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序章

それはとてもよく晴れた日だった。


背から立ち上がる水蒸気は魂のようで、草木で作った日陰にしゃがみ込んでいる少年は熱さのあまりに脳まで空っぽになってしまった顔で空を睨んでいた。

連日続いた日照りから村はすっかり干上がって、火でもかけたらあっというまに燃え上がるくらいに人も家も川も井戸も乾ききっていた。

別の子供が家畜番をしていた。着るものはすぐに汗でべちゃべちゃになるので、上半身には何も羽織っていない。ひょろりとした肩から玉のようになった汗が肌を滑り落ちていく、焼けすぎた肌は赤らんで腫れているらしかった。家畜も皆のろのろと日陰に移動して死んだように鳴き声ひとつあげずに動かなくなる。

安楽椅子に腰かけた男が額を流れる汗を右腕でぬぐうと真っ黒になった。砂のように乾ききった土は風に巻き上げられ汗ににじんで全身に張り付く。

女が赤子をあやす、乳代わりの粉乳も貴重な水を使わないとならない。村の共同用水の量では日に二三度あげるのが精いっぱいだった。

突き刺すような青々とした空が大地をじりじりとあぶる。人間は黙って耐える。どこから迷い込んだのか黒い鳥がはるか上空を弧を描くように泳いでいる。



この村では日照りが続くのはさほど珍しいことではなかった。だからこうして、年端のいかない少年ですら静かに耐えているのである。

しかし、二週間も干上がってしまうのは異例であった。さすがの村も限界を迎えようとしていた。



村に続く枯れ木の森に二頭の馬があった。枯れ木の森は背の低い木とも草ともしれない痩せ細った植物のまばらに生えている場所で、森を抜けた先にある崖があり、その下に村がある。

この森の植物は黄色く変色したのものか、端からそういう代物なのか。見れば見るほどそう思う、本当に不思議なものである。


齢は今年で60ともなる村長は、そんなことを考えながら馬を走らせていた。

白くなった顎髭を肌になでつけて村長は、黒馬で器用に森の木々を避けていく少女にそのことを尋ねようとしてやめた。

やめたはずだった。

「もともとそういう植物よ、ただし、三日ほど地を枯らしつくして土砂降りの雨が降る、そんな頭のおかしい、ここの気候でしか育たない偏屈な代物なの。ここのところの異常気象・・・・で弱ってるみたいだけどね」

すらすらと村長の疑問に答える。

少女はうっとおしいと口に出さない代わりに、その感情を露骨なほど態度で示した。

「は、はあ。すみません、静かにします」

その威圧的な声に自分の娘の娘より歳を経ていないような少女へ、あほうのように正直に丁寧に返事をした。口に出してもいないことに謝るというのは奇妙なことだったが、それでも魔女の機嫌をそこねるべきではなかった。


頭の中まで静かにしろとは、やっかいな注文だ。それにしても魔女とは人の頭の中すら読めるのか。そう考えたことすら相手に筒抜けになっていると考えると空恐ろしい。


村から離れた距離にある魔女の家からもう三日目だ。

村をすくう雨乞いの依頼を持って行った、あの瞬間と今、魔女と村長の関係は依然として変化ないままだった、このまま数刻も進めば村についてしまう。

道中、村長はコミュニケーションを取ろうとしてはいた。しかし、ぽつりと遠慮がちに質問をすればずばりと切り返される。魔女とは秘を重んずるのではなかったろうか。逆に知らないほうがいいことまで教えてくれそうで、ことなかれ主義の村長の口はますます重くなるばかりであった。

ましてこのときにして初めて魔女が他人の頭を読み取れるなど知ったのである。

どうしろというのか。


腰まで届く黒髪を揺らしながらこちらを気にする様子もなく魔女は静かに手綱を握っている。

どう見てもふつうの少女であった。魔女は300年を生きるとも、死んでも死なないとも、悪魔の子を産むとも言われるが、そのどれもがこの少女につながるとはとてもおもえない。このことまで彼女に伝わっているとすれば、下手をすれば殺されてしまうかもしまうだろうが、頭の中をからっぽにすることなどできない。

先手を取って謝れば許してもらえるかもしれない。

話しかけた瞬間にヒキガエルにされてしまったら謝罪は言えなくなるが、それでも反省の言葉を頭に浮かべれば彼女に伝わるだろう。もとに戻してもらえるかもしれない。


思考が一巡して彼は結論を導き出した。やはり黙っておこう、余計なことをしていいことはない、そう考えた村長を少女が止めた。


異変に気が付く。


森がざわついていた。

木々が揺れ、か細い枝を擦り合わせて震える、かろうじて張り付いていたような葉っぱがあえなく地面へと落下していく。

何かよくないことの予感を感じた。

山鳥の編隊が彼らを超えていく。向かった先は村の方向だ。

それが消え去ったあとの静かな空が不気味だった。ざわざわと戦慄が足元から上る。しかも嫌なことに、不穏の知らせには確信じみた何かがあった。

馬たちもわずかに落ち着かない様子だ。


少女は無表情のまま、凍りついていた。それにならうように村長もまた静かに耳を澄ませる。

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