悪い魔法使いと越久夜町 9
狸たちの会議は終わり、三ノ宮家の茶の間でお茶を飲んでいた。高性能な除湿機があり、いくばかり過ごしやすい。
茶菓子まで振る舞われてしまい申し訳なさそうにしていると、三ノ宮の姉か妹と思わしき女性が現れた。
「辰美ちゃん、雨が降ってきたから車で送ってくよ?自転車も乗っけられるし。」
「え、いいんですか?」
最近いろんな人に送ってもらっている。
「緑ちゃんはどうする?」
「私はしばらくお茶をして帰りますが…辰美さんは何か用事があったのでしょう。」
「あ、あ〜〜っと。ただお米を切らしたから買おうと思って。」
「お米っ!?そんなら私が分けてあげるよ。好きなだけ持っていって」
人の良い笑顔で言われると断りにくい。辰美は「ありがとうございます」と条件反射で答えてしまった。
それからはお米を分けてもらったが、やはり送ってもらうのは気が引けた。お茶をするなら許してあげるとの条件で、緑と三人でしばらく井戸端会議をしたのだった。
三ノ宮家と小林家-緑の家族は交流があるらしく、たまに三ノ宮の姉が訪れたりして安否確認をしているのだそうだ。
なぜ緑が独り身なのかは謎のままだったが、緑もいつもよりも緩んだ気色でお茶を飲んでいる。
(いいな…)
辰美の周りには敵が多かった。秀でた業績をあげてきた名家の生まれ、親戚や女中、皆妬み嫉みが含まれていた。
都心と違って越久夜町では温かい時間が流れている。それは臭いものには蓋をして、見ていないだけかもしれないが、辰美にはとても羨ましく思えた。
「辰美ちゃんも遠慮なく家に来てね。」
姉の紫萌さんが嬉しそうに言う。
―――
トボトボと路地を歩いていると、薄ら寒い風が吹いた。髪を撫でつけ、路地をふきぬける。
「……。」魔筋、そこへと続こうとしている。そのままでもいいか、と辰美は無気力に陥ろうとしていた。
「辰美さん。また会ったね。」
路地の奥から、この前会ったばかりの女性が現れた。猟銃は持っていないものの、狩猟用のベスト-ハンティングベストやズボンをはいている。
「こ、こんにちわ。」
ぎこちない笑みを浮かべてみせる辰美に、リネンは手を振ってみせた。
「見廻りをしているんだよ。人ならざる者が悪さをしないために。辰美さんは?」
「魔筋に迷い込みそうになって」
「ああ、私も今魔筋からやってきたところでさ。-辰美さん、危ないね。」
「え」リネンはこちらの肩から肩甲骨辺りを叩いて、厄落とし〜と言った。
「心に迷いやゆらぎが起こると魔が入り込みやすくなる。」
「あ、ああ…ちょっと疲れちゃって。」
「夕方に歩くのも危険だ。逢魔が時といって、ちょうど今の十八時には魔たちの世界と交わり、人界の世界が曖昧になる。そう昔から言われてきたんだよ。」
携帯の時計をみるとたしかに十八時だった。
「魔筋って、何なんですか?災いが通る道ってリネンさんから教えて貰ったけど、都心にいる時は通らなかったし。変な縄落ちてるし…」
「魔筋というのは方角についての俗信だよ。一般には縄筋と言われている。民間信仰の一つで、魔やバケモノ--人ならざる者の通路とされているんだ。地方によっては縄目筋とも言われてる。人間が通れる場所ではないのだけれど、どうしてか辰美さんとチャンネルが合うようだ。私は好き好んで通っているんだが。……どうだい?納得したかい?」
「聞いた事ありませんでした。」
「そうだろうね。都会では魔筋は閉ざされてきてる。」
「なるほど」
「人類が人ならざる者を信じなくなったおかげで、魔筋は絶滅の危機さ。…そうそう、今から私の診療所に寄ってかないかい?」
「えっ、いいですよぉ。」
「米、もっと分けてあげるよ?」
三ノ宮家では遠慮して二合分しかもらわなかった。二合などすぐ終わってしまう量である。
背に腹はかえられぬ。
「は、はいぃ…。」
「それにさぁ。その左手診てあげるよ。」
米袋を握っていた方の左腕を見られ、ドキリと心臓がはねた。
「えっ…大丈-」
「ソレを私は知っているんだ。」
リネンはニヤニヤ顔を止めて真剣そうに言い放った。
「そのような伝承や人ならざる者を知っている。昔ね、会った事があるんだ。私は治してやれなかったけれどね。」
「えっ?!どういう事ですか?!」
詰め寄る辰美を気にもとめず、彼女は人差し指を立てる。
「それには手伝って欲しいのがある。」
「て、手伝うって何を……?」
「悪い若造に、ひとさじ悪い魔法を盛ってやろうじゃない。」
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