悪い魔法使いと越久夜町 23
「どうもこうもらいわ!私が何したっていうのよっ!」
出し抜けに声を荒らげると彼女は缶ビールのプルタブを上げ、ぐびぐびと飲み始めた。
「星守が入院したのは私のせいじゃない………。そうよね?辰美さん?」
「ええっ?!入院したんですか?!」
衝撃的事実に辰美はある記憶が頭をよぎった。
(もしや…あの呪いでは…っ)
あの時、リネンと共謀して共に布人形を踏みつけた─星守を呪ってしまったのである。
呪詛が現実になるなんて考えられない、と辰美は冷や汗が垂れる。
「そう…こう熱が下がらないの。原因も分からないし、もうダメかもしれない。あの子は星守家の唯一の末裔。途絶えさせる事はできないのよぉ…」
「ご、ご家族の方は?」
首を横に降ると有屋は語りだした。
「両親は離婚していないわ。だから私が……当主にあたる父親はかけ落ちして蒸発してしまったし、母親もどこにいるかは分からないし…女中も皆居なくなってしまったし…私しか世話する者がいないじゃない!」
酒を飲み、よれよれと体を起こそうとする。
「大変ですねっ…」
「そうよっ!あの病弱な子がここまで育ったのは私のおかげ!─でも先輩には…それが分からない…どうしてえ…」
涙ぐみ、彼女はまた俯いてしまった。
(相当酔ってる……。)
「どうします?水買ってきましょうか?その様子だと車運転できそうにないし…」
「へいきよっ!!一晩飲み明かしてやるんだから〜〜!」
「え〜〜…」
「さようなら!辰美さん。私は独りで飲むから、お願い、独りにさせて。」
睨まれて引き下がるしかない。辰美は頷くと「さよなら」と駐車場から離れた。
あのまま無事に帰られるか気がかりだが、彼女としては一晩飲み明かして警察に保護されても悔いは無いだろう。
そっとして置くのが一番だ。
(それにしても、星守って人…私と境遇似てる。)
辰美の父母は幼い頃に離婚してしまった。典型的な金持ちの道楽だった父は遊び人で、よく女を家に連れ込んでは別れを繰り返し、最終的に使用人と浮気して失踪。それきり会っていなかった。なにより嫌いだったから、今も会う気はない。
母はそのせいかアルコール依存症になり、子供である辰美へ手をあげ暴言を吐いた。…あまりいい思い出ではないため、幼少期の記憶は曖昧だ。
(家を飛び出して、この地に来て何か変われるかな。)
ぼうっと路地を歩いていると、狸の軍団が地面を埋めつくしている。珍しい光景に目を見張るや、彼らは赤い前掛けをしているのに気づいた。
使わしめだ。
「な、なにこれ」
皆、何やらヒソヒソと話をしている。まるで集会所である。
「おや、辰美くん。いい所に来たね。」
一匹の狸がこちらに歩み寄ってくる。口ぶりからして何度も会っている狸であろう。
「な、何してるんですか?」
「これから出撃しようとしていた所さ。」
狸だらけの空間で、ブロック塀に背中を預けたリネンが飄々とした口調でいう。
「リネンさん?出撃?どこへ?」
「そりゃあもう。星守邸だ。」
「は?!」
「我らで話を進めさせてもらったよ、辰美くん。」
神獣狸がこちらを見上げて言い放つ。理解出来なかった、あれから音沙汰がなかったのは………。
「君にはドクターストップがかかっていたんだ。また大怪我をされたらたまらないと、タヌキどもが言ってね。」
「それに式神が追尾していた。今はいないから、出会えたんだろう。」
狸たちは八巻や鎧を着て、今にも先陣に出向く出で立ちだった。士気を高めるためか、法螺貝を携えている者もいる。
「式神には休む時間があるようだ。それを狙う。」
リネンはリーダー格の狸に目配せをした。
「時間が無い、辰美くんも行くぞ。」
「リネンさんは人間じゃないの?だって!」
「彼女は人間ではあるが、人間ではないな。」
リネンを見やり狸は微苦笑を浮かべたのか、息を吐いた。
「何をいう。私は町医者リネン。またの名を闇の跳梁者…という事にしておこう。今は例外中の例外として、越久夜町を救うヒーローに加わったんだよ。」