悪い魔法使いと越久夜町 21
目が覚めたら簡易的なベッドの上にいた。蛍光灯が微弱に明滅している。これは現実?
「いった…。」
あれからいつ卒倒したのか記憶がなく、血を流していた頭には簡素に包帯がまかれていた。
(ここはどこ?)
見たところ診療所のようだ。遠くで誰かが話している声が聞こえる。男女のものだ。
(この声は、リネンさん?)
という事はリネンの診療所にいるという事になる。リネンと三ノ宮が何やら話しているが身体が鉛のように重たく動けない。
飲酒をして頭から血を流し、倒れたとなると外面から見たら相当恥ずかしい子になってしまっているのではないか。
しかも寺の前で倒れてしまった。辰美は痛む頭を抑えて、恥ずかしさに呻いた。
「起きたかい。」
リネンが尽きず現れて状態を見ている。
「良かった…大怪我をしていたものですから、何科に巻き込まれたのかと。」
三ノ宮が胸をなでおろし、苦笑をうかべた。
「大丈夫です…あの」
「これは応急処置だからね、隣町の病室に搬送したいと思う。」
「えっ」
「脳が損傷していたら大変だから、検査してもらおう。」
「………」頷いて、ふがいなさに俯いた。
それからは救急車を呼ぼうか否かという話をしたが、辰美は情けなさに平気だと言ってしまった。そのため三ノ宮の車で隣町に運んでもらい、病院を受診した。
様々な検査を受け、大事には至らなかったという事で数日大学を休む事になった。
「辰美……まだ休んでいた方が良かったんじゃないの?」
見水が頭のガーゼを指さして言った。
「んー…家にいると色々考えちゃうし。」
数日間眠ってばかりいたが、余計な事まで考えてしまいあまり休まらなかった。
「痛いけど自分自身のせいだし、平気だよ…。」
「少しも平気そうな顔してないじゃん。ちょー驚いた。悪い魔法使いにやられちゃったのかと思った。」
「いやいや…」酔った勢いだとは口が裂けても言えない。
大学の食堂で二人は昼飯を食べようと、席に座る。
「な、なにそれ〜!?ご飯しかないじゃんっ!」
タッパーの中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた白米を目にして、見水は仰天した。
「あー、金欠というか…ご飯しかなくて。」
「脚気になっちゃうよっ?!」
「あはは」
「私のウインナーあげるから。」そういうと自ら手作りしたというお弁当から、ウインナーと卵焼きを分けてくれた。
礼を言うと辰美は白米を食べ始めた。あの日もらった白米はまだ少し残っている。三ノ宮とリネンにはお礼をしなきゃな、とは思ってはいるが…。
「そういえば町の噂、ピタリと止んだね。」
「噂?えっと、ネズミとゾンビとか──悪い魔法使いの?」
「うん、老人がネズミに襲われなくなったから感染症の危険性はなくなりましたって回覧板回ってきたし…スレンダーマンも出たって噂なくなったし。いきなり平和になったよね。」
「そのさあ、前から思ってたんだけどスレンダーマンって何?」
「なんか触手が生えたり、でっかかったり、変なヤツってしか私も知らないけど。都市伝説だよ。」
(触手…?)脳裏にあるはずのない、奇妙な記憶が蘇る。
「悪い魔法使いって鼠なのに、スレンダーマンって変な話だね。」
「まあ、日本にアメリカの化け物がいるなんて変な話だよね〜。」
くつくつと笑い、見水はお惣菜を口に運んだ。
「そりゃそうだ!」
二人で笑い合い、大学の食堂には長閑な時間が流れた。内心安堵しながらもこれで落着すればいい、と願わずにいられなかった。