辰美、打ち明ける 5
「いいじゃない。アンタの事はバラしてないんだからさ」
無理やりおしのけて玄関にあがり、靴を脱いだ。
「いいや、しょーもねえ地球人に俺らの存在をバラしたらどうなるか分からねえのか?」
ついてきたかと思えば、立ちはだかる。余程気に入らないようだ。
「バラすわけないじゃん。犬人間の存在なんて、簡単に信じられないでしょ」
「俺は犬人間じゃねえ、アルバエナワラ エベルムという名前がある」
「ある?は?まあ、いいわ」
エベルムと名乗った天の犬は不満げにしている。
「時空の人物にいちいち感情移入するのはハイリスクだ。自壊しても知らんぜ」
「はあ?私もこの時空の人物ですがあ?」
今はもう、この時空の人間だと思っているのだ。余計なお世話である。
「…。そうかい──お前がそう思うならな」
サジを投げるとエベルムは空中を漂い始めた。(飛べるんだ…)
「坐視者のルールを教えてやるよ。これはな、時空をまたぐ者に必要なルールだと思っている。皆が守るべきだ」
彼の掌にトランシーバーに似た形の端末機が突如出現した。年季の入って劣化したそれを投げて寄こしてくる。
「ほれ」
受け取ると宙に文字が映し出された。画質は悪く、ノイズが走るが読めない訳ではない。
一、時空内の人物や環境に干渉してはならない
二、大規模に歴史を改悪してはならない
三、殺害、または手を下してはならない
四、全てを、詳細に未来を知らせてはならない
五、坐視者の存在の認識を広めてはならない
「…何これ?私に守れって?」
「そうだ。お前は四番を侵した」
辰美は眉間に皺を寄せ、端末機を押し付けた。
「私は坐視者じゃない」
端末機はテレビの画面のごとくプツンと点になり消えてしまった。そして彼はわざとらしくおどけてみせる。
「いったろーが、皆が守るべきだって。─ま、一つだけ言えるのはおめえは外の世界を知らない。テレビも新聞も取らない、ましてやネットも見ない。それは外界から逃げてるだけだ、本当の事を目にしている癖に。逃げているんだよ」
「なに?確かに新聞もテレビも、契約が面倒臭いから取ってないけど。それがなんで現実逃避になるのよ?」
エベルムは急に神妙になった。
「絶望して干渉者にならないコトだな」
「…」
何も言い返せず、今日からずっと居座っている胸騒ぎを否めなかった。辰美の出身地である首都が存在せず、実家の電話番号も抹消されているのは何かが起きている証拠だ。
左腕を握りしめ、伝わってくる毛並みの生々しさに嫌な気持ちになった。
──嫌な予感がする。