悪い魔法使いと越久夜町 6
「これから予定でも?」
「な、ないけど」
なら話は早いと辰美は連行される事となった。湿り気のある空気のせいもあるが、嫌な汗がドッと出る。
虫の知らせにも似た、悪い予感。これからまた何かに巻き込まれていくような……。
三人で路地を歩き、寺に向かう。雨が止んだからかチラホラと通行人がいる。皆、三ノ宮さんだと嬉しそうに挨拶してきた。
「私たちは悪い魔法使いについて話そうと、寺に向かっていたのです。」
世間話を止めて、緑が若干申し訳なさそうに明かした。
「なぜ寺?と思うでしょう。僕は善郷寺というお寺の、変な表現になるかもしれないけれど跡継ぎなんですよ。」
(善郷寺っやっぱあのタヌキの!!)
「どうしました?そんな青ざめて」
「い、いやぁ」
「三ノ宮さんを嫌がっているんではないですか?」
「まさかあ。」と、三ノ宮は言うが否定は出来なかった。
「言いたくない事もあるでしょう。」
「い、いや、どうしたらいいのかなっ。話していいのかわかんないけど、多分明日、また寺に来ます。」
「ハハハ、なんだいそれ。」
「その時話します!」
笑っているイケメンに、緑はやけに静かだった。やがて「…私も辰美さんに隠していた事がありました」とポツリと零し、辰美を見すえる。
「三ノ宮と組んで、悪い魔法使いを探していた。加えて越久夜町で起きている事件について知っていました。ゾンビなる者が徘徊し、人を襲う……または悪い魔法使いが魂を食らう。」
「知ってたんだ!じゃあ、私たちで力を合わせて明朱ちゃんを探したり、悪い魔法使いの使い魔みたいなのを倒したり─」
「……。それは、夢でも見ていたんじゃないでしょうか。私には辰美さんと一緒になって、衣舞さんの妹さんを探した記憶はないのです。」
「そんな……。」緑は勇敢に戦って、"イヅナ使い"になった。その記憶を彼女は持ちえていない。
「辰美さん、落ち込まないでください…というのは無理な話でしょうけれど。貴方に何が起きているのは分かりませんが、私は確かに辰美さんと出会い、こうして話しているじゃないですか。」
そうなのだった。緑は緑なのだった。この前も割り切ったじゃないか、と辰美は焦燥した。
「そ、そうよね。ごめん…。」
「辰美さんには、あまり我々の世界や魔法使いの抗争に巻き込ませたくないんです。」
「そうだね。あまり一般人を我々の界隈へ巻き込むのは良くない。けれど、辰美さんには頼みたい事がありまして。…越久夜町の水面下で僕たち魔法使いやそれに類似した生業をする人々が、悪い魔法使いを倒さなければと会議をしましてね。」
胡散臭い笑みを崩さず彼は言う。
「もう皆高齢で、太刀打ちできない。中には負けて魂を奪われた者もいる。高齢者ばかり狙っているのもそのような理由もあるのかもしれません。それに」
「うん。」
「現代、魔法使いの界隈では反魂や呪詛、蠱毒は禁じられている。呪詛返しもダメで、反対に吉事に関する"呪い"が奨励されています。」
「ええ。吉事しか我々は行えないのです。」
「良い魔法しかダメなんだ。」
悪い魔法使いは、"悪い"魔法を使うから。単純な名前だが、それが一番的を得ているのだろう。
「呪詛返しくらいできたらなぁ……。」
三ノ宮が悔しそうに呟いた。
「ああ、これ以上外で話すと悪い魔法使いに聞かれてしまうかもしれない。続きは寺で話しましょう。」
―――
住宅地の外れの小山に寺がある。善郷寺だ。周辺は町の檀家さんにより手厚く管理され、小綺麗な石畳に、季節ごとの植物、そして立派な門構え。さして有名な文化財ではないにしろ歴史を漂わすザ・お寺であった。
そこの寺(小山)はむかしから霊験のある狸が住んでいて人らに悪戯や霊験を知らしめたり、はたまた異類婚姻譚の伝承を残すなど非日常な存在であった─と三ノ宮は教えてくれた。
さして狸や狐、貉が人に関わりを持つのは珍しいことではないらしいが、未だ寺の住職がその狸の親分の子孫だと語り継がれているのは、現代において稀有なのだという。




