悪い魔法使いと越久夜町 24
「そうなんだ…けど今、星守は入院してるらしくて」
「だからだよ。星守邸が式神しか居ない時に出撃する必要がある。何故かって主に制御されていない式神を誘き出すんだ。」
「それで取り押さえて吊るそうって訳だ。」
「……。」固唾を飲む辰美をよそに二人は覚悟を決めた顔で、歩き出した。
「さあ、行くぞ。」
リーダー格の狸の声にぞろぞろと神獣狸たちが続く。あれだけざわめいていた空気がピンと張りつめ、緊張感が漂う。
「辰美さんもほら」
「あのっ」
リネンに手を引かれ、無理やり同行する羽目になった。
曇り空がさらにほの暗くなり、やがて雨が降り始めた。甲冑の鳴り響く音や狸たちの足音がかき消される。暗くなった路地に対し狐火ならぬ狸火だろうか、火の玉を灯し狸たちは星守邸を取り囲んだ。
リーダー格の狸が和洋折衷の邸宅を見上げる。
『今から作戦を決行する。──続け!』
法螺貝の音が響き渡る、狸たちは星守邸の正門を打ち破った。
「すげ〜〜っ!」
あまりの勢いに辰美は目を丸くする。狸たちはまさに命懸けで不法侵入を果たし、無人の邸宅を狼藉した。
「さて、私たちは式神があ炙り出されるのを待とう。」
「は、はい。上手くいくでしょうか…。」
「さあ、それは分からない。でも楽しいじゃないか
イタズラするみたいで。」
(いたずらっ?!)
平然と言ってのけるリネンに面食らうが、確かにどこかワクワクする。狸と式神の戦いなど人生初なのだから。
「変な感じです。人ならざる者たちと、こんな風に作戦に参加したり話したり…。都心では考えられない。」
「そうだろうね。あそこは何も無いから。」
「え、ま、まあ。」
コンクリートジャングルにはまじないも人ならざる者も微々たるもので、なんの変わり映えのない世界だった。
「越久夜町に来てから起きた事、夢みたいです。そうだ……夢かもしれないんだ。」
「どうしてだい?」
「この時空は、越久夜町は星守の世界に侵食されてるような気がして。」
「悪い魔法使いの世界に呑まれかけている、か。正解だ。この世界は虚構と現実の境目が曖昧になっている。だからゾンビや魂を抜かれるという、非現実的な行いができたのだろうね。」
(夢…)
「夢という漢字の由来を知っているかい?夜闇におおわれて辺りが見えない事から来ているんだと言われている。この越久夜町にピッタリじゃないか。フフ」
楽しそうに彼女は言うと、星守邸の塀に寄りかかった。小糠雨に濡れた路地が街灯に照らされてかっている。現実感の消失した空間で二人は佇む。
魔筋に繋がっている、辰美は目を擦った。
「暗闇は現実を隠してくれる。」
「でも、それじゃあ…」
「星守は自らをごまかしているんだろうね。しかし無知からここまで出来るのは…星守一族由来のポテンシャルがそうさせているのか、それとも運命の神にイタズラされてしまったのか。分からないけれど」
ドッと狸たちが門から飛び出してくる。獣の素早さに感嘆するが、狸たちを追う一匹の影もかなりの俊敏さを放っていた。
──式神だ。
「追うよ。」