越久夜町の偽神話 1
星守 健速が越久夜町を荒していた悪い魔法使いだと露見し、あれから数週間が経った。事件が解決した町は至って平和である。
悪い魔法使いの事件に振り回された辰美も、やっと日常に馴染み始めた。
大学に通い、親友の見水 衣舞と遊び、たまにアジトである骨董屋へ向かう。──なんと平穏な日々だろう。
夏が本格的になり始め、夏日が普通になった。日差しのくっきりとした路地が眩い。蝉時雨の中、辰美と衣舞は今日も骨董屋を訪れた。理由はない。ただ店主である緑と他愛もない話をするためにやってきている。
冷房の効いた店で二人は一息付きながら、アイスを食べている。暑くて通学がきつくなったと愚痴をこぼしている衣舞を横目にソーダ味のシャーベットを頬張っていた。
「あのさー、知ってる?」
「何?」
衣舞が緑が用意してくれた麦茶を片手に言う。
「星守の人、隣町の大学病院に入院してるんだって。町中で噂になってるよ」
「ああ…そっか。あれじゃあねえ」辰美の住んでいるボロアパートの大家さんもその話題で住人と立ち話していたのを知っている。
田舎という小さい社会で星守家の人が大きな病院に入院したのは衝撃的だったみたいだ。
「なんか夢見てたみたいだよね。魔法とか、結界とか……今考えると不思議」
「確かに〜」あれから犬人間や人ならざる者は接触してこない。まるで嘘だったかのようだ。
「何を話してるんですか」
緑が台所からやってくる。皿にはスイカが乗せられていた。
「あっ!スイカだ!やった!」衣舞が目を輝かせスイカに釘付けになった。
二人がスイカについて話しているのを眺めながら、辰美はぼんやりと屋上での出来事を思い出す。助けてやれなかった。もし、あの時手を離していなければ──何か変わっただろうか?
彼が悪事をしたのには変わりはない。ただもう少し平和的解決や成敗が出来たのではないか、と。
(お見舞いくらいは許されるかな…)
ここから離れた隣町─蛭間野町に辰美が通っている大学がある。用事があるフリをして秘密でお見舞いにいけないだろうか?
(よし、明日病院に行ってみよう)