第二話
トリーシャは、露店の立ち並ぶメインストリートを、不機嫌そうに歩いていた。
多数の人でごった返すその大通りでは、露天商の客引きの声が、あちこちから飛び交っている。
「おっ、トリーシャちゃん、どうした。むすっとした顔して」
ふと、客引きの声の中から、トリーシャに呼びかける者があった。
見ると、ストリートの脇で商売をする露天商の一人が、少女に向けて手を振っていた。
トリーシャは行き交う人をよけながら、何気なく、その露天商の元まで歩いてゆく。
露天商は、屋台で肉を焼いて売る、一人の中年男性だった。
「別に、どうっていうこともないよ。串焼き、四本頂戴」
トリーシャは言って、露天商に銀貨を一枚手渡す。
「はいよ、まいどあり。自分で一本食べるとして、残りの三本は土産かい?」
露天商は、角ウサギの肉を使った焼きたての串焼きを四本、大きな葉で包んでトリーシャに手渡す。
「お土産を渡す相手なんかいません。全部ボクが食べるんです」
「なんだか知らねぇけど、ヤケ食いかい?」
「む~っ! ……ああもう、そうです、ヤケ食いです。これでいいですか?」
「ほんと、なんだか知らないけど、荒んでるねぇ」
「普段通りです」
やはり不機嫌そうに言いながら、串焼きを一本頬張るトリーシャ。
しかし、肉汁がじゅわっと口の中に広がると、少女の顔が一瞬で緩む。
「おいひい……やっぱり角ウサギを焼かせたら、おっちゃんの右に出る人はいないね」
「ははっ、嬉しいねぇ。でも『白銀の剣姫』も、剣を扱わせたら、このあたりで右に出る者はいないって聞くぞ」
「……またそれ? どうしてそう、話に尾ひれがビラビラ付くかなぁ。ボクの剣の腕なんて、全然人並みなのに」
トリーシャは、腰に差した剣をポンと叩きながら、不満そうに口をとがらせる。
「そうなのか? しかし、『また』って何だい」
「ううん、こっちの話」
もぐもぐと串焼きを堪能しつつ、早くも二本目に取り掛かるトリーシャ。
露天商はその様子を満足げに眺めながら、別の話を始める。
「はー、しかし、もう十年以上も前に魔王が倒されたってのに、世の中物騒なままだね。何でも最近、あの火山にドラゴンが棲みついて、その近くで暴れ回ってるってんだろ」
露天商がそう言って指さした先には、かなり遠くの果てにだが、小さく霞がかって見える山があった。
「そのドラゴンがパーッと飛んできて、ここに火でも吹かれたら、それまでだからな。俺がどんなに肉を焼く技術を持ってたって、自分が焼肉になっちまったら終いだよ」
「いくらドラゴンでも、あそこからそんなにすぐにここまでは、来られないよ」
トリーシャは苦笑するが、露天商はなおも食い下がる。
「だとしても、何日かかけて、ここまで来ないとも限らないだろ?」
「それはそうだけどさぁ……」
「まあでも、そうなったら『白銀の剣姫』が、ドラゴンなんてパパッとやっつけてくれるか」
その露天商の軽い言葉に、トリーシャはまた、渋面を作る。
「だからぁ、どうしてみんなそうなのかなぁ。一人でドラゴンを倒すのなんて、無理だってば」
「だったら、ほかの冒険者と協力してさ。戦士ってのは、治療師や魔術師が仲間にいると、その力が何倍にもなるって聞くぞ?」
「……うん、まあそれもそうなんだけどさ。……ダメなんだよ、それは」
「ダメって、何が」
「……ううん。ごちそうさま、おいしかった」
トリーシャは二本目の串焼きを平らげたところで、露天商との話を切り上げ、その場から立ち去った。