未確認思惑「拉致監禁された魚子」
今回はちょっとギャグっぽいです。
「あちゃ〜。」
頼りにしていた二輪が跡形もなく―盗難されていた。
「ややァ日頃の行いが祟っちまったなァこりゃ。」彼はキーを抜かずに二輪から離れたのであった。それでもショックを受けるどころか悪びれもなくニヤニヤする竹虎である。
「結構年代物でなぁ。狙ってるヤツらは五万といたろうがねェ…この期に及んで」
「どうする?ならさ、ダラしないヤツらからかっぱらっちゃおうよ!」
無人となった駐車場を適当に歩く。戸締りもせず慌てて逃げた臆病者がいるかもしれないからだ。
「ああん?そりゃぁオレに対しての悪口か?」
眉をひそめ竹虎も犯罪に加担する。まばらにとめられた残りの車はだいたい長期間駐車しているようなものばかりでだった。車の購入者はどこかで人類の危機に右往左往しているのだろう。
「おっ、こりゃー良いモン持ってんじゃねぇノ。」外車が無防備で全開の状態で放置されていた。車内を覗いてみると案の定キーは刺さったままであった。「タケやんって古いもんが好きだね〜。」
「オレみてえなヤツの娯楽っちゃあクルマしかねぇよ。あと酒と、女さ。」
「カッコつけ。」
勝手に拝借した車に乗り込み乱闘騒ぎを横目に都市を走り抜ける。人々はいきなりやってきた終末におたおた正気を失っていた。これではまともに避難できない。二人は人気のない方へ退却しいったん砲火から逃れることを優先した。動かない渋滞に見舞われ怒り狂っていたオートバイの運転手を脅し、バイクを奪い取る。法律を無視した走行を警察官が目を光らせたが新たに勃発した乱闘騒ぎへ気を取られ麗羅たちはお咎めなく都市部のわずか先にある閑静な市街地へ抜け出した。
「飛行機が飛んでる。」
「ありゃあ自衛軍のものだ。とっとと建物に逃げ込もうぜ。」
戦闘機とマスコミのヘリが空を右往左往しているように見えた。青空をたくさんの鉄の塊が行き交っている。騒音が騒々しく響き渡り「戦争」が近いことを告げていた。
皮肉だ。約束された平和な世界で、きな臭い非現実が始まろうとしている。空想の世界みたいだ。
空想。
──ライラ、貴方は本当に空想が好きだね。また何かを書いていたの?
吾妻が嬉しそうに紙の切れ端にイラストを手にとった。麗羅は落ちかけた金のカラーリングの、くせ毛のある髪を結いた。
「吾妻。茶化さないで。」
「ハッピーエンドにして欲しいわ。ねえ、麗羅─」
涙がこぼれそうになり、麗羅は首を傾げた。何故、今泣きそうになるのだろう?壊れた心では理解出来なかった。
「ちっ、市街地に来たのが間違えだったな。弱そうな建物ばかりだ。」
竹虎が腕時計を睨みつけ唸る。
「あそこはどう?」
無意識か、それとも偶然か?
指差した先に見慣れた建物があった。魚子と、そして彼女と訪れたあの場所。ライラは内心舌打ちした。
(あなたって心底意地悪いわね。)
自らの声か、あの人の声か。脳裏に蘇る。蓋をされた記憶があふれそうになっている。
人類は凶暴で、結局、禁忌を犯すことでしか終われなかった。“正当防衛”でまかり通る免罪符を彼女は根に持っているんだろうか?
(わたしは実際、ミシャを殺したの?それともひったくり犯?それとも……)
「おい。ぼさっとしてねーで、さっさと潜り込むぞ!」
小突かれ我に返る。頬をつねり自らにお仕置きした。今はこんなことしてる場合じゃないのだ!
そんな幼い仕草に竹虎は幻覚剤で幼児退行したんじゃないかと茶化してきた。脳味噌は退化していく一方なのに、ヤな記憶だけは抹消してくれない。二人は人気すらなくなった町から逃げ込むように階段を上る。お茶目な人が落としていった私物が時たま視界を過ぎるだけでビルは無人と化していた。何も知らない野鳥が騒ぎたてている。世間のただならぬ雰囲気を察して落ちつきをなくしているのか?
ヒビの入ったコンクリートを踏みしめながら、麗羅は自らの呼吸がわずかに上がっていることに気づいた。
(怖いんだ?)
美しい狐の妖獣人はどんな顔をするだろう?きっと間抜けだと笑うに違いない。罪を犯した癖に、いまさら。
「結構ボロいなァ、なあ?」
問いかけに心臓が飛び跳ねそうになる。目を丸くした人の女に竹虎は片眉をあげた。
「もしさあ、被弾したら私たち、どうなるのかな?」
「なんでぇチビりそうになってるんか?さあなァ。どっちにしろ、死ぬんじゃないかね?」
「やっぱりこんな建物じゃあ、ダメだよね?」
「……どこに行ってもダメナンジャアないかねェ?」
そうだね。と適当に頷いた。彼の言った通りどこに行っても駄目なのだ。
どこにいようが死ぬ時は死ぬのである。愚問だったなと内心自嘲した。あちらだってつまらないジョークだと鼻で笑っているに違いない―平常を失っていると嗅ぎつけられてる。
「どうした。仇でもいるのケ?」
竹虎がピリピリしているのを察して苦言をよこしてくる。もう取り繕う必要もないか。けれども物陰にあの妖獣人がいるような気がして落ち着かない。
「…なんでもない。シェルターになるか、検討してるの。」
間抜けなプライドが勝手に口走る。
「さあ。ハハッ日本の建物は竜巻が来りゃだいたいは転がってくぜ。」
「もうっふざけないで。」頬を膨らまし、茶化す野郎を牽制した。
二階の廊下がかすかに覗く。オフィスとして使われていたのか、オフィスチェアが一箇所にまとめられていた。かなり前からがら空きだったはずだが……。そんなことへ意識を奪われている場合ではない。
三階に向かう。頂上階は危険だ。かと言って一階は爆風や下敷きになる可能性もある。地下はあるのだろうか?
地下があれば辛うじて生存率があがる。最初に地下を確認すればよかったけれど―後の祭りだ。いいや、まだ諦めてやるものか。
麗羅はこの建物の構造を知った気になっていたことにげんなりした。実際何もわかっていなかった。
「なァ。」
竹虎が耳をそばたてた。
「なに?」
「人の声がする。」低い声音で空き部屋へ視線を向けた。妖獣人は人より数倍優れた身体能力を有している。麗羅は羨ましいなと常日頃密かに思う次第だ。
「誰かいるのー!」
「バカッ!ヘンナやつだったらどうスンダヨ!」
無謀に空き部屋へ踏み入れる。オフィスチェアはないけれども掃除用具入れがちょこんと部屋の隅に放置されていた。
「だぁれもいないよ?」
「ああん?聞こえたぜ。あれは人の―」
呻き声に二人は身を緊迫させる。人っ子一人いないはすであろう空間で、不気味な呻きが聞こえるものか。竹虎が耳を済まし周囲を確認した。
「自殺し損ねたやつかァ?」
終末を憂いた誰かが首吊り自殺でもし損ねたんだろうか?まったく、闇雲に知識を持たず実践するから。
麗羅は足元に乾いた赤いシミが点々としているのに気づいた。ほんのわずかな飛沫である。
「これ、なんだろう?」
「こりゃあ血だナ。」スンスンと鼻腔を膨らませ、彼は言う。血。未だに呻きはどこからか漏れている。
無人の一室。この空間にあるものはただ一つ。掃除用具入れである。
二人とも同様の結論に至ったのだろう。
すすり泣きの如くか弱いものになったそれはあの「箱」から漏れているのか?確かめないことには始まらない。二人は顔を見合わせてじりじりと怪しい掃除用具入れへと距離を縮めて行った。
常に所持しているボーガンを手に、アイコンタクトをとる。麗羅も隠し持っていたサバイバルナイフで身を守る。構えたまま竹虎は勢いに乗って、扉を開いた。ムワッと汗と鉄くさいなんともいえない悪臭が漂ってくる。
「んー!」ガムテープで口を塞がれた魚子がロッカーに収納されていた。TVに影響された監禁方法に麗羅は言葉を失った。一番の打撃が顔見知りであったのもその要因であろう。連絡が取れないからといって記憶の片隅へしまい込んでいた知人が、こんな無様な姿へ変わり果ててしまったのだ。
汗ばんで張り付いた髪や衰弱仕切った様相はごっこのそれではないだろう。
「何してんの?」
フリーズしかけた己を叱咤し問いかけをひねり出す。魚子は拘束されたまま何かを訴えていた。
「待ってはがしちゃるから。」
ビリリとガムテープを剥がし息をさせてやる。彼女は咳き込みながらキッと麗羅を睥睨した。
「―あなたのせいで!」
「よくわかんないけどバイヤーのほうで何かあったの?」
「あんたのせいでっわたしは!」
すさまじい形相で彼女は捲し立ててくる。
「ちょっ」
「あんたの」
「うるさい」
「あ、んたのせいでぇ!」
「このまま、殺されちゃえば?たけやん、こいつ収納しよ。」
「ごめんなさいでしたぁ!」
ロッカーを閉めようとしかけた手を竹虎に止められる。「冗談だよ冗談。」
スカートとキャミソールという薄着にされ、皮膚は打撲やらで鬱血している。大口をあけ空気を取り込んでいる咥内まで血に染まり、歯が何本か破損していた。
「おいおい。なんだい、あんた、何をしたんダァ?フツーこんなことされねーよ?」
「…た、助けてくれてありがとうございますっああっよかった!よかったよかった!わたしは助かったのね!?神様ぁありがとう!」錯乱して話にならない。
読んで下さりありがとうございます!