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第一話

 ある街に、『白銀しろがね剣姫けんき』と呼ばれる冒険者がいた。


 彼女は、輝くような銀髪をポニーテイルにした可愛らしい少女冒険者で、歳は十五を少し過ぎたくらい。

 冒険者としては珍しく、ほかの冒険者とパーティを組まない単身ソロの冒険者であった。


 ところで、そもそも冒険者が「何故パーティを組むのか」と言えば、彼らの活動は、そうでもしないと著しく危険なものだからだ。

 低級のモンスターは徒党を組んで襲い掛かってくるのが普通だし、逆に単独で襲い掛かってくるモンスターはたいてい、冒険者が束になって掛からないと渡り合えないような強大な力を持っているのであるから、冒険者が徒党を組むのもまた、当然のことであった。


 ただし、これは「多くの冒険者にとって」そうであるという話であって、例外はある。

 すなわち、単身でも一般冒険者が徒党を組んだのと同じぐらい強い、超の付く実力がある冒険者の場合である。


 『白銀の剣姫』と呼ばれる彼女、トリーシャ・ルトヴァールも、ソロの冒険者である以上はそういった類なのだろうと、一部の冒険者からは受け取られていた。

 だから彼女に対してそんな話が舞い込むのも、別段不思議なことではなかった。




「ドラゴン退治ぃ?」


 そこは、街の冒険者たちが好んで集う酒場の、カウンター席。

 一人でちまちまと白ワインをたしなんでいたトリーシャが、そんな頓狂とんきょうな声をあげたのは、彼女の友人の冒険者が、彼女に誘いの声を掛けてきたからだ。


「ああ! 冒険者だったら、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ってのは、誰でも憧れるだろ」


 そう言ってトリーシャの隣の席に座ってグッと親指を立てるのは、歳の頃トリーシャより少し上といった風体の、血気盛んな赤髪の少年である。

 人付き合いの少ないトリーシャの、数少ない友人の一人である彼は、名をアシュレイといった。


 けれども、その友人の言葉を聞いて、トリーシャはあきれた様子でため息をつく。


「あのねぇ……ドラゴンがどれだけ危険な生き物かぐらい、アシュレイだって知ってるでしょ。退治依頼が出てたのが下級レッサードラゴンであることは知ってるけど、だとしても中堅冒険者の一パーティでどうにかできる相手じゃないよ。もう引き受けちゃったっていうなら、今すぐギルドに行って頭下げて、依頼受理を取り消してもらって来なよ」


 少女はそう言って手をひらひらさせ、少年を追い払おうとする。

 しかし、そのトリーシャの忠言を聞いても、彼女の隣の席に座ったアシュレイはまるでひるまない。


「ああ、もちろん知ってる。だからお前を誘いに来たんだ、トリーシャ。『白銀の剣姫』と呼ばれているお前の実力を見せてくれ」


 それはつまり、勧誘であった。

 トリーシャはワイングラスを弄びながら、難しい顔をする。


「……アシュレイ、言いたいことが三つある。一つ目、まずその、ナントカカントカっていう恥ずかしい呼び方はやめて。ボクはお姫様でもないし、そんな大層な異名をもらうようなすごい冒険者でもない。アシュレイと同じ、一介の中堅冒険者だよ」


「謙遜だな。トリーシャはいつもソロで依頼を受けて、それを達成して帰ってくる。そんなことが一介の中堅冒険者にできるわけがない。それで、戦っている姿を誰も見たことがないのに、いつしか付いた異名が『白銀の剣姫』、だろ」


「ボクの評判に関しては、もう一つの解釈があるでしょ。ボクが毎回何らかのペテンを使って、うまいこと依頼を達成したように見せかけてるっていうやつ。そっちが真実だとは思わないの?」


「さぁな。で、二つ目は?」


 トリーシャの問いかけを軽くいなしつつ、赤髪の少年は友人に先を促す。


「二つ目。仮にボクに、良い方のうわさ通りの実力があったとしても、一人でドラゴンなんて倒せるものじゃない。ソロでドラゴンを倒すのは、無理だ」


「だから、俺たちのパーティに、トリーシャが参加してくれればいい。一人でやれなんて言ってないさ」


 青年の受け答えに、銀髪の少女はイライラを募らせてゆく。


「三つ目! 前々から言ってるけど、ボクはパーティは組まない。ソロが身上なんだ」


「そう言うなよ、今回だけだって。ケチケチすんなよ」


 ごり押ししようとする少年の態度に、少女がついに憤り、カウンターにバンと両手をついて立ち上がった。


「あのねぇ! どうしてキミはそう、無神経なんだよ!? ケチケチじゃなくて、身上だって言ってるだろ!」


「身上……本当にそうかしら?」


 立ち上がったトリーシャの言葉に応えたのは、アシュレイではなく、女性の声だった。

 トントントンと軽やかな足音を立てながら、酒場の二階からの階段を降りてきたのは、一人のエルフの少女だった。


 流れるような金髪に、青い瞳、とがった耳という典型的なエルフの特徴を備えた少女は、純白の法衣を身に着けている。

 彼女はカウンター席のトリーシャの隣、アシュレイとは逆側の席に陣取って、酒場の給仕に赤ワインを注文した。


「……何だよ、リネット。何が言いたいのさ」


 トリーシャは、酒場の注目を集めてしまった自分を恥じ、一度落ち着こうと再び着席した。

 しかし苛立ちは収まらず、自分の左側に座ったエルフの少女──リネットへとにらみつけるように視線を向ける。


 しかしエルフの少女は、こちらもアシュレイと同様に怯んだ様子もなく、涼やかに言葉を返す。


「そうですわね。つまり、わたくしが言いたいのは──トリーシャは身上がどうのと言うより、何かを恐れているように見える、ということですわ。わたくし、人を見る目はそれなりにあるつもりですのよ」


「……ボクが恐れてるって、何をさ。ペテンがバレることを?」


「さて、そこまでは」


「あ、あのっ」


 二人の話を遮って声を挟んできたのは、リネットの後ろにこっそり隠れてついて来ていて、その後エルフの横の席にちょこんと座っていた、小さな獣人の少女だった。

 栗色ショートカットの髪の毛から、同色の犬耳が二つ飛び出ていて、それがぴょこぴょこと倒れたり立ったりしている。


「……何? メイまで何か、ボクにケチをつけようっていうの?」


「ひっ……す、すみませんっ」


 メイと呼ばれた獣人の少女は、こちらはトリーシャに睨み付けられると、怯えたように縮こまってしまう。

 それを見て、トリーシャはため息をつく。


「……いいよ、言って」


「で、でも……」


「いいから。十秒以内に言わないと怒るよ」


「は、はひぃっ!」


 トリーシャに脅されて、びくっと震えあがる獣人の少女。

 この子の気の弱さは相変わらずだな、とトリーシャは苦笑する。


「あ、あのですね、今日の私のうらにゃいによると……」


「占いね。メイは占術、得意だったね」


「は、はい、すみませんっ。……それで、その、占いによると……トリーシャさんは、私たちと一緒にドラゴン退治に行かないと、本当に望むものが手に入らないって……そう、出たんです……」


 最後はしぼむように、申し訳なさそうに言うメイ。

 その獣人の少女の言葉に、話の渦中の銀髪の少女は、ムッとした顔をする。


「本当に望むものが、手に入らない? ボクは今の生活に、それなりに満足してるよ。ねえ、ボクが本当に望むものって、何?」


「分かりません……」


 申し訳なさそうに小さくなってゆく獣人の少女を見て、トリーシャはため息をつき、再び席を立った。

 そして、勘定の銀貨をカウンターに置いて、酒場の出口へと立ち去ってゆく。


「おい、トリーシャ、頼むよ! お前がいないと無理なんだって!」


 銀髪の少女の背中に、アシュレイがそう声をかけるが、それに対して少女は振り返って言う。


「ボクの行動を勝手に決めないで。ボクはパーティは組まない」


 そして少女は今度こそ、酒場を出て行った。

 彼女の三人の友人たちが、それを見送る。


「あ、あの……やっぱり私、言わない方がよかったでしょうか……?」


 獣人の少女メイが、二人の仲間におずおずと伺いを立てる。

 その小さな獣人を、エルフの少女がぎゅううっと抱きしめる。


「そんなこと、全然ありませんわ。──でもアシュレイ、この後どうしますの?」


 白の法衣に呼吸をふさがれてジタバタするメイを愛でながら、リネットがリーダーに問いかける。

 この三人が、アシュレイがリーダーを務めるパーティの、構成員なのである。


 そのアシュレイが、リネットの質問に答える。


「そうだな、これから俺たちは──何もしない」


「……はあ? だってもう、依頼は受けてしまったでしょう?」


 呆れたように言うエルフの少女の言葉に、少年はうなずく。


「ああ、トリーシャを説得するっていう条件付きでな。元より今この街に、『白銀の剣姫』以外にドラゴンを退治できる見込みのある冒険者なんていないんだ」


 そう言って少年は、運ばれてきたジョッキのエール酒を、胃に流し込む。


「だけど、トリーシャが言ってた通りなんだよ。俺たちに、あいつの行動を決める権利なんてない。こっちの意思は伝えた。あとは──トリーシャがどうするなんだ」


 少年は、少女が出て行った酒場の扉を見据える。

 その視線は、その先を歩む少女への、願いを込めたもののようであった。


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