越久夜町の偽神話 4
その時代はある人々からしたら神世、あの世とこの世、神世と人界、神と人が近かった時代。人間は神々のありがたい言葉を聞き、従順に従っていた。そんな時代の越久夜町もまた、最高神を頂点にムラとしてでき始めていた。
最高神はやはりかの山の女神だ。越久夜間山に降臨した女神は巫女や神官から崇められ、他の神々にも信頼され崇拝されていた。
──信頼されている最高神にただ一柱、従わない神がいたんだ。外界から遣わされた者だった。
彼は夕闇にことさら輝く明星の神とも天の動かぬ七つ星の神とも言われた。このムラでは神威ある偉大な星と言われた。
いわゆる、山の女神側から見たら悪神だ。神々は悪神といえども除け者にはしなかった、できなかったんだ。あまりにも強い力を持つその神に、対処ができない。
宙からやってきた眩いばかりの神は、やがてその神威で人々を惑わしだした。ムラには巫女の他に、異国の巫覡がいた。その者は村にいる神々の一柱の声をことさら聞いた。
「それって…。鬼神になった…」辰美は物語に実際に会った人物が混じっているのを不気味がった。
まるで本当の話みたいではないか。神話とは実在の話とはかけ離れているのではないか?
異国の者は悪神への崇拝に傾倒していった。やがて巫覡のように、悪神の言葉を民へ伝えるようになった。
山の女神に仕えていた巫女らはそれを危ぶんだ。悪神への信仰が広まれば、神々や最高神のヒエラルキーが崩壊してしまうかもしれない。それ以外に巫女への信頼が揺らいでしまいかねない。
双方は自然と衝突し、巫女らは異国の者は悪鬼の化身であると非難し、処刑せよと扇動した。
民たちはそれに従い、異国の者を処刑した。
怨霊とかした異国の者は穢れをばら撒き、人々は病に伏せ、または死んでしまった。巫女は神々へ祈り、奇跡を願った。
ムラは-多くの人々は死んだが、神々は死ななかった。
崇拝されていた悪神が腹を立て、女神へと叛逆をした。双方はぶつかり合い、土地は壊滅したんだ。神々はとても穢れた土地に触れられず、どうしようもないと巫女へ伝えた。
彼女には以前のような希望はなかった。
民は巫女を叱責し、今までの行いはまやかしだったのだと怒りを顕にした。巫女はつるし上げられ、異国の者と同じく処されることになった。
しかし巫女は異国の民が崇拝していた悪神の化身である剣を手にすると──
結末を口にしようとした瞬間、銃声が響き、辰美は反射的に身を固くした。
『──ライラ、私以外のヤツと何をしている?』
誰かの声がして、悪寒が走った。
「辰美さん、大丈夫かい?」
聞き覚えのある女性の声音にハッとする。──来家 リネンだ。と思うや否や、さらに猟銃であるライフル銃から弾丸が発砲される。轟音に耳を塞ぐもまだ痛みが残っている──猟銃には不気味な文様が刻まれていた。魔法がかけられているのか。
正確に撃ち抜かれた頭部から血が爆ぜる。バタリと倒れた人ならざる者は、眼球だけでリネンを見やった。
「偽物の銃で、アタイを倒せるとでも?」
「威嚇射撃って知ってるか?道化めが」
「ハハッ!怖ぁ〜〜い」
何事も無かったように立ち上がると辰美から離れた。両手を上げ、反撃しないと意思表示をする。
「伏せろ」
「チッ。……怖〜い呪術師からは去らないとな。殺されたくはないからね」
「二度とそのツラ見せるなよ」
「アハハ!お前には見せないよっ!──都合の悪いお話をされて不快だったかい?ねえ?」
トリガーが引かれる手前、空間に突如として空いた暗闇に、巫女式神は滑り込んでいく。瞬間移動した暗闇だろうか?
唖然としている辰美に、リネンは豹変し、ニコリと善良な笑顔を向けた。
「怪我はないかい?」
「は、ハイ。ただ…話をしていただけですし…」撃たれなければ神話も最後まで聞けたかもしれないが…。
「アイツは関わってはいけない部類だよ。人並みの人ならざる者とは違う。精神や人生を食われる」
「えっ」
「昔から私たちの敵となってきた、危険な生命体なんだ。人類にも多大な影響を及ぼしてきた、良い意味でなくて災害や事件などね。この町にアレが現れたなら、これから何かしら起きるだろうね。まつろわぬ神とも異なる悪い者だ。気をつけて」
「な、なんでリネンさんはそれを知ってるんですか?」
するとリネンはまた胡散臭い笑みを浮かべただけだった。
「そ、その銃……」
部屋にハンティングトロフィーがずらりと並んでいたのが脳裏をよぎる。
「ああ、ただの猟銃に魔法をかけているだけ。緊急処置みたいなもんでね。威力もあまりないよ」
「はあ」
「下手に傷をつけられたほうが、相手は苦しむからね。ふふ」
あくどい笑顔のリネンに悪寒が走る。
「私はねえ」
リネンは
「人ならざる者が大嫌いだ」という。
(大がついた…)
「人類こそが、この星の支配者であり未来を左右する重要な役割なんだ。人ならざる者は畜生と同じ、我々に管理されていれば良いものを」
「…」
「その思想に賛同する者は少ないがね。ふふ」
「…。私、それどっかで聞いた事あるような…?」
自分の記憶でないような、しかし耳にしたような奇妙な感覚に陥る。あともう少しで思い出せそうだが。
──ライラ、私がいるから大丈夫。
「…。そうかい、まぁ、私も明日いきなり消えたりはしない。越久夜町には思い入れがあるからね」
「思い入れ?ですか?」
「私が好きだった者に引っ付いていたヤツがこの町の出身でね。この身が潰える前にどんな場所か見てやろうと思い立ったんだ」
町医者兼やぶ医者・リネンは歩きながらも穏やかな瞳で、越久夜町の情景を眺めた。牧歌的な、それでいてどこか淀んだ空気が漂う山間部の田舎町。
「こんな、人知れない長閑な田舎町だとは思わなかったけれどね」
「私も、そう思います」
「長閑しか取り柄がない悲しい町だ。私と同じで老いて、滅んでいくしかない。そんな町だ」
(リネンさん、ご隠居してるのかな)
町外れにある診療所を営んでいるという。山に住んで、世俗から離れて暮らしている仙女。そんなイメージがわいた。
「滅ぶ前にひと足掻きするのも楽しいじゃないか。この町はそれをしない。まるで諦めてるみたいで、私は好きではないな」
「はあ…」諦めている。狐の神使の姿が思い起こされる。




