悪い魔法使いと越久夜町 10
「ひとさじ?」
パチクリとした女子大生にリネンは悪戯っぽくニイッと微笑んだ。
「とにかく診療所に来て欲しいな。」
「わかりました…。」
(大丈夫かな…)
いとも容易く腕を組まれ、ずいっと引っ張られる。
「さあ!魔筋を通って直行だ。」
越久夜町の中心部ともいえる住宅地から離れた山の麓、リネンの診療所は侘しくも佇んでいる。平屋建ての民家を改装した(とはいうものの看板だけであるが)簡素な作りで、年季も入っている。
シトシトと降り注ぐ雨の中、薄明かりが窓から漏れていた。
「ビックリしたよね?譲り受けた物だから大切にはしているんだけど」
「すいません。小さい病院を想像してました。」
「ここは辺境のド田舎だよ?-さ、入って。」
リネンは診療所の扉を開け、ハンティングベストについた雨粒を払った。辰美も雨に濡れた前髪や衣服を整える。ムワッと埃と古めかしい匂いが鼻腔へなだれこんできた。
「乾燥機があるから、服を乾かしていくといい。」
「ありがとう。」
「遠慮しないで。」
Tシャツをぬぎ、渡されたハンガーに通していると町医者がなにやら奥にある扉を開け、準備している。
「あの…」乾燥機の近くにある小さい物干し竿にハンガーをかけて、声をかけた。
「辰美さん。ついてきて。」
「は、はい。」慌ててついていくと、素朴な寝床が現れた。家具はベットと机だけある寂しい部屋である。
猟銃が壁に立てかけられており、イノシシや鹿の頭--ハンティングトロフィーが数個飾られていた。
「で、手伝ってくれない?」
「何を?」
「言う通りにするだけだよ。」
「えっ」
彼女の手には藁人形に似た布の塊があった。 (?!)
「頑張って作ったんだから。」
「そ、そ、それは?!」
「布人形。…知っているだろう?悪い魔法使いの正体を」
感情の読めない不敵な笑みの町医者に、舌を巻くしかない。彼女はどこでそれを知り、どこまで状況を知っているのだろう?
「…なんでそれを」
ゴクリと固唾を呑んだ辰美。「フフ。」と、はぐらかされムッとしないでもない。
「この布に悪い魔法使いさんの似顔絵を描いて欲しい。」
「えっあのリネンさん」
フリガナ どうなんでしょうか。




