第三話
トリーシャはその後、街の冒険者ギルドへと向かった。
メインストリートから少し外れた、人通りの少ない街路を歩いて、そこにたどり着く。
この街の冒険者ギルドは、周囲の住居より少し大きいといった程度の、木造の建物である。
その入り口のすぐ横には、木製の掲示板があるが、昼もだいぶ過ぎた今の時間には、そこに依頼の貼り紙は、ほとんど残っていない。
トリーシャは掲示板を軽く眺めてから、そのいずれも手に取らずに、ギルドの扉を開いて中に入って行く。
入り口を入ると、二、三十人も入ったらぎゅうぎゅう詰めになるぐらいの手狭なスペースだけがあり、その正面に受付カウンターがあった。
受付カウンターの向こう側には、今は一人だけ若い受付嬢が座っていて、今は何やら羊皮紙に書き物をしていた。
「あ、トリーシャさん、ちーっす! こんな時間に、珍しいっすね」
入ってきたトリーシャに気付いた受付嬢が、片手をあげて挨拶してきた。
なお、今この場には、トリーシャのほかに、冒険者はいない。
「うん。ちょっと聞きたいことがあって」
「なんすかなんすか。やっぱ、ドラゴン退治の事っすか?」
「そうだけど……どうして分かったの?」
トリーシャは首を傾げるが、受付嬢は何言ってるんだろうこの人は、という顔で答える。
「だって、少し前にアシュレイさんが来て、トリーシャを説得するから、このドラゴン退治の依頼引き受けるーって。……それで来たんじゃないんすか?」
「いや、それはそうなんだけど……なに勝手に決めちゃってくれてるのかな、あの人……」
「それに、それでなくても、今この街にいる冒険者でドラゴン退治を達成できる見込みがあるのは、『白銀の剣姫』ぐらいだって言われてるんすから。今トリーシャさんが来たらその話だって思うのは、至って当然のことっす」
「ええええ……そんな話になってるの? 迷惑だよ、ドラゴンのヤバさと、ボクがソロでしか活動しないのは、知ってるでしょ」
「まあ、そうっすね。──で、何が聞きたいんすか?」
ケロッと手の平を返す受付嬢に苦笑しながら、トリーシャは本題の質問を始める。
「えっとね……そもそもドラゴンなんて、国をあげて退治するものでしょ? よっぽど高位の冒険者パーティがいるなら、それに任せることもあるだろうけど、普通はその退治任務、冒険者にお鉢は回ってこないはずでしょ」
「そーっすね」
「だから、そもそもどうしてこんな依頼が、冒険者ギルドに回ってきたのかって」
トリーシャがそう聞くと、受付嬢は、肩をすくめながらハッと笑って言う。
「やれやれ……。聡い冒険者は、これだから困るっす。貼り出された依頼を、バカみたいにこなしてりゃいいものを……」
「……キミ、ときどきそういうのやるけど、自分の仕事がギルドの顔になってるってこと、忘れてない?」
「はっ、ちょっとした冗談であります!」
「はぁ……。それにね、このぐらいは頭回さないと、冒険者なんてすぐ死ぬからね」
「そういうもんっすか。……で、何でギルドにこんな依頼が下りてきたのか、でしたっけ。そりゃあアレっす、この国の騎士団の主力が、今ちょっと遠征に行ってて、出払ってるからっすね」
その受付嬢の言葉を聞いて、トリーシャは露骨に顔をしかめた。
「……それ、本当?」
「まあ、もうすぐ戻ってくるらしいっすけどね。でも、それからだと被害も拡大するかもしれないし、万が一、金で片付くなら万々歳でもあるしってことで、ダメ元で国から依頼が来たらしいっす。──ハッ、どーせ国のお偉方たちは、冒険者なんて便利な捨て駒ぐらいにしか考えてないんすよ」
「まあ、その辺はなきにしもあらずなんだろうけど……そっかー……」
その話を聞いて、トリーシャはうなだれる。
ドラゴン退治なんてものは、国の偉い人に任せておけばいいんだという宛てが、外れてしまったからだ。
「ま、そんなわけっすから、元々ダメ元で出してる依頼だったんで、トリーシャさんも嫌だったら気負うことないっすよ。──ま、依頼を受けた以上、アシュレイさんからは違約金をしっかりせしめるっすけどね」
そう言って悪い顔になり、くっくっくと笑う受付嬢。
しかしその次の瞬間には、人が変わったように、うって変わって真面目な顔になる。
「……でも、トリーシャさんさえ良ければ、ウチとしてはこの依頼、受けてほしいっす。騎士団の主力が戻ってくるまでの間に、火山の近隣の村とか、被害が拡大する可能性があるっす。……理想論かもしれないし、実際危険に挑まないウチが言うのは卑怯かもしれないっすけど──できれば、人死には少なくあってほしいっす」
トリーシャは、それがこの受付嬢の真摯な想いであることが分かってしまったゆえに、大きくため息をついた。
「……それ言われて、断れると思う?」
「……ごめんなさいっす。でも、本当に無理だと思ったら、ウチの言ったことは無視してくださいっす。ウチは、トリーシャさんに死なれることも、アシュレイさんたちに死なれることも嫌っすから」
「ふふっ……わがままだね」
「そっすね」
「でも、そういうわがままはボク、嫌いじゃないよ。──じゃ、情報ありがと」
トリーシャはそう言って、受付嬢に手を振って、冒険者ギルドを出て行った。
そうしてギルドの出口の扉が閉じられたとき、残された受付嬢は、肩の荷が下りたというように、大きく息を吐く。
「これでトリーシャさんたちに何かあったら、焚き付けたウチのせいっすね。──頼むっすよ、『白銀の剣姫』様っ!」
受付嬢は、知らず両手を合わせ、祈っていた。