辰美、打ち明ける 1
真夜中にさしかかった涼し気な夜だった。山間の辺境は夜になるとぐんと気温が下がるのだ。夏の虫が近くの草木から鳴き、夜風がカーテンを揺らしている。
心を休める心地よい空間。
なのに辰美は嫌な寝苦しさを覚え、目が覚めた。腕と肩が異様に熱を持っている。
虻やヤブ蚊に刺された?それにしては異常だ。──腕をみやり、眠気が吹き飛んだ。
左腕の包帯より上に獣の毛並みが広がっているではないか!
「ちょっ!!」
飛び上がって、慌ててTシャツを脱いだ。手探りで背中を触るとツルツルの皮膚ではなく毛質がある。左肩から肩甲骨あたりまで体毛が進出してしまっていた。
「やば!ど、どうして!?」
脳裏に緑の祖父の結末が過ぎる。彼は天の犬になり、それから…。
越久夜町に来るまで、人ならざる者からは思考は感じられなかった。この町が特異なだけで、もしかしたら、自我を失ってしまうかもしれない。
(やだ!まだ人でいたい!)
月明かりのみの部屋がやけに明るく思えた。夜目が効くというレベルではなく、人間の視力ではありえない程だった。人ならざる者になりつつある、そう実感する。
心臓がバクバクと早打ちし、辰美は思わず枕元にある携帯を手にした。開き、実家の電話番号を打ち始める。誰でもよかったが、余裕のない思考では実家しか浮かばなかった。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません──」
「え?な、なんで?」
父の会社に電話をかけてみる。「おかけになった電話番号は──」
「壊れた…?」
辰美が購入した携帯はプリペイドカードの、安価な中古品である。壊れても不思議はないが、通話が繋がらないのは回線契約が打ち切られたとしか思えない。息を整え、履歴から緑の電話番号を選択する。コール音がした後──
「もしもし?どうしましたか?こんな夜中に」
(繋がった…)
「う、ううん!夜中にごめん…」
「何かあったのですか?平常でない様子ですよ。」
緑の声音に思考回路が冷静になっていく。「ううん…明日、午後にそっちに行っていい?」
「…。ええ」
怪訝な感情を含んだ返答だが、緑は調子を崩さない。辰美は絞り出した声で言う。
「おやすみなさい」通話を切り、項垂れた。左腕は相変わらず毛むくじゃらだ。
夢でないのだ。
「うう〜〜」うずくまり、涙をこらえ唸るしかなかった。
ゆっくり書いていきたいです。願望ですが…