辰美、打ち明ける 2
朝方になり暗闇が淡い紺色になる。朝焼けの手前にある透き通った闇が、静かな空間を包み込んでいた。
携帯電話のデジタル時計が三時三十五分と表示する。澄んだ鳥のさえずりだけが朝に響いており、辰美は濁った無感情に支配され、煙を吐き出した。
湿気り気味のタバコを手に、味あわずに吸い、吐く。その動作を繰り返し、心を空っぽにするしかなかった。
けれども心のざわめきは居座り続ける。タバコを左手で握りつぶし、ふらふらと玄関に歩き出した。
サンダルを履き、鍵も閉めずに階段をおりた。起きているのは自分だけか、カツンカツンと耳障りな音が鳴る。
路地を歩き、無心のまま行ける場所はコンビニエンスストアしかなかった。煌々と輝く小売店の無機質さに吸い寄せられる。バチッと殺虫灯が反応して、虫も誘われたのだと知る。
「しゃいませええー」
やる気のない店員がレジで棒立ちしている。不摂生そうな痩せ気味の若い男性はさして気にせず、辰美から目を離した。
「届け物をしたいんだけど」
「市町村言って下さい」
「東京都」
「…」眉間に皺を寄せて、不審者に出会ったと辰美を一瞥する。
「聞こえなかった?」
「東京という住所は存在してないですね。」
「何言ってるの!?そんなハズある訳ないじゃない!!」
店員は激昂した客にわずかながら苛立ちを示した。
「は?五十年前にはもうなかったんですよ。おかしいのはソッチじゃーないですか?」
「は、バカ言わないで…」
「うーん、警察呼びますよぉ」その言葉に黙るしかなくなり、外に出るしかなかった。よろよろと駐車場の入口付近にある電信柱に体重を預け、俯く。
「う、うぅ…」吐き気が込み上げて口を抑える。絶望に体の力が抜けていき、しゃがみこんだ。
「ウソよ…何がどうなって…」
(──自分は、存在すらしていなかった…?)
何故この町に来れたのか?何故、大学に通っているのか?視界がぼやけていき、頭の血の気が引いていく。
「辰美、大丈夫?」
子供の無邪気な声音がして顔を上げると、奇妙な装束を纏った人ならざる者──巫女式神が立ってこちらを覗き込んでいた。