星神と鬼神 7
ヒグラシと名もない夏の虫、冷めやらぬ生ぬるい風。変哲もない夜へと変わる時間帯に辰美は走って神社までやってきてしまった。
息が切れて全身汗でびしょ濡れだ。先に着いた天津甕星は涼しい顔で鳥居によりかかって、こちらを待っていた。
「辰美ちゃん、運動苦手?」
「うるさい!手加減しなさいよ!」
地面にへたりこみ、Tシャツをパタパタさせる。
「見える?警告文が」
天津甕星が接近しているのを察知した─鳥居の入口─結界に解読不能な文字が踊っていた。古めかしいパネルのようにノイズを発しながら、文字は鮮明に浮かび上がる。近代的でSFに出てくるテクノロジーみたいだ。
『!警告!この先神の領域 入るべからず』
「こ、こんなの前までなかったよーな?」
「人ならざる者が来ると出るんだ。うっとうしいよネえ」
辰美はすんなりと、日本語で、自然と読めたのに驚いた。読んだというよりはテレパシーの如く、頭に入り込んできのだ。
「うざったいから黙らせてやろーよ」
サディスティックな様相で彼は呪符をひらつかせた。
「ほ、ホントにやるの…?」
「なにぃ?ビビってるわけぇ?」
「ビビってない!」
「あはは!実は肝試し苦手でしょ?」
「う、うるさい!」
辰美の反応をさんざん楽しむと、彼は呪符を霊能力者みたいに持ち直した。
「効くといいね」
白々しい破顔に辰美はため息をこらえる。小馬鹿にされているのが透けて見えているからだ。
(効かない方がいいけど、何もなかった方もキツい…)
「乗り気になってるけどさ─」
「行くよーっ」
「聞いてよ」
結界の前に立つと、ザワりと髪をわずかに逆立てる。少女から人でない魔性の気配が漏れだし、辰美は固唾を呑んだ。
「でや!」
警告文の場所に天津甕星が呪符を叩きつける。結界を踏み台に獣の素早さでアスファルトに着地した。
札が触れた瞬間、無機質な警告音が鳴り響く。
「ぎゃああああ!」
耳を塞ぐもつんざくような音は貫通する。
神社の茂みからセミが飛び出して水を排出しながらどこかへ消えていく。辰美は慌てて逃げるも、ザワついた町に唖然とした。
眩い危うげな光が炸裂し、結界は弾け飛んだ。
「わあ!効いちゃった」
天津甕星が嬉しそうに鳥居に駆け寄る。
「やばかったよっ!大丈夫なのっ?!」
「ダメなんじゃナい?」
「ど、どどどうすのよー!」
「辰美ちゃん、気に入っちゃったなァ。ねえ、鬼神ってヤツと会ってもいいよ」
「今?!」
くつくつと茶化し終わり、境内に目をやる。
「おめェが鬼神か?」
「…一体何をした?神でも結界を破壊しないぞ」
黄緑色と赤の相反する奇妙な双眸をぎらつかせ、鬼神が参道の中央に立ちはだかっていた。