悪い魔法使いと越久夜町 20
辰美は降りこめる雨の中、傘もささずに力走していた。アスファルトを蹴る音が騒々しく路地に響く。
衣服も薄汚れ、ぐしょぐしょだった。吐く息が熱く、体も走った事で火照っている。今は神獣狸に会うしかない、それだけが頭を支配していた。
「いた!」
狸が門前に佇んでいた。赤い前掛けをした彼は辰美の声に気づくと、静かに歩み寄ってくる。
「思い出したかい?」
狸の黄緑色の瞳が光って、魔力を放っている。人ならざる者だと知らしめるように。
「…うん。思い出したよ。」
苦しい息を整えながら、辰美は狸を見据えた。
「随分と時間がかかったものだ。」
「普通なら思い出さなかったかもしれないでしょ?」
「酒を飲んだのかね、アルコール臭いぞ。」
「ちょっと色々あって」
「頭から血も流している。」
「えっ?」額から血を流しているのに気づかなかった。ぬるりとした触り心地に顔をしかめる。
息を切らしながらしゃがみこむと、ガンガンする頭を抑えた。
「いって〜〜~!」
「何があったのかは詮索しないが……。今日はやめとこうか?」
「大丈夫っ!話をしよう!」
リミットは今夜までだ、と天の犬は言っていた。何が変わるのかは分からないが、些細な事でも恐れるべきだ。
「私は」
辰美は痛む頭を抑えながら、口を開いた。
「私は星守が悪い魔法使いだと思ってる。だって私を襲ってきた式神は、星守家に入っていたんだ。それを星守は見えるのか、って言ってきた。なんで、それが一つの証拠として受け入れられないのか分からない。田舎だからって否定されて、訳わかんない。この町はなくなってしまうかもしれないのに。」
狸は頷くと、否定はしなかった。
「………。もしあの子供が悪い魔法使いの、星守の正真正銘の式神だと分からせる事ができれば──」
「ああ。突飛な提起だが、私たちも式神の存在を知っている。確かに子供の姿をした式神だった。そして式神は我々の動向をつまびらかに探っていたんだ。」
「うん。」
「悪い魔法使いの式神ならば辻褄が合う。なぜならこの町に式神と思わしき者はほぼ絶滅しているからだ。式は、何百年も前に人間の社会で禁止されてしまったからね。もう式神を召喚し操れる技能を持つ人間はいないんだ。─星守家の人ならば式神を操る技能を継承しているかもしれない。」
──もし悪い魔法使いが星守家の人ならかなり使われている魔法が粗末というか…。
三ノ宮が言っていたとおりに、星守家はどうやらマジナイに精通した一族のようだ。
「星守家の式神ならばあれくらいの格を持っていても不思議じゃない。」
「なら」
「可能性はある。だが、それを人間たちが立証するのは困難だろうな。だから人ならざる者である私たちだけでやってみよう。」
(私も人ならざる者にされてる…!?)
「私としては我々神獣狸らで捕らえてみせ、星守に捕らえられた式神を見せるなんてのは難易度が高いかやってみたいと思っている。式は通常主にしか見えないから。」
「うーん、ちょっと難しすぎるかも。捕まえてみるのはやってみたいけど…」
──まるで式神が自由に歩き回っているみたいだ。
リネンの言葉が頭をよぎる。
「あの式神、ちょっと変わってるみたいだから。私たちに何か言うかも…ひどい行いだけど…拘束するとか…」
「捕まえて拘束するのは良さそうだ。そうなると悪い魔法使いも何かしら行動を起こすだろう。─それは後日話し合おうじゃないか。辰美くんも……今は大変な事になっているからね。」
頭を見やると苦笑したのだろうか、彼は目を細めた。
「一つだけ聞いていい?」
「なんだい?」
「ヒロミさんはどうしてる?きちんと帰れた?」
「ヒロミ?誰だい?それは」
神獣狸の言葉に辰美は息が詰まる。
「他の時空での事は残念ながら私たちには埋められない。自己も他人に等しいからだ。」
「……そっか」
熟考すると言って、次の日に投稿してしまい申し訳ありません。
これで中編はおしまいになるというか、区切りが良かったので投稿してしまいました(汗)
これからできるだけゆっくり考えながら進めて、一気に投稿出来たらいいな……と思っています。
できればいいな、くらいに思いたいです。