悪い魔法使いと越久夜町 31
誰かが自分自身を呼んでいる。見水か緑か、それさえも判別できない。うるさい耳鳴りにやられ、自らは死ぬのだと。
「はぁっはっ……あれ?!」
脳天の肉や骨を割いた痛みはなく、傷口から血も流れていない。撃たれた箇所を触れるも無傷であった。
「え?え、なにこれ?」
「う、ウギ……い、いでえ……」背後から苦しげな声が聞こえ、振り向くと星守が脂汗をダラダラ流し苦しんでいた。
「人ならざる者じゃあなきゃ、痛くないはずだ。坊ちゃん。」
「お、おのれ──!」
反撃の余地も与えずに、辰美越しにアサルトライフルを乱射した。射撃場の的の如く撃たれ、吐血する星守は無様に地べたに倒れる。
「主さまっ!!」
「や、やりすぎです!─星守、早く敗北を宣言しなさい。そうでなければますます重い罰を与えられるか、その女に殺されますよ。」
緑が待ったをかける。しかしリネンは首を横に振った。
「負けを宣言なんてあまっちょろいなァ。死をもって償うべきだ。人様の魂を食べたのだから。」
「ハァハァ、く、クソっ!」
這いずりながらこの場から逃げようとする星守に再び銃弾の雨が降り、身体が撃ち抜かれた反動で屋上の淵へ落ちてしまった。
「あ!」
飛び落ちた姿を見て、辰美は何か嫌な心情がフラッシュバックする。自分が全く同様の景色の中で屋上から投身自殺する光景が脳裏に鮮烈に蘇ったのだ。
(今の、何…?!)
「負けたっ!罰を受け入れる、だから助けてくれっ!死にたくないっ!」
必死に風化したコンクリートの淵に掴まり、難を逃れた星守が叫んだ。負けを認めたのだ。
「助けに行くからっ!」
情けなく涙を流し懇願する姿は、悪い魔法使いと噂された姿とはかけ離れていた。しかし彼は悪い魔法使いでもあり星守でもあるのだ。
辰美はフラッシュバックした記憶を振り払うように、星守を引き上げようとした。
次の瞬間だった。リネンに手を蹴飛ばされ、星守の手を離してしまったのだ。
「なんで?!」
咄嗟に飛び降りて後を追いかける。左手の鉤爪で外壁を引っ掻き、その手で着地した。さっぱり痛みもなくかえってアスファルトにクレーターができ、周囲を破壊するほどだった。
「星守さん!」
銃で撃たれズタボロになった星守は、足が変な方向に曲がり、頭から血を流していた。生きているのが不思議なくらいである。
「そ、そんなぁ…」
──ハッピーエンドってなんだ?
浮浪者のふりをして、辰美の魂を奪おうとしていたが話を聞いてくれ、占いをしてくれたために止めたと打ち明けられる。彼は。
彼は確かに悪い行いをした。だが、こんな風に死ぬのは望んでいなかったはずだ。
「オレは…死ぬのか……し、死ぬのは……意外と、……悪くない。尊厳も何もかもあの世に、も、持ち逃げだっ!ざまぁ見ろ!神よ!悔しがれっ!」
血をザバザバと吐きながら彼は狂喜した。
「き、……救急車を、呼ぶな、……この場で終わるんだ!このまま終われるんだっ!ハッピーエンドってヤツだろ?!喜べよ!」
「き、救急車呼ぶからっ!」
辰美は困り果て、そして携帯を開いた。
「呼ぶなってんだろ!めでたしめでたし、……になるんだろうがァ……」
「死ぬのは許されないわ。大罪人。」
カツカツとヒールの音がするなり春木と有屋 鳥子がやってくる。
「こちらで救急車を呼んでおいたわよ。辰美さん。」
澱んでいたはずの空が光り輝き、越久夜町を祝福する。辰美はあまりの眩さに顔をしかめ、緑たちも空を仰いだ。
─夜が明ける。
山際から眩いばかりの光が登り始め、虚構や覆いかぶさっていた真っ暗闇を剥ぎ取っていった。
悪い魔法使いに勝ったのだ、と誰もが思う幕引きだった。
「…ハッピーエンド、なの?」