越久夜町の偽神話 6
銃弾を石ころと断言し、トコトコと部屋に入ってくる。裸足のため畳と擦れてパサパサと歩く音が響く。まるでそこに存在しているかのような錯覚に陥るが、彼女は人ならざる者。人の世界に存在はしていないのだ。
「どうしてこんなショボイ部屋に住んでるの?なんで?」
「ショボイ?そんな事ないわよ!風呂もトイレもあるんだから!」
「ふーん。風呂とトイレが人間にとって大切なんだな」
「皮肉?」
「あはは!ちょっとだけ」悪戯っぽく笑う巫女式神に、辰美は困る。人間らしい仕草をする人ならざる者にはこれまで、越久夜町にくるまであまり会わなかった。彼女は人ならざる者としてはあまりに異質だ。
(普通の人ならざる者じゃなかったりして)
「さっきあのお邪魔虫に話を打ち切られちゃったけどさ、お願いがあるんだ」
「何?」
「前にも頼んだけど山の女神を探して欲しいんだ。いや、探して欲しいけど、辰美はもう会ってる。だから」
「前にも?…もしかして、あのカラスが?アンタなの?」
一度赤目のカラスが辰美に無茶な願いを訴え、わざわざ越久夜間山に行った事があった。今目の前にいる子供はあのカラス?
「そうだよ。あたしはカラスにもなれるんだよ。…式神はもっと色々なモノになれる。そうじゃなくて、さらに頼みたい事があるんだ」
巫女式神は真剣な表情で言う。
「山の女神を倒して欲しいんだ」
「は?何言ってんのよ」
辰美は呆れすぎて反対に無表情になった。
「神話みたいな話をしただろ。山の女神は人々を容易く見捨てる」
「でもさ、あれは」
「確かに信じ難いけど、本当にあった事なんだ!…辰美、山の女神を倒して欲しい。このままでは越久夜町は滅んでしまうよ」
子供の健気さを利用した可哀想な様相をする。そうは言っても無理難題な話だ。
「山の女神がいるから、町があるんでしょ?何言ってんのよ」
「いや、山の女神はこのまま越久夜町が滅ぶのを良しとしてる。原状回復を図らないと、けど、彼女はそれをしないと決めてる」
「いや、なんでアナタが…」
「あたしは知ってるんだ。パラレルワールドの越久夜町から」
「…。そう」
「山の女神を倒して、次期最高神を見つけるんだ。これは町のため。人間たちのためだ」
「いやいや、ちょっと待ってよ。私みたいなか弱い人間が、山の女神なんて倒せるわけないじゃん」
「これから山の女神は弱っていく、その時にとどめを刺すんだ」
「嫌だよ」
取り合わない辰美に彼女はうーむ、と悩ましげに唸ってみせる。
「じゃあ、これだけは教えておこう。女神へ確実にとどめを刺せる剣が町のどこかにある、それを使うんだよ」