山の女神と越久夜町の昔日 1
あれから翌日、辰美は午前中の──テストで赤点をとったために──講義を受け、早々と小林骨董店に向かい涼んでいた。夏の暑さは相変わらずでこれからが本番といったところである。
国道を自転車で急いで漕いだ分、汗だくになってしまった。そんなベタついた皮膚がクーラーで冷やされていくのは心地よい。
「鬼神さん、おじいさんが調べていた事は分かっていたみたい」
冷たく美味な麦茶を飲みながら、ホッと一息つく。
「鬼神さん…ですか」
「あ…なんとなく」鬼神を親しみを込めて呼んでいた事に我に返る。己の人ならざる者との距離感が狂い始めていたのだ。
「まあ、指図はしませんよ。…祖父は確かに居たんですね」
「う、うん」
「祖父の気配というか、記憶というべきか…そういうのが残っていないのです。だから、祟り神が祖父を知っていただけで私は嬉しいんです」
緑の表情筋が緩んだのを目にして、辰美はあからさまに嬉しくなる。
「そっか!でね、鬼神…が崇拝していた神が分かったんだ。天津甕星ていう神らしいよ。…あの変な女の子がいたじゃない?あの子が自分は天津甕星だって言っていたのよ」
「はあ、アマツミカボシですか。越久夜町にはそのような神は現在祀られていないはずですけれども」
「う〜ん。あの子が言っていたんだよね」
天津甕星という神が星の神であるとしか判明していない今、どう見定めていいやら。稲荷神や他の有名な神なら多少分かるが、神社や信仰に疎い女子大生にはさっぱりだった。
「一応その神についてしらべましょうか。私も気になります」
「だよねっ!」
「少し待ってて下さい」それから、彼女は家の奥へ歩いていってしまった。
しばらくして緑は重苦しい辞典のような本を手にやってくる。
「先に見たところ、天津甕星は天香香背男や星神香香背男とも言います。星の神さまで、まつろわぬ神として日本書紀に登場していますね」
葦原中国平定の場面で、と緑は『神話辞典』を読みながら言う。
「星の神サマかあ、日本にもいるんだ。知らなかった。太陽の神サマが強烈だもん」
「天照大神が、日本の最高神ですから」
(最高神…?なんか、前も聞いたような…?)
「日本にもかつて星や月神を崇拝していた人々がいたのでしょうね」
──信頼されている最高神にただ一柱、従わない神がいたんだ。外界から遣わされた者だった。
彼は夕闇にことさら輝く明星の神とも天の動かぬ七つ星の神とも言われた。このムラでは神威ある偉大な星と言われた。
いわゆる、山の女神側から見たら悪神だ。神々は悪神といえども除け者にはしなかった、できなかったんだ。あまりにも強い力を持つその神に、対処ができない。宙からやってきた眩いばかりの神は、やがてその神威で人々を惑わしだした。
───それが、越久夜町の天津甕星。
「越久夜町の神話もどきって、やっぱ本当なんだな~」
「なんです?越久夜町の神話って?教えてもらえませんか?」
「あ、いや…それは」
緑は「神話辞典」辞典を読みながら言う。 となっていましたので直しました。