悪い魔法使いと越久夜町 32
それからの越久夜町はやけに、という程平和になった。
長閑な山間部にある辺境の田舎町としての姿を取り戻し、物騒な事件は起きなくなったのだ。誰も夕暮れ時を怯える必要はなくなり、人ならざる者に恐怖を抱かなくなる。
人間の世界に人ならざる者の気配はしなくなったのだろう。人々は亡くなった者たちの弔いをして、奇妙な出来事を忘れようとしていた。
星守が救急搬送されてから二日後ぐらいであろうか、稲荷神社の神使が辰美の元を訪れてきた。
「山の女神から感謝を伝えてくれと言われてな。なにより私からも感謝しているよ。」
悪い魔法使いが手中に収めていた領地は山の女神のモノになったという。
「星守が回復次第、罰を与えようと思う。有屋がそうしろとしつこくてね。」
苦笑をうかべ、狐の神使はやれやれと肩を竦めた。
「辰美さん、ありがとう。越久夜町は救われたよ。」
お礼を言われ、辰美は面映ゆいやらで感情を上手く呑み込めなかった。
近頃は長かった梅雨が明けたと、見水が言っていた通りに晴れ間が多くなった。陽の光がカーテンを透きとおりボロアパートの質素な一室を照らしている。
辰美は布団に寝そべり、久しぶりに天井を無心で眺めていた。気の木目や遠くから香る夏の匂い。そして湿った風。
夏がそこまで来ている。
(私がまだ麗羅さんに会えていないって事は、時空を救えていない……?)
(自分もこれが本当の幸せだとは思っていない。ハッピーエンドにしなければならない出来事が待ち構えているんだろうか…。)
夏を知らせるアブラゼミの音を聴きながら、ソッとまぶたを閉じた。
「悪い魔法使いと越久夜町」はこれにて完結しました。
ありがとうございました。