越久夜町の偽神話 2
越久夜町から離れた隣町─蛭間野町は学園都市として栄え、二つの大学がある。辰美が通っている文系大学と医療系の大学。医療系の大学の方が世間では有名だ。
この町は田舎で寂れた越久夜町とは違う。大都会とまではいかないが適度に発展し、長閑な住宅地が広がっている。連なる山々から開けた平地に近いためもあるだろう。
正午に近い晴れた夏日。越久夜町を抜ける四ツ岩トンネルを経由して、隣町にやってきた。
夏休みが近く、はしゃいでいる大学生たちが行き交う中、辰美は自転車を駐輪場に停めると、大学病院に向かう。星守がどこに入院しているか全く分からないが、運良く有屋 鳥子がいるかもしれないし、受付に聞いてみたら何とかなるかもしれない。何より病院に名前が書いてある。
ずばりノープランだ。
分からなかったらまた来れば良いのだ。
病院の待合室を通過するとフロアガイドを眺める。小児や老人専用の階より上に居そうだ。大学病院は大きな施設だ。知らない部外者が紛れ込んでいても、不審な素振りをしなければ大丈夫だろう。
早速エレベーターに乗ろうとした折、現代社会では見慣れない姿の子供を見かける。
異国の少女がぽつんと通路を歩いている。メイド服をきた年端もいかぬその存在は浮いていた。
小麦色の肌をした四歳くらいの女の子。華美でないメイド服は彼女に合わせて作られたのだろうか。
(あ、あの子)
人ならざる者だというのは一目して分かる。奇抜な格好をしていても、誰も見向きもしないからだ。ナースも医者も患者も。そして辰美はその子供を知っていた。
(ネーハちゃん、どこにいくんだろう。まさか)
ネーハという人ならざる者に、辰美は慌てて後をつける。階段をのぼり、予想通り向かおうとしていた階まで上っていった。
探偵の真似事のように後をつけたがさすがに息が上がる。ヘロヘロになりながら通路を歩いていくと、ネーハはある病室の前で立ち止まった。
「ネーハちゃん!」
「え…辰美さん、どうしてここに?」
「星守さんのお見舞いに」
「えっ、なぜだい?悪い行いをした者に見舞い?」
心底驚いた、と目をまん丸にしたネーハに苦笑を浮かべるしかない。確かに彼は町をめちゃくちゃにした悪者ではある。情けなどかける対象ではないと、彼女は言いたいのだろう。
「ま、まあ。ネーハちゃんはどうして病室に?」
「式神の動向を探っていたんだ」
「ああ、あの童子式神っていう」
星守の式神である──名前付きの式神。童子式神。
「彼は何故か主となる人間の護衛を放棄している。今、どこにいるかも分からないんだ」
「えっ?な、なんでだろ?」
「ああ、怪しい動きをしている。普通の式神ではありえない、奇妙な…」
ハッと辰美の後ろを見るとネーハは硬い顔になった。