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第八話

 それはトリーシャが、まだ幼少の頃のことだった。

 トリーシャは母親と二人、小さな村で、慎ましくも幸せに暮らしていた。


 七歳になったトリーシャは、よく村の男の子たちと一緒に、山野を駆けずり回って遊んでいた。

 毎日その銀髪を泥まみれにして帰ってきては、母親にしかられていた。


 そんなある日のこと。

 それはまったく取るに足らない、子ども同士のケンカのはずだった。


 悪ふざけの度が過ぎて、弱い者いじめをしてしまう年長の男の子がいて。

 トリーシャはそれをやめさせようとして、やがて二人は取っ組み合いのケンカになった。


 幼少の頃より男勝りだったトリーシャでも、その歳で三つ年上の子に、ケンカで勝つことは容易ではない。

 取っ組み合いの末には、トリーシャは相手にマウントを取られて、身動きができなくされてしまった。


 そのときトリーシャは、悔しさに歯噛はがみしているうち、自分の内側に『何か』が眠っていることに気付いた。

 そして、自分の中にある『それ』を引っ張り上げてくれば、自分を取り押さえている年長の男子など、わけもなく懲らしめられると直観した。


 トリーシャは、自分の中へと潜り、その海の奥深くに揺蕩たゆとう『それ』をつかんで、浮上した。


 ──その後の結果は、惨憺さんたんたるものだった。

 トリーシャを取り押さえていた年長の男子は、腕と足が折れて、ずっと悲鳴をあげていた。

 子供のケンカの域を超えた、明白な過剰暴力だった。


「あっ……ち、ちがうの……ボクは、そんなつもりじゃ……」


 幼少のトリーシャは、それを自分がやったものだと分かっていながら、受け入れられなかった。

 もっとただ単に、相手に「まいった」と言わせたかっただけなのだ。


「トリーシャ……なんだよ、そのツノ……?」


 一緒にいた子どもの一人が、震えながらトリーシャの頭の上を指さす。

 トリーシャの頭頂部の左右に、その銀髪をわずかに押しのけて、山羊のそれを黒くしたような、曲がりくねった二本の角が生えていた。


 角だけではない。

 トリーシャの体には、ほかにもいくつもの『異変』が姿を現していた。


 やがて、泣きやまない年長の男子の悲鳴が嗚咽おえつに変わり始めた頃、その声を聞きつけて、村の大人が一人、駆けてきた。

 そしてその大人は、トリーシャの姿を見るなり、怯えた表情で一言、こう言った。




 ──魔族、と。




 人と、魔族と呼ばれる者たちとの確執は、古くよりあるものだった。


 人は、魔族を恐れ、み嫌う。


 しかし魔族は、人を虫けら程度の、取るに足らない存在としか思っていない。

 だから何の呵責かしゃくもなく、ただ通り道の邪魔だという程度で、その命を奪う。


 だが個としての力が強い魔族は、一方で個体数が少なく、また相互協力をする文化もなかったため、人の群れの力により、一体、また一体とその命を狩られていった。


 そして、『魔王』と呼ばれる一体の強大な力を持った魔族が倒されたのを契機として、残された魔族たちは、そのほとんどが人の世から姿を消した。

 魔族たちは今、どこかに隠遁いんとんして暮らしているとも、異界に避難したとも言われているが、真偽のほどは定かにされていない。


 しかし、いまだ確かに言えることは、人にとって「魔族」は恐怖の対象であり、また同時に、人にとって敵対的な存在であるということだ。




「──ま、マゾクは村からでていけ!」


 子どもの一人が、トリーシャに向かって石を投げてきた。

 さっきまで一緒に遊んでいた──いや、今日まで一緒に遊んできた男の子である。

 投げられた石はトリーシャに当たらなかったが、その子の瞳に映る怯えと敵対の色は、トリーシャがそれまで一度も見たことのないものだった。


「そ、そうだ、でていけ!」


 また別の子どもが、石を投げてきた。


「痛っ」


 その石はトリーシャの額に当たり、そこからわずかに赤い血をにじませる。

 言うほど痛くはなかったが、びっくりして身を屈めるトリーシャ。

 石を投げた子どもは、ほかの子どもたちに言う。


「やれるぞ! お前らもなげろ!」


「で、でも……トリーシャだろ、あれ……?」


「ちっげーよ! トリーシャはマゾクだったんだよ! オレたちをだましてたんだよ!」


「ち、ちがうよ! ボクはだましてなんか──」


 トリーシャは抗議するが、


「うるさい! マゾクはどっかいけよ!」


 そう言われて、幾度も石を投げつけられた。

 トリーシャはついにその場にいることに耐えられなくなり、泣きながら母親のいる家へと逃げ帰った。


 母親は、家に帰ってきた娘の姿を見て、泣き崩れた。

 そして娘を抱き締めながら、何度も何度も、ごめんね、ごめんねと繰り返した。




 トリーシャは母親に連れられ、それまで育ってきた村を出た。

 そして、少し遠くにある、別な村へと移り住んだ。

 トリーシャの角や、その他の人にあらざる特徴は、寝て起きたらすべて消え去っていた。


 トリーシャの母親は、人間であった。

 しかしトリーシャは、母親がある魔族に襲われ、はらまされたことによって生まれた子どもだった。


 それでもトリーシャの母親は、自分のお腹から出てきた子どもが人の赤ん坊の姿をしているのを見たとき、その子を育てようと決めた。

 母親は、トリーシャを普通の人間の子どもであると信じ、育てた。

 母親とて、トリーシャが内側にそのようなものを宿しているとは知らなかったし、普通の人間であるに違いないと願って育てていた。




 移り住んだ村でも、平穏は手に入れられなかった。

 そこで数年を暮らし、新しい村での生活にも馴染なじんだ頃に、ひょんなきっかけで、再びトリーシャの「魔族化」が発生したのだ。


 トリーシャがその村で仲良くなった友達たちも、トリーシャのその姿を見て怯え、彼女を排斥しようとした。

 その友達たちの瞳の色は、前の村で見たのと同様の、怯えと敵意の入り混じったものだった。


 トリーシャはまた、母親に連れられ、別の村へと移り住んだ。


 トリーシャはその頃から、自らの「魔族化」をコントロール出来るよう、訓練を始める。

 最初は自分の奥深くから拾って来ないと顕現けんげんしなかったものも、一度拾ってきてしまってからは、彼女が強く意図せずとも、ちょっとした機会にそれが現れるようになってしまっていたからだ。


 訓練の甲斐かいもあって、三つ目の村では、特に問題は起こらなかった。


 しかし時が過ぎ、やがてトリーシャの母親が、病に倒れた。

 母親は最後を看取みとる娘に、こう言い残した。




 ……あなたは人間よ、トリーシャ。優しくて、思いやりのある子。だからお願い──人を、嫌わないで……。そして、幸せになってね……。




 そうして天涯孤独の身となったトリーシャは、以前よりそうしようと決めていた、冒険者になった。

 そして、必要以上に他人と関わらず、それでも人を嫌わず、それでも人間として、一人で生きようと決めたのだった……。


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