未確認思惑「未確認生命物体愛護団の幹部 有屋鳥子」
久々に投稿です。
風があたり服や皮膚を痛いほどに冷やしていく。エンジン音に混じって、
「あんたはどう思うんだァ?この事態についてよう。」
竹虎が二輪を運転しながらポツリと言い放った。
「事態?なんのこと?」
「はははっお前は呑気でいいやさ。そこらの腑抜けた野郎どもは戦々恐々でお留サ。オカルト相手に、だゼ。」
シニカルに彼は笑う。俗に言う科学では証明できない不可解な現象、物事―オカルト。麗羅はUMAを退治する手前、不可解な出来事なんて慣れっこだった。だからなぜ、彼がそんな言葉を言ったのか不思議であった。
「オカルト?」
「そうさぁ。オカルトが流行ってるんだ。」
一昔終末論が流行った。馬鹿みたいに不安がり、世界の幕が閉じることを期待した。人というのは身勝手で何事も無かったらすぐに忘れる。喉元過ぎればなんとやら。不安は幻覚を生み出し、新たな生き物に命を吹き込む。肉体を持たない不安の化身だ。
人々はそれを怪異やUMAと呼んだ。もしかしたら疲れが見せた偽物かもしれぬのに。
情勢が不安定になると決まって有象無象が出現する。人の想像の暗黒面が奇妙な生物を創造するのだ。穢れを押し付けられたヤツらは負の感情を煽り肥大化していく―近年オカルトがぶり返していた。こうなることは必然だったのだろう。
「何かあったの?」
「眠れる魔女さんがようやく目ェ覚ましたようだ。ほれ、みな。」
顎をしゃくり、民衆へ視線を誘導させる。
乗り捨てられた車が何台か車道脇へ寄せられていた。どことなく通行人も秩序がなく―決して騒々しいわけではないけれど、ピリピリとした空気が漂っている。夫人が大量の水を車に詰め込んでいるのを横目に、バイクは住宅地に先にある公民館を目指す。
公民館はまだ閉館時間ではない、けれど人っ子一人いやしなかった。駐車場もガラガラであった。何かがおかしいと気づいた。でも何がおかしいのか突き止めるには手持ち無沙汰だ。
映画でみたパニックものやゾンビものの序章に似ている。嵐の前の静けさ、とでも言うか。何かが、不安や秩序の崩壊が湧き上がる前の皆のシンとした緊張感が漂っている。
現実が壊れる出来事が、起きようとしている。
(へんなの。こういう時一番に逃げるのがアイツなのに。)
古びた公民館の一室に待ちくたびれ苛ついている人物がいた。集会はすでにお開きとなりがらんどうだ。やっときた二人組にその人物は腰を上げた。長身の女性はため息をつくとしゃなりと近づいてきた。まるで秘書の雛形が展示されているみたいだ。
「ごきげんよう。」
白々しく麗羅が挨拶をした。
「時間厳守もできない無能ぶり、変わりないわね。」
「ワーオ!お変わりなくて安心しいたしましたわ!今日もその仏頂面、素敵よっ!」
辛辣な挨拶に大げさなリアクションをとる。レスポンスはない。醜悪な未確認生物を発見したかのような最低な表情がにじんだ。
予想通りの軽視に安堵するほどに彼女は変わりなかった。外気がふわりと刺激的な香水が運ぶ、薄荷に似たそれを羽虫の如く何度も毛嫌いするのであった。何度でも。微かにけぶっていた気持ちが凪いでいく。きちんと平生を保っている今や過去の記憶が自分を確立させるからだ。
ムカつくけれど彼女はそういう役割を担っている。
「ちょっとあなた、また薬物に手を染めてるの?ニオウわ。」
あちらも臭いには敏感なようだ。
「親に授かった体を傷つけるなんて理解に苦しむわね。前衛的なアナタにとっちゃ永遠に分かりっこないでしょうけど。」
育ちのいいお嬢さんは貧民をバカにし足りないみたいである。
「で。今回はどんな小言なんだぁ?」
竹虎が見兼ねやれやれとサジを投げる。
愛護団の団長はハンター二人(小言の受け皿)を度々呼び出して忠告する迷惑行為に味をしめている。ハンターにとって有屋は痛い存在なのだった。
敵対する存在が密会しているとなれば…麗羅は幾度となく現状を打破する妄想に浸っては快感を得る。しかし現実は有屋という巨大な権利者に操り人形にされているのが正しい。
「小言じゃないんじゃない?ついに東京湾に沈められちゃうかも。」
青息を漏らし未確認生命物体愛護団の長は気怠げに言い放った。
「あなたたちの手でクリプティッドを駆除してほしい。」
「ンアぁ?」
彼は呆気にとられる。
「最近凶暴性が高いクリプティッドが相次いで民間人を攻撃しているの。なんでも相当ヤバイ個体らしい。」
ハンターを取り締まっている法外な警察とでもいえばいいか―例の憎き未確認生命物体愛護団の幹部を努めている、有屋鳥子。彼女の目つきが殺気立っている。自らの嫌悪感か、それともUMAに対する失望か?
「ソラあ困りやしたナア。」
「へえ、公の場で民間人に接触するUMAなんて口裂け女か人面犬以来じゃない?」
頬杖をつき半分うわの空で有屋の報告を聞いていた麗羅を彼女はあからさまに嫌悪した。
「あら珍しい、ハンターどもが浮き足立っているのにやけに淡白なのねクソ魔女。」
「魚子が最近私の元にこないのよ…なんかつまらなくてさ。」
「お友だちが尋ねてこなくてナーバスになるなんて、お子ちゃまだこと。」
一方的に攻撃をしかける鳥子に竹虎は肩をすくめる。これ以上この場にいたとしても有利な情報は得られないだろう。彼女たちが揚げ足取りを開始すると密会はお開きになる。経験則がそう言っている。
「そろそろ本題に入ります。」
おや、ハズレたな、と妖獣人は片眉をあげた。
「日本は滅びる。あと三十分ちょいで自衛軍が攻撃を開始する。」
「なにそれ?」
「冗談キツイぜ。」
「状況を把握しなさい。いつも言っているでしょう?」
学級担任のように彼女は耳を澄ませと催促した。
大人しく言うことをきいてやれば―UMAの唸りや悲鳴はしやしない。
…乗り捨てられた車からラジオの音が漏れている。何か切羽詰まる声音にやっと違和感が払拭できた。周りに人がいない、誰も。廊下は荒らされ飲み物や小物がちらばっている。鳥子が佇んでいる床を数時間前数多の足が駆け抜けていったのだ。
「日本は滅びる。あと三十分ちょいで自衛軍が攻撃を開始するわ、国外の援軍も。人類は強硬姿勢を解かないと申しだして人外の議長ども渋々も了承している。このままでは人類に地球が滅ぼされてしまう。わかるでしょ?」
「その未確認生物が文明兵器で傷つかないってこと?」
「アーア。やっちまったかァ。人外どもも考える頭がなくなってらァ。」
「それは私達人間もよ。」自嘲して彼女は麗羅をねめつけた。
「始末できなきゃ、罪を全部あなたに被せる。麗羅。」
「私情を仕事に絡めるなんてクズの典型ですわ。」
「あなたはそれぐらいのことをした。」
鳥子がヒステリックに言い放った。麗羅は腑に落ちない。何故こんなにもこの女は自分をきらうのか?それとも本当に罪を全部被せられる行為をしたのか?
また私のせいなのね。
「ヤク中でスカスカになった誰かさんのために優しく説明してあげる。」
あくまで冷静に有家は口火をきった。
「まず、クリプティッドは―」
「そっからぁ?」
「クリプティッドは在来種がほとんど。初歩中の初歩。」
ご名答。麗羅は肯定のジェスチャーをだらしなくとる。それを見た未確認生命物体愛護団の団長ははきはきとした声量で続けた。
「彼らからしたら私たち人間の方が新参者なのだから、厄介でしょうね。今回は普通のクリプティッドではない。人類の悪意から製造された腫瘍よ。過激派による母体となった者を抹殺する動きが始まっている、あなたの親友のバイヤーはもうあの世にいるでしょうし…あなたもどちみちイカれたエゴイスト野郎に殺される。だったら自分で始末して、ま逃れる方がマシでしょ。私は優しい人だから手配を取らせたの。」
「自分で優しいっていう人ってだいたい性悪なんだよね〜。」
人類の悪意から製造された腫瘍。親友のバイヤーはもうあの世にいる。問い詰めたいことがたくさんあった。けれど問い詰める思考するのも野暮ったい、だから今は無駄口をたたくだけにした。竹虎が開口一番がそれかよ、と呆れ返っている。
「お友達が死にかけているのに、あなたって冷たいのね。」
「見車があの子は長くもたないって言っていたから。」
「そうよね。あなたにまともな意見を求めるのが間違っていたわ。」
心底うんざりしたように鳥子は吐き捨てた。
「私もあなたにまともな意見をもらったことない。それに百も承知だよ、ハンターは誰も庇ってくれないお仕事だからね。」
ふん、言うじゃない。彼女はさらりと艶のある前髪を端に追いやる。薄荷風味の匂いが漂ってくる。鼻にシワを寄せる。気つけ薬はもうたくさんだ。
「ねえ。あんたは諦めたの。」
「まだ時間はある。逃げ切ってみせるわ。」
これまた彼女らしい言い草に麗羅は嬉しくなった。へこたれるはずがないと確信していたのであるし、ここで諦められたら絶念していただろう。
「さあ行きなさい。もたもたしてる暇はない。」
しっしっと何も言わせずハンターども公民館から追い出させる。生きて再開を。そんなクサイセリフ、面と向かって言えないけれど。
振り返る麗羅を彼女は見て見ぬふりをした。
◆用語説明
【未確認生命物体愛護団】 その名の通り「人間」が未確認生物の人権取得を目指し、保護する団体。会長のアリヤこそ人外なんじゃないかと噂されている。
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私はくっさいカッコつけた関係が大好きなようで、平気で書いちゃう人間です。見たらカァーってなるんですが、自己中心的ですかね。
読んでくださりありがとうございました。