未確認思惑「あの子のなれの果て」
ちょっと分かりずらいかもしれないです汗
すいません。
「ひっぱたいてやりャアいい。」
幾千もの戦場を切り抜けた人虎の末裔が言うのだ。まあ、最初からひっぱたいてやろうと思っていたのだけれど。
「恨むなよぉ〜っ!」
往復ビンタをお見舞いした所彼女は無事現実に戻ってきた。
「あ…わ、わたし…は」
「正気に戻ったかィ?お嬢ちゃん」
「は、い…貴方は、麗羅さんも」
「何があったのか教えてくれる?」
頬を真っ赤に腫らし、魚子はぽつりぽつりと経緯を語り出す。
「過激派に拉致されたんだと思います。」
予想的中なのか予想外なのか、二人は曖昧な驚愕を浮かべた。
「過激派だって?」
「ええ、そうかもしれません、うん、それしか心当たりがないもの…。何故私が…“犯人”なのかを知っていたかは謎ですけれど…過激派が紛れていても見抜けはしないですし…。」
未確認生物や人外を毛嫌う集団がいる。彼らはやがて過激な思想に純化していくのだ。それが未確認生物排斥派。
わざわざ目立ったユニホームを着ているはずがないのである。彼らはいつどこに潜んでいるかはわからない、いや、こんな事態にならなければ他人事で済まされていたはずだ。
麗羅の脳裏に見車が浮かぶ。──彼女は死んでしまい、指揮はできないはすだ。
「あと何分か分からないけど、爆撃が始まるみたいだよ。早く逃げよう。シェルターをしってる?」
「そ、そんなっ!知りませんよ、爆撃ですって?ふざけてる…!」
「ビルごと粉々にされるつもりだったんカイ。」
「私さえ抹殺できればあの怪物が消失すると思ったんでしょうけれども…。」恐怖を噛み締め魚子は鬱血した手首をさする。
怪物。頭の中でその言葉を反芻する──麗羅と魚子は、ある未確認生物を作ろうとした。タコの、小さな怪物。無力で非力な怪物。
(あれは、遊びだったはず。なのに─そこまで。)
「なんであんただけ?わたしと一緒に考えたんじゃない。なんであんただけが痛い目に遭わないといけないのよ?」
「それは…」
「まさか、黙秘したわけ?私の事を言わなかったわけ。そうすれば、私へ敵意が向かうはずだったのに。」
「はい…だって」
彼女は伏し目がちになってしまう。(何故?本当に理解できない)
「大切なお客さまだからです。」
「お客さま?!は?」
「たははっ!笑かすないっ!お客さんだってよ!ライラ、おめェさんが狙われなかったのはな。過激派の幹部を抹消したやべー奴って噂になってるからだよ!」
「そうだっけ?」キョトンと小首を傾げだ奇人に魚子は不格好な笑みを浮かべた。間抜けで痛々しい、すきっ歯な笑みであった。
「少なくとも私は大切な友人だと、思ってるんですけれど…」
「あたしもだよっ〜!」
「嘘も大概にしてください。」冷ややかな視線に堪忍するしかなくなった。
「ん〜。あながち嘘じゃないんだけどなぁ。」
「今は友情ごっこしてるヒマねェだろ。ンで、オレはいい加減アンタらから核心を得たいんだがねえ。巻き込まれるのもいい迷惑ダゼ。」
竹虎が二人にずいっと覗き込んだ。お説教される生徒のようにバイヤーはモジモジと麗羅をみやる。
「核心?あたしゃなーんも悪いことしてないよ。悪いコトはね。」
「…はあ。私が白状します。―新種のUMAが公共の場で人へ危害を与えているのはご存じですか?新聞やテレビを見ていれば─お分かりになると思うのですが。新種のUMAはどこのミームにも由来しない、んっと、由来はするんですけど……ざっくばらんに言うと出生は不明で、伝播は若年層を中心としています。被害は殺傷、ミーム汚染、重度の精神的ダメージ…性質はかなり攻撃的で無差別―」
「ああ、だいぶ大ざっぱだがトリネからキイタゼ。」
「有家さんから?」
バイヤーは言い淀み、ハンターはさらに情報を欲した。
「大きさは?どんな感じで殺れるの?そいつは飛ぶ?それとも消える?増える?生息範囲は?」
「それが…ぜんぶ?分かりません。未知数で、私が全部と思ったらそれが正解になってしまうんです…。すぐ近くにいると思えばすぐそこにいます。」
容量の得ない説明に首を傾げるしかないというのは、心外にも苛立ちが募るものだ。雲を掴む、なんて諺があるように、とりとめない。それを見兼ねたバイヤーは挙動不審になる。まだ精神的に安定していないみたいだ。
「あ〜えっと、み、見たら死ぬんですっ。えっとえっとあった、これです!」
魚子が慌てて、放られた新聞から何枚か引き抜く。そこには《女子高生謎の集団不審死》という見出しがでかでかと掲載されていた。
「見たら死ぬ…言うの怖いっ…あ、あ、ぐ、ぐう、あ、あれデスっ!」
歯を食いしばって新聞紙を押し付けてくる。日付はすべて数日前のもの。女子高生謎の集団不審死─女子生徒の自殺から始まった一連の事件。いじめの主犯格らの不審者、学校内に広まる噂─女子生徒らの集団ヒステリー。拡散される動画。新たな都市伝説の誕生。横行するとあるSNSでの不幸の手紙に似た動画。奇妙な怪物の目撃談。まるで口裂け女や人面犬の時のように、さざ波になり全国に広がっていった。
だが、政府は動かなかったみたいである。いきなり非常事態は起きたみたいだ。
怪物が人を襲うようになった。猜疑心に囚われた人々が恐怖に戦き、暴動を起こした。
非常事態宣言が出されたのは昨日。
「へえ〜…こんなコトも起きるんだー。」パラパラと新聞をめくっていくと、大体はその「見たら死ぬ」化物のことで埋め尽くされていた。世間から目を逸らしていた麗羅にしてみれば、寝耳に水だった。
「私たちは責任を取らなきゃいけないんですよっ!」
「えっと、だからさぁ。なんのこと?あれが私たちが生み出したガラクタだとしても─」
「ライラさん!!私たちはとんでもないことをしたんです!」
涙目で肩を掴まれる。間近でみるとなおさら痛々しい頬や腕にアザができていた。なぜ都合よく新聞が散乱していたのかな?リンチに遭ったというのにこの人は案外メンタルが強いのかな、やっぱり興奮気味なのかと麗羅は一人合点する。
「いいでつか…?UMAは自然発生したものと、人に作られるUMAがいるのは麗羅さんがよく御存知のはずでず…。」
泣きじゃくりながらカノジョは訥々と語った。
「どんな馬鹿げた虚構でも大勢の人に認知されたら、それは存在意義をもつんです!私たちは化物の生みの親なんですよお!」
「生みの親は、あの子でしょ?」
有家になにやら説教をかまされ、犯人はこのライラであるのは確定されている。ましてや魚子も共犯者で。
「…魚子。なのに、痛い目に遭ったの。」
(わたしと一緒に考えたんじゃない。なんであんただけが痛い目に遭わないといけないのよ?)
そう自ら零したじゃないと自らが囁く。そうだ、もう脳味噌が使いものにならなくなっているのね。自嘲気味に肩をすくめる。
「ごめん。私たちは大罪人だったわね。」
「もう。…見たら死ぬ、聞いたらあちら側に認識されてしまう、気を付けなければ…どこにでもある怪談のお約束ですよ。」
あいにく私は見ていないのですけれど、と彼女はいう。
あの自殺願望を抱えた少女と屋上で出会ったのは思い出せる。幻覚剤の摂取のし過ぎであんまり日にちや過去の把握が難しくなっているこの頃だ。これからは容量用法を守ろうと、三日坊主な合点をする。
「おい、ちょっとマテや。こっちはあんたらがキョーボウなUMAの生成に関与したってのしか聞かされてねェのよ。ナンデェ。アンタら人でも殺したのか?」
竹虎が聞いてないゼと横槍を入れてきた。そうか。彼は出来事の顛末を聞きかじってはいるけれど、その内容を知らないのだ。
おいてけぼりは可哀想である。
「あのーたしか、女の子は自殺しようとしてて―」
記憶にある限りの事柄を話し(魚子に訂正されたが)罪を共有する。面白おかしい妄想を。
「案外さらっとした内容だなァ。ホントにそんだけなのかい?」
「まさか!人体実験でもしたって?」
コイツにこれ以上言ったって無駄だと竹虎は訝るのをやめた。
「お嬢ちゃんも災難だったねェ。」
「……はあ。お互い血迷っていたんだと思います。」
「さっき大切なお客さま発言してたやつの感想とは思えねえ!―ま、有家には匙を投げられたから、あたしも逃げるわ。さすがに荷が重すぎるし。元気でね!」
「ハア。なんだかねェ。ま、どさくさにトンズラかますのもアリだと思うぜ?」
「ちょっと!竹虎さんまで!私たちは、確かに生みの親ですが!真犯犯人にはなりえません!信じてくださいっ!」
「ほうほう。根拠は?」
「そりゃぁ当たり前じゃないですか。私たちが提案したUMAは人畜無害だったはず。」
「危害を加えてる。」
「ええ。ネガティブな情報を加えたのは、あの子か伝言ゲームの過程か、どちらかになります。初めからUMAは攻撃力を有していましたから、あの子が悪質なミームを紛れ込ましたのでしょう。」
「そういや、集団ヒステリーが起き始めたキッカケは私立学校のいじめ発覚からだよなァ?」
「ふーん。今でもあるんだそういうの。となればマスコミは報じるよね?そっから、集団ヒステリーとUMAは結びついてくの?あんまりピンとこないな〜。」
「くどいですよっ!死んだのはあの子で、彼女の死後、校内や近所では色々な噂がたっていたそうです。もしかすると、私的な推測ですけれどあの子の私情と思惑がUMAを突き動かしていったのかもしれません。」
「さしずめ人柱…ってヤツか?オラチぁそっち方面に疎いんだ。」
あの後、あの子が何をしたかは不明瞭である。なんてホラーの鉄板みたいな、くそったれた結末。
あの子の内に溜まっていた私怨があの破壊魔へ影響したと?それならあれは、あの子なのだろうか?
悪霊を超越した魔なる存在。かつて太古、無念の顛末を迎えた男が都を脅かしたみたいに。
「霊魂がこの世界に存在してるはずがありません。あれは、悪集したミームです。」
「それが悪霊っていうんじゃないのケ?」
「悪霊というよりは怨霊だね。」
どちらでもいいじゃないかと、竹虎は呆れた。人柱とはまた随分昔の“悪しき”習慣とはちと違う気もする。怨みを募らせた女性が海や川に身を投げ鬼や悪蛇に変幻するような、変身譚に近いのではないかと麗羅は連想する。
「怨霊だとかなんだとか、もしあのUMAがあの子のなれの果てならば退治のしようが―」
空振と数秒後の爆音が会話を遮る。築年数のあるこの建物は煤とわずかなコンクリートを散らした。外で誰かが逃げろと喚いていて、完全に逃げ遅れたと告げている。平和ボケした国民が自らに火の粉が被ると自覚した瞬間は呆気ないほど早く手遅れだった。
風切り音がしたかと思えば再び地震が起きる。今度はだいぶ近い場所だったみたいだ。確信する-落雷よりタチが悪い。形容しがたい臭いが風にのってやってくる。三人は茫然と天井を仰いだ。
つまりは自衛軍の爆撃が始まったのだ。無差別ともいえる砲火にビルが不協和音を上げ、硝煙を吹き上げた。再度ボロいコンクリート舗装のこちらまでもが大きく揺れ、魚子が悲鳴を上げる。
まるで暴走した免疫が自らを壊しているみたいに、守るべきものを破壊する。あの子の考えた結末に向かうべく。
読んで下さりありがとうございます。




