悪い魔法使いと越久夜町 25
リネンが手馴れた動作で走り出し、辰美も慌ててついていく。バタバタと二人分の足音がうるさく響き、狸たちの速度についていけない。まだ治りかけの傷が痛み、辰美は精一杯ついていこうとした。
どのくらい走っただろうか─狸たちは式神を見事行き止まりに追いつめ、逃げさせないように陣取った。
「あっしを捕らえて、何をするつもりですか。」
「洗いざらい吐いてもらうぞ、式神。」
「なにを」式神が笑みを浮かべ、動こうとした。
「逃げるなよ。式神。」
リネンが魔法で刹那──アサルトライフルを形成する。自動小銃を遠慮なくぶっぱなし、轟音が住宅地に響いた。
銃弾を素早く避けると、式神はブロック塀に着地した。変化した兎の足でグッと力を込めるとリネンに牙を向いて、飛びかかった。
銃声が鳴り響き、再び式神を撃ち抜こうとする。空中で身をよじると弾を回避した。そのために減速した身をいったんアスファルトにぶつけ、また転がる。弾丸が後を追うように硬い地面に穴を開けた。
銃から薬莢が跳ね、音を立てて叩きつけられ弾ける。
式神は息を吐きながら、路地の真ん中に佇む。
「馬鹿だな。」
リネンが銃を捨てパチン、と指を鳴らした。
その瞬間、神秘的で魔性な光が炸裂する。光で形作られたしめ縄が四方に張り巡らされ、唸りを上げた。予想外の事に式神は絶句した。
「な、なぜその技を……!」
「ほお、貴様にも分かるのか。」
「神使の使う技を人間が使うなどありえない!オメエ何モンだ?!」
「どうだか。さあ、ルールを改変しよう。」
「ま、待て!わ、分かった。降参するッス。」
両手を上げ、降参の意思を示すと式神はしゃがみ込んだ。逃げもしないという意思表示だ。
「式神。貴様には自我があるようだな?」
「……分かりませんよ、そんなの。」
リネンの問答に訝しむような、考え込んだ表情をする式神。
「なるほど、この式はルール違反をしているようだ。」
「黙れ!」
「口答えするなよ、式神風情が。自我があるから考えるのだ。人ならざる者の分際で自我などを所持しているなんぞ、反吐が出る。」
「……。あっしも、好きでこうなっているわけでは。」
確かにこの式神には個我があるように思えた。
(人ならざる者に自我は……)
三ノ宮の言い草とはかなり事実が異なってしまうのでは無いか。
「貴様は何者だ。」
「……。」
「ルールは私が握っている。答えよ」
「……チッ。…あっしは、童子式神。」
「名前まで着いているのか、変わっているなァ。」
「………。」軽蔑した目つきでリネンを見やる。その目つきは人間のそれと違わず、完全に意思のある瞳だった。
「貴様の主の名はなんという?」
「…答えられません。」
「ルールで縛り付けるぞ。-ならば星守という男ではないか、という命令に切り替えよう。」
「………。──主さまは、確かに星守と言います。名前は知りません。」