表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/349

月世弥という巫女

 誰かが走っている音がする。ひどく息を切らし、ざわめきから逃げている。幾人もの高揚した罵声が背後から聞こえ、()()は振り返りながらとある山へ逃げようとしていた。


 神が坐す越久夜間山(おくやまさん)へと。


『逃げなければ、あの方の元へ』


『──見つけたぞ!』  

 たくさんの手が乱雑に女性の衣や髪を掴み、彼女は悲鳴をあげた。

『裏切り者の巫女を──この女を焼き殺せ!』

『偽の神託を民に広め、惑わした悪魔だ!』

 ムラの民たちが口々に罵詈雑言を放つ。女性は無理やり祭祀の場であったはずの川べりに連れていかれる。

『私は…民に尽くしたのに!!何故?!』


『どうして!』 手を伸ばす先には─幸せだった頃の光景が見えた。朗らかな昼の日差しの中にムラを支配し、守る女神がおり、神官の服をまとったその女性と何かを話していた。二人で楽しそうに会話している。他愛もない、穏やかな空気が流れている。

 二度と戻らない幸せな時間だった。

 もう、二度と。返ってはこない。

 ──どうして?どうして?ワタシはナニカ悪いことをしたノカ?


(これは…誰の記憶?)

 辰美(たつみ)は没入していた思考や心を取り戻し、我に返る。夢にしてはあまりにも生々しく、残酷で後味が悪い。匂いや痛覚、感触。五感がまだ先程の出来事を記憶している。まるで誰かの記憶を追体験しているようだった。


「辰美さん、私を見つけて」

 清らかな女性の声がした。その響きは一度耳にした気がする。あの、紫色の不思議な和装の──。 


「私の名前はツ…ヨミ…月世弥。…裏切られ…惨殺された神官の…お飾り。─そしてこの地に縛り付けられ、ずっとさまよっている者」

 崩れかけた顔面に過ぎる、含みのある微笑に背筋が凍る。まるで波長の合わないラジオ放送を感受しているみたいだ。

 ちぐはぐな女性は一転して、鮮明になった。


「…辰美さん、私に会って」

 そこには美しい長髪の女性が現れた。よく知る二十代後半の緑よりは歳上にみえる。焦げ茶の瞳には優しい光が宿り、穏やかな顔つきをしていた。

 肩がけの麻布の上着や衣服は不思議な模様で彩られた…はるか昔の原始的な雰囲気を醸し出していた。まるで教科書や博物館でみる古代の衣服のようだ。

 辰美は脳裏に再生された記憶にクラクラしながら、摩訶不思議な女性を見やる。


「アナタ…だれ?さっきの人とは違うの?」

「…私は…神の声を民に届ける者。私を山の女神に会わせて、そうしてこの魂を輪廻に戻して」

「えっと…」

 月世弥と名乗った人物はわずかにこちらに歩み寄ってきた。なのに全く近づいてこない。まるでお互いの空間がズレているみたいであった。地続きの夢ではなく、異なる意識が無理やり接続されている─そう感じた。

「とある理由でこの魂は封じられてしまった。それを解いて欲しい…それには誰かに思い出してもらわなければならない。…私は忘れられているから」


「…まさか」

 ──私は巫覡をし、民を支えたが、それを良くないと思う者もいたのさ。例えば…元からムラを支えていた政の人々、その側近。神官ら。巫女。

 鬼神が言っていた、ムラの巫女なのではないか?


「それには、辰美さん。貴方が必要」

「ど、どうして?私なんですかっ?」

「貴方は山の女神に近づける人間。ミーディアムの素質を持っている数少ない者だからだよ。それに魔法使いたちが手を出せないのも知っている」

「はあ…」

「山の女神に会いたい。それをずっと、望んできた…」

 悲痛な顔で彼女は俯いた。その(かんばせ)をやはりどこかで目にした事がある。

 純粋な光を灯した瞳はこちらを切実に見つめてきた。

「お願い。私を見つけてほしい、そして山の女神ともう一度話を─」

 おかしい。


「うわっ!」 

 視界が揺らめき、あまりの目眩に辰美は目を閉じる。ユラユラと平衡感覚がおぼつかなくなった。

「残念、時間みたい」

 暗闇から月世弥の声がする。声が遠のいていき、やがて囁きに変わる。


「これは二人だけの秘密」

 再び異なる気配を纏わせた声音が届く。先程の娘とは別人のような。


「──絶対に邪魔者どもに知らせてはいけないよ。タツミ」

 聖なる微笑みが邪悪に歪んだ気がした。



 辰美は目が覚め、体を起こしぐらぐらする頭を小突いた。

 ふと、テーブルの上に置いてある土器の破片を見やった。骨董屋から買ったブローチに似た素焼きの破片だった。

 それはつい最近の事だ。


 いつものように『小林骨董店』で掃除をしている時だった。棚にあった変哲もないアクセサリーがカタリと落ちる。

 素焼きで造られたブローチだった。

(うわ、何か念がこもってそ〜)


「緑さん。これ、落ちたよ」

「ああ。そこら辺に置いといてください」

「そこら辺って、売り物でしょ?」

「値打ちはあまりないんですよ。そこら辺の物は」

「はぁ…」


 ブローチに似た破片をまじまじと眺め、辰美は触った。

(アチッ!)静電気のような衝撃が走り、指を引っ込める。冬場でもないのに。

 もう一度拾おうとして、悲鳴をあげそうになった。

 破片から血が湧き出て血溜まりを作っている。悲鳴を上げそうになり、口を押さえる。これは現実ではない。

 幻だ。


「そんなに見つめて、気に入りましたか?あげますよ」

「へ?!え、あ、うん!」

 緑はブローチを拾う。血溜まりはなく、そこにはただの床があるだけ。

 ホッと安堵していると店主は辰美のポケットに入れた。


「あ、ありがとう。大切にする」

「ええ。別に…礼なんていりませんけど」

「いやいや、タダでもらえるなんてさ〜」

「タダほど高いものはない、と言いますがね…」

「怖い事言わないでよ!」


 ブローチを眺めていたが、気味が悪くなりテーブルの隅においやった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただきありがとうございます。

こちらもポチッとよろしくおねがいします♪


小説家になろう 勝手にランキング


ツギクルバナー


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ