戻ろうとする。
「いえ、そのままのお姿でいて下さい。わたくしめしか知らぬはずのそのお姿。確かに天津甕星さまだと確信しました故」
「ええ〜?オレぁ月世弥の姿気に入ってんダケド」
(月世弥なんだ、あれ…)
「さあ!わたくしを憑坐にしてください!」
彼はさらに畏まった様子で土下座に近い服従を示す。「え…鬼神さん?」
「おいおい。頭ァあげな?そーいうのキライなんだよ」
「い、いえ…頭をあげる訳には!ともかく、わたくしを憑坐にして人界に君臨するのです。」
「うーむ。憑坐ねえ」
考え込んだ天津甕星は珍しくお手上げのジェスチャーをし、鬼神の前までやってくる。
「残念ながらなァ」
しゃがみこみ、面をあげなと命令した。
「神は神を受け入れられねェンだ。無理やりその細っこい魂ごと乗っ取るとかならねェ…だが無理だね。お生憎──おめェにはなりたくない」
スススーッと鋭い指を額に滑らせ、彼は腰を上げた。
「そ…そんな、私は」
「人間なら良かったんだがァ、辰美ちゃんとかさ」
「ヒィッ!」鳥居に隠れた人間一名に熱視線を送り、くつくつ笑った。
「私は…私が処刑され人ならざる者にならなかったなら……!」
涙を流し地に伏せる鬼神に辰美は動揺した。希望どころか絶望してしまっているではないか。
「で、でもさ!また会えたから良かったじゃん!」
「そうだよな…。……。…わたくしは永久に…会えないと諦めておりました。こうして巡り会えた事、感謝致します。」
涙を拭きながら絞り出すように、彼は言う。「天津甕星さま、どうか希望を…」
子供の実体が薄らと透けていき、やがて消えてしまった。
「ちょっと!?鬼神さん?!」
「完全には消えてねェ」
天津甕星は平然とした様子で鬼神がいた場所を見下ろしている。
「良かった…」
「オレぁ真の天津甕星じゃぁねェのにさ」
ポツリと零した言葉に何と返事を返していいかわからず、頷くしかなかった。鬼神は一目見て彼を本物だと気づいたのだ。ならば、真の天津甕星でもいいじゃないか─。
「ん」
ずい、と眼前に呪符が指したざれハッと我に返る。
「あ、これ」
あの爆破にもうんともすんとも言わぬ呪符に驚愕するも、恐る恐る受け取った。呪符は無傷だ。
「じゃあ!またねっ」
「えっあのっ…」
少女─月世弥の体に戻った彼は手をふり、いつものように白々しい笑顔だった。
「ま、また!」
鳥居をくぐっていく少女を眺め、ホッとする。(今……私、ホッとした?)
自らが異常な反応をしているのだと、ありありと実感する。あの、厄神の如し化け物に魅入られてしまっているのだろうか?
(結界、明日になったら治ってるよね…)