悪い魔法使いと越久夜町 17
「私たちの世界がですか?」
「通常は時間や境界により、私たち人界と人ならざる者の世界が重なるがこの世界-私たちがいる越久夜町は、特異な状態になっているのかもしれないね。」
悪い魔法使いは四神の結界を壊した。ルールを、理を-境界線を曖昧にさせたのだろうか。
「そのおかげで魔筋がいっぱいできているから、探検しがいがあるよ。」
そう言うとリネンは空になった缶チューハイを自動販売機の横にあったダストボックスに捨てた。
「さ、私は診療所に戻ろうかな。辰美さんはどうする?」
「ああ…私も、家に帰ろうと思います。」
二人は別れを告げ、それぞれの帰途につく。アルコールが体に回ってきて気持ちも意識もフワフワしていた。
(久しぶりにお酒飲んだかも…やばいかな。)
久しく飲酒をしていないせいか、体が慣れていないのか上手く頭が回らない。
ボロアパートになんとかたどり着き、錆び付いた階段を上る。カンカン、と覚束無い足取りの音が夜に耳障りに響く。
酒により気持ちが沈んでいるのが明白だ、と辰美は後悔した。
「わっ!?」
グラリと視界が歪んだと思うと、足を踏み外した。重力に任せて階段から転げ落ち、辰美は激痛に顔を歪ませ呻く。
「い、いたい…!ちくしょう!」コンクリートを殴った。人外の力に耐えられず、クレーターを作りコンクリートは粉々に砕け散る。
「ばかっ!ばかばかばか!」
涙があふれそうになり、瞼をつぶった。何がこんなに感情を揺さぶるのかもわからずに、アルコールの作用に、悔しがりながら辰美は唸った。
「ひどいよ、ひどいよ。」
-否定されたのが辛かった。信頼していた、彼女たちには一ミリも否定されるはずはないのだと。そう奢っていた。
やはり彼女らは他人だ。他人でしかないのだ。
「私、頑張ってるよね?ハッピーエンドにしろとか言われて、頑張ったよね?」
食いしばりながら伏せると、手のひらを握りつぶした。
「くそっ!」
情けなくなって怒りや苦しみが引いていく、残ったのは悲しい気持ち。無気力に近いそれを払い除けられずに、辰美はゴロリと寝そべった。澱んだ空が広がっている。
「ああ……バカみたい。」不意に正気に戻り、起き上がろうとした。
「…あ」
違和感が頭を襲う。何かがおかしい。カーブミラーに映る自分や──文字。
鏡文字ではないじゃないか。辰美はカーブミラーに写った"ハイツT"の文字が難なく読めるのに、違和感と閃きを覚えた。
鏡に映る文字は反転するはずだ。なのにカーブミラーに映る景色の文字だけは反転せずに存在していた。
反対に現実のハイツTが鏡文字になっている。辰美が名刺を渡した時に違和感を覚えたのは当然だったのだ。