悪い魔法使いと越久夜町 5
(自分ってなんだ…?)
我思う、故に我在り。--意識する自分の存在は疑うことができない。大先生がいうように。
(私は私でしかない。)
辰美はどうしようもなく辰美であり、この世界に存在する人間であるのは変えられない。そうだと、思いたいのだ。
(難しい事を考えるのはやめよ!今は米に、ついてよ。)
明日の飯を考えるのがよっぽど役に立つ。自転車を漕ぎ出して帰路に着こうと路地を走り出した。
アパートの近場へやってきた折、見慣れた人を目撃した。
「あ」
あのスウェット姿と髪型は緑に違いない。その隣には見慣れない男性がいるではないか。
(やだぁ〜〜、ボーイフレンドってやつぅ?)
恋バナに花を咲かせる気質ではないが、あの衣食住のズボラな緑にボーイフレンドなる者が存在しているのに驚きと好奇心が止まらなかった。
(どこに行くんだろう?まさか、彼氏の家?)
身だしなみはきちんとしている男である。緑とは対照的だ。心做しか-偏見かもしれないが歩き方も気品があった。
一定の距離を保ち、コソコソと息を潜め後をつける。不意に緑が振り返った。
慌てて電信柱へ隠れようと、自転車ごとブロック塀に張り付く。
「どうしたんです?」と、男が柔らかい声音で言う。
「…辰美さん。後をつけるなんて、あまり良い事ではないですよ。」
「え!あ、えっと〜〜。」
緑はこちらを軽く睨んだ。電信柱から顔をのぞかせた辰美はスススー、と隠れる。
「緑さん、彼女が」
ふわりと古風な香りが漂ってきて、男はニコリと笑った。
「貴方が人ならざる者が見える眼を持つという、辰美さんですね?」
さらに爽やかな笑みを浮かべた一人の男がやってきた。彼は顔立ちが整っており、誰がどう見ても美男子と言うであろう風貌である。通りかかる老夫婦が挨拶をしてくる事からして、町の有名人なのだろう。
「ええ。彼女が辰美さんです。」
「自分からノコノコと現れてくるとは思いませんでした。」
どこか胡散臭さがある男性はさらににこやかに言い放った。キラキラと白い歯がまた偽物感を醸し出す。そう、現実的では無いのだ。
「わたくしは僧侶をしております。三ノ宮と申します。」
三ノ宮と名乗った男は握手を求めてきた。
「…お坊さんなんだ。知らなかった。」
(お坊さん、お寺…。)
先程出会った使わしめの狸が嫌でも脳裏に浮かぶ。
「ええ、越久夜町では紫陽花が有名なお寺なんですよ。今はベストタイミングの梅雨ですから是非とも訪れてみてください。」
ニコニコと完璧で当たり障りない笑顔。辰美はなんだかそれが信用ならないと身構えてしまった。
「緑さん、彼女を連れてお寺に行きましょう。丁度よく見せたいものがありましてね。」
「ええ。」
「私も?」すると三ノ宮は「もちろん」
「え、あの」