突入
読んでくださっている方。大変長くかかってしまい申し訳ありません。これから更新はちょっと時間かかります。
それでも読んでくれている方。ありがとうございます。これからもお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。では、また。
漆黒の宇宙空間に美しい紅いエネルギーが迸る。そのエネルギー到達点では青を基調とした色合いで染められた巨大な構造体が存在していた。
紅いエネルギーは、構造体にたどり着く前に人間の視力では捕らえられないシールドによって中和されてしまう。
「第二射、命中!敵艦の航行速度落ちません!損害の程度は不明です!」
エルフィリア皇国艦隊。旗艦艦隊所属。第二護衛隊巡航艦エンダートの艦橋に、喜びの色を隠せない砲術士官の声が響く。
「宜しい!砲術、あと三斉射!旗艦エルフィードと直接護衛隊に輸送艦隊を引き渡すまでこの宙域に留まる!安心しろ敵艦隊の砲撃は当たらん!その後、増援を受けたのち第三護衛隊と協同で敵水雷戦隊の撃滅に向かう!」
巡航艦エンダート艦長グリネリアも興奮を隠せずに、次々に指示を出していく。こちらの砲撃能力での最大射程であったから、命中したとしてもそんなに被害は与えられていないが。初弾に続けて第二射も命中したのだ、いずれ敵を追い込むことが出来るだろう。
「第三護衛隊から通信です。『我、これより第二護衛隊と協同で敵に当たる。』以上です。」
通信オペレーターの声がグリネリアの耳に届く。
「オペレーター!返信だ。『士官学校時代の様に宜しくお願いします』そう伝えろ。それで通じる。」
満足げな笑みを浮かべ通信内容を伝えるグリネリア。
いいぞ。このまま先輩の第三護衛隊が共同で敵に当たってくれれば旗艦艦隊合流まで優位に戦闘を続けられる。錬度が不足といっても、ズラヴィー一等教神官が頑張ってくれているお蔭で艦隊との統制も上手くいっている。
「第三斉射・・・。撃て!」
砲術士官の興奮した声が艦橋に響く。艦前部にある砲塔から、エネルギー波が紅い光芒を引いて敵艦隊の先頭艦に命中する。
シールドで遮られるが、中和しきれなかったエネルギーが敵艦の装甲版に命中。装甲版を破損させる。
「砲術!いいぞ!その調子だ!」
自らも興奮を抑えきれない。自然、指示を出す声に張りが出てくる。よ~し、このまま主砲有効圏内に入れれば敵艦隊の撃滅も可能だ。敵艦隊の増援を発見できないのが気がかりだが、ここまでの戦闘状況で介入してこないことを考えると、おそらく敵二個水雷戦隊が偶然輸送艦隊を発見し追撃してきたのだろう。
いや、断定するのは危険だ。全ての可能性を考慮しなければ・・・。
そのように考えながらグリネリアは艦橋前方の宙域を映し出したスクリーンを見やる。
新たなエネルギ―波が敵の宙域に向かって伸びる。敵先頭艦に命中。敵ナリ級巡航艦に先程の砲撃とは明らかに違う発光・・・。そして爆発。
ナリ級巡航艦の船体が僅かに震える・・。ダメージの程度は分からないが被害を与えた様だ。
「第三護衛隊宙域に到着。先ほどの砲撃は第三護衛隊旗艦ナハバートです。初弾命中!ズラヴィー一等教神官により思送された観測データによるものです。」
三つに区切られたスクリーンの戦況詳細表示版に第三護衛隊の艦影が表示される。六隊ある間接護衛隊の中で最も錬度の高い部隊だ。ミンジャナ先輩が鍛え上げただけあって艦隊の統制力も高い。先ほどの砲撃でも結果は明白だ。
私の部隊も先輩の艦隊を見なわらなければ・・・。それにズラヴィー一等教神官も期待以上だ、疲労度も若干上がってきているが、まだまだ疲労が溜まっているとは言えない。
愛しい人の為、エルフィリア皇国のため・・・そして自分自身の栄光の為。あの敵艦隊は我々の供物になっていただこう・・・。
「旗艦艦隊直接護衛艦隊先遣艦。探知圏内に進入!輸送艦隊、先遣艦の保護圏内に入ります。」
安堵の雰囲気を報告の声に纏わせながら、索敵オペレーターが状況を伝えてくる。
「旗艦艦隊よりの命令受領!『第二護衛隊は第三護衛隊と協同し、敵水雷戦隊の撃滅に向かえ。なお、直接護衛隊より抽出した戦艦グリハーナ、エルハーナに第一、第四護衛隊をつけた臨時編成の艦隊を増派する』とのことです!」
通信オペレーターの興奮の度合いが、先ほどよりも高くなっている。普段なら窘めるところだが・・。この状況にグリネリア自身も興奮を抑えきれない。
「宜しい!命令受領の確認を思送!第三護衛隊と協同して敵艦隊の撃滅に向かう!進路変更!右90、マイナス方向24!第一戦速!」
宜しい!大変に宜しいじゃないか!このまま第三護衛隊と協同し、我が戦隊は敵艦隊の進路を遮断し、先輩には敵に砲撃を浴びせかけながら敵艦隊の拘束を図ってもらう。
そして、増派された戦艦の砲撃をもって敵の撃滅を行う。戦艦グリハーナとエルハーナは共に艦隊の中でも最高の錬度を誇っている。
今の状況を我々が維持すれば、敵艦隊の撃滅は容易な事だ・・・・。二個水雷戦隊の撃滅・・・。勝利の報に乏しかった皇国にとっては素晴らしいプレゼントになるであろう。いや、ガイウス突撃艦隊の善戦もあるから更に素晴らしいものになるだろう・・・・。
勿論、我々もその戦果を頂くがな・・・。
興奮を抑えきれない横顔に、戦隊指揮官としての凄みを纏わせたグリネリアはそっとズラヴィー一等教神官の方を見やる・・。
相変わらずの無表情であるけれども、口の端に微笑みが浮かんでいた。
そうだ・・・。祖国と我々にとって喜びの日になるに違いない。祖国と二人の未来の為に全力を尽くさなければ!
戦隊指揮官としての凄みを増しながら、更に指示を飛ばしてゆくグリネリア。そこに敗北を感じる要素はみじんも感じられなかった・・・。
普段の彼女(彼)ならば興奮によって状況の把握をおろそかにしたりはしないのだが、愛する人と共に勝利を掴む事に思いが向かい過ぎていた。
しかしながら、彼女(彼)ばかりを責めることは出来ない。旗艦艦隊司令部からの命令でもあったし、艦隊全体が興奮に包まれていた。
久方ぶりの・・しかも敗戦が感じられるような状況にあっての味方艦隊の善戦・旗艦エルフィードにおられるライネシア皇女の直接指揮・精神感応装置の成功・・・全てがエルフィリア皇国艦隊の未来を照らしていた。これで興奮するなとは無理からぬことであった。
しかし、エルフィリア皇国艦隊は忘れていた。目の前の敵に今までエルフィリア皇国艦隊が受けた敗戦を。彼らがやすやすと敗北を受け入れる者たちでは無い事を。
眼前に繰り広げられる『勝利』とゆう名の美酒に完全に酔いしれていた。
そして、『隙』を晒すことになる・・・・。勿論。彼らの『敵』はその隙を見逃すほど甘くはないし、無能でもなかった。
巡洋艦ナチに広がる振動・・そして爆発音。装甲版に守られた艦橋でも感じられる大きなものだった。
「各部被害報告!」
「機関異常無し!」「主砲異常なし!」「電測兵装異常なし!」「シールド突破されました。シールド発生装置出力落ちます!」「艦首部兵員室損壊!行方不明3名!火災発生!応急班急行中!」
各部署から送られてくる損害の程度を頭の隅に留めながら、次に出すべき指示を経験から導き出し声に出すライゾウ少佐。
「よーし、敵さんこっちに食いついたぞ!ここらが潮時だ!慌てふためいて撤退するように後続艦に指示を出せ!当艦は殿だ!全艦隊180度回頭!対エネルギー中和粒子ミサイルを後方に展開!シールド発生装置。艦後方に最大出力で展開!取り敢えずとんずらだ!」
予想より早く対応してきたな。この距離で装甲版まで貫通されるとは・・。被害を局限するために外装帯には兵員を配置していなかったが・・くそ!3名減っちまった・・・!
「敵艦隊速度上昇。我が艦隊の現進路方向に進入してきます。」
相変わらず索敵担当のモハメド少尉が、棒読みに近い報告を上げてくる。普段と変わらない彼の態度に可笑しみを覚えつつ新たな指示を出す。
「敵艦隊に対して牽制射撃!キム!少しぐらいなら当てても構わん!この距離なら疑われないはずだ!だが、遣り過ぎるなよ・・。まだ、十分に引き込んでいない。」
ふん・・。俺の艦隊の頭を抑え込んで、後続の同編成の艦隊と協同で挟撃する気か・・。だが二個水雷戦隊を撃滅するには数が足りない・・・。
更に強力な増援が派遣されたな・・・。
そこまで戦況を読み取っていたライゾウ少佐に新たな探知報告が入る。
「後続の敵艦隊の後方に新たな艦隊を探知・・・。戦艦級二。巡航艦二。駆逐艦八。級種は判別不能です。」
「了解だモハメド少尉。よくやった。」
モハメドに褒め言葉を送って次の指示を考える。
「戦艦まで引きずりだすとは・・・。よほどウチの艦隊の慌てようが気に入ったみたいですな。演技もさせても上手いとは・・・。うちの連中も芸が細かいですな・・艦長?」
いかつい顔に余裕を感じさせる笑みを浮かべながらグスタボ副長が話しかけてくる。
「ふん。何もかもミッチャーの野郎のせいだ!あの野郎のニヤケタ顔がイラつくぜ!」
ある程度の距離を置いて同じように撤退戦を演じているミッチャー少佐に悪態をつきながら、内心では心配していた。そのことが分かっているグスタボ副長などは、その悪態を聞いても肩をすくめるだけであった。
「艦隊旗艦『陸奥』より連絡。『演劇ご苦労。貴艦隊の奮戦により当初の目的を達成。これより反撃に移る。艦隊主力到達と同時にE波妨害装置改を使用。敵護衛隊を排除せよ』です。」
「索敵!艦隊主力が現宙域に到達するまで後何分だ!」
通信士官のアリ少尉の報告を聞きながら、艦隊主力の動向を掴むために索敵のモハメド少尉に尋ねる。
「まだこちらの索敵機器に反応はありません。」
そこにグスタボ副長の意見が出される。
「おそらくギリギリまでステルスモードを解除しないでしょうから・・・。事前の作戦計画どうりならば・・後10分程度でしょう。このまま敵艦隊を拘束していけば、艦隊主力の突入に気づいた時には手遅れになっているでしょう。」
「いい話だな。駆逐隊に連絡『後10分我慢しろ』とな。」
グスタボ副長の意見を参考にしながら駆逐隊に連絡の指示を出す。畜生、10分か・・・。あの小癪な敵艦隊が砲撃を始めてから、まだ6分しかたっていない・・・。俺の船はまだ耐えられるが、駆逐隊の連中に砲撃が集中し始めると厄介だ・・。
くそ、10分か・・・。美味いラーメンを待っている時の時間と同じで長いな・・。うん?そういえば日ノ本ラーメンの支店が虎頭要塞に出店したな。この戦が終わったら食べに行かなければ。
それに、自分のラーメン日記のブログを更新しなければ・・・。再開要望のメッセージがたくさん来ていたな・・・。
そこまでの考えを一瞬で行った後、日ノ本ラーメンの薄口醤油ラーメンの味を思い出す。そして、眼前で展開している戦闘に思考を全力で傾ける。
さて、敵艦隊の『味』はどんなものだろう・・・。こちらの新しい料理方法に驚いてくれるだろうか?ま、どちらにせよ『美味しく』頂くのに代わりはなのだけれども。
エルフィリア皇国艦隊と地球連邦航宙艦隊の戦闘は、ほぼ同編成の艦隊同士の為もあってか。ほぼ互角の展開を見せていたが、精神感応制御に成功したエルフィリア皇国艦隊が攻勢に出ていた。
旗艦艦隊から直接護衛隊である二隻の戦艦に第一、第四護衛隊をつけた増援艦隊を送り込んでいたエルフィリア皇国艦隊。戦況が有利なうちに決定的な戦果を挙げたい思惑が見て取れる。
確かにほぼ同数の艦隊同士では勝利を掴むのは難しい。ただ戦闘の目的は相手の意図を妨害し、こちらの目的を達成することであるから輸送艦隊を保護した時点で戦闘の要旨は達成されているのであるが。
敗北が続いたエルフィリア皇国艦隊の現状においては、『解りやすい勝利』が必要であった。その為には『敵艦隊の全滅』は当然の帰結であった。
対して、地球連邦航宙艦隊が現状で宙域に展開しているのは二個水雷戦隊のみで。艦隊同士の戦闘ではE波妨害装置改を展開していないとはいえ、数的にも不利を強いられ。かつ艦隊の目的が敵艦隊の釣りだしであったため最初から被害を被る様に作戦計画に練りこまれていた。
ライゾウ少佐とミッチャー少佐は作戦計画に定められたとうりに演劇を行っていた。敵護衛隊の釣りだしで十分であったが、戦艦二隻に第一、第四護衛隊を増援として引きずり出し。更に旗艦までも宙域に誘い出すことに成功していた。(もっとも、ライネシア皇女が前線に出てきたのは輸送艦隊の保護が理由なのだが)
戦闘の状況ではエルフィリア皇国艦隊が戦果を掴みかけていたが、作戦計画的には地球連邦航宙艦隊がその戦略目標に歩みを進めていた。
地球連邦航宙艦隊司令部にしてみれば、作戦計画に盛り込まれていた損害よりも少ない程度で撤退戦を演じている(しかも事前予想よりも多数の艦艇の釣り出しに成功している)二個水雷戦隊には賛辞と褒章を送る準備をしていた。
もっとも、最前線で犠牲を強いられている二人の指揮官にとっては迷惑この上ない物であった。自分たちの艦隊が力を発揮することなく損害を一方的に被るのは我慢できるものではなかった・・・。
勿論、作戦計画を理解したうえで任務に就いているし。航宙軍に入隊した時から犠牲を厭わない気持ちはあったが、理解することと納得して犠牲を受け入れる事とは全くの別問題であった。
「側的完了!第八斉射・・・・。撃て!」
「敵ナリ級巡航艦に命中!爆発の閃光を確認!依然敵艦の速度落ちません!」
「増援艦隊旗艦グリハーナより思送入ります。『可及的速やかに敵艦隊の進路を塞げ』です。」
喧騒に包まれた艦橋に様々な報告が響く。興奮によって報告する声が若干大きな声になっていた。最後に聞こえたズラヴィー一等教神官の無機質な声が、艦橋に落ち着きを取り戻させてくれる。
「増援艦隊旗艦グリハーナに思送。『命令了解。最大戦速で急行中』」
通信オペレーターに思送文を伝えた後に戦況詳細表示板に目を向ける。確かにこのままでは敵艦隊の頭を抑えるのは難しい・・。
我が艦隊の攻撃を受けながら、巧みな艦隊運動と砲雷撃によってこちらを簡単に進入させてくれない。精神感応制御を受けている我が艦隊よりも錬度が上だった。
後方から戦況を監督している増援艦隊からも督戦の命令が来るほどだ・・・。悔しいが認めざる得ない。
「第九斉射・・・。撃て!」
考えに数瞬浸っていたグリネリアの耳に砲術オペレーターの声が届く。
スクリーンに映し出されたナリ級巡航艦に命中。新たな閃光・・・爆発。明らかに敵艦隊の速度が鈍る。
「いいぞ!砲術!航法。敵艦隊の速度が鈍ったぞ!最適な進路で敵艦隊の頭を抑える!」
「増援艦隊、宙域に到着。展開します。旗艦グリハーナに砲撃データ思送します。」
ズラヴィー一等教神官の落ち着いた声が耳に心地いい。このまま頭を抑えれば・・・あとは増援艦隊の戦艦の主砲が片を付けてくれる・・・。
その後は残敵をさんざんに打ち破ってやる・・・。
「ズラヴィー一等教神官殿。疲労の程度はどうですか?」
余裕のある表情で尋ねるグリネリア。
「精神感応制御使用時間36分経過・・・・。ストレス18%に上昇・・。現在まで問題の発生無し・・・」
無機質な声はそのままに、先ほどよりも疲労が浮き出始めていたが・・まだまだ大丈夫だ。
自らの愛しい人の状況を確認し、新たな艦隊運動の命令を出そうとした矢先にそれは起こった・・。
「ううっぅ!!」
突如ズラヴィー一等教神官に起こる異変。精神感応制御装置に入っていた彼女(彼)が気を失い倒れ伏す。
「艦隊精神感応制御統制・・・・!崩れます!我が艦隊との精神感応制御・・・切れました!」
「索敵・測距精神感応・・・反応なし?!艦隊連動索敵・測距精神感応反応ありません?!」
「艦隊間精神感応制御思送通信断絶・・・・?!応答ありません!」
突然起こった現象にグリネリアの思考が追い付かない。ズラヴィー一等教神官が精神感応制御装置の中で倒れ伏している。思い人の窮状に思わず駆け寄るグリネリア。
呼吸が不規則に行われていて、ちょっとしたショック状態だ。
「医療班!艦橋に急行!ズラヴィー一等教神官殿が倒られた!」
指示を出しながら艦の現状と、艦隊の動静の把握に努める。
精神感応制御による索敵・測距が出来ないため光学観測による中央のモニターに第二護衛隊の各艦の現状を映し出させる。
混乱はしているが目立った損傷は無かった。
安堵の吐息を漏らしながらこの状況に陥った原因を探り出すべく索敵・測距オペレーターに指示を出す。
「索敵・測距精神感応制御装置を切れ!電子・光学観測に切り替えろ!なに?電波妨害を受けている?構わん。何も見えないよりましだ!宙域を電子探査。合わせて光学観測を密にしろ!通信!こちらも切り替えだ!後続艦に光信号!『艦の把握に努め、我が艦に追従せよ』」
「航海!左90度回頭!敵艦隊後方をかすめつつ現宙域を離脱する!」
「砲術発砲待て!ただし敵艦隊が接近するようなら発砲せよ。」
混乱した状況を整理するために考え付く限りの指示を出す。とにかく艦隊の現状を把握するのが先だ。ズラヴィー一等教神官が昏倒したために精神感応制御は使えない。
現状の戦力で出来る限りのことをしなければ・・・・・。
そこまで考えをめぐらしたグリネリアが戦況詳細表示板の中央スクリーンに眼を向けると、これまで目にしたことが無い光景が映し出されていた。
敵艦隊の後方にあった時空嵐。艦隊戦に集中していたため、エルフィリア皇国艦隊の誰もが頭の片隅に追いやっていた存在。
その中央部付近から黒い霧の様なものが戦闘宙域に向かって拡散していく。よく目を凝らしてみれば、それが推進装置を付けた小型の航宙艇だとわかる。
だが人を乗せるにはいささか小さすぎた。無人機なのであろう。そして、その無人機を管理する生体量子回路は指示されたとうりに、敵艦隊の反応を捉えたと同時にE波妨害装置改を作動させる。
更に一部のユニット群は敵艦隊に肉薄。電子・光学観測を行い、得られた情報を膨大な数の仲間を経由して、自らの母艦に伝達してゆく。
「ドローンによるE波妨害装置改の展開完了!妨害始めます。」
「索敵ドローンの観測データ受領。砲術長に電送。」
「ステルスモード完全に剥離。艦隊運動制限解除!」
「第一、第二水雷戦隊に命令文を発信!我が艦の砲撃開始により逆襲を行います!」
「航宙攻撃隊第一波展開完了。目標エルフィリア皇国艦隊旗艦。航宙雷爆撃により脚を止めます。」
次々に艦隊の戦闘準備が完了していくさまを見やりながら、自分たちの作戦計画が七割がた成功してゆく様を思考の片隅に追いやり。艦隊司令としての命令を出してゆく。
そのそばで命令を受けたリュグスト大佐が主砲射撃指揮所からの伝達を受け取っていた。
「目標、敵増援艦隊一番艦。グリハーナ級。射撃解析値入力中。主砲斉射。」
大きく頷き。巨体を可笑しそうに揺らしながら命じる。
「宜しい。打ち方始め!」
「了解。主砲発射準備完了・・・・。撃(テェ!)」
陸奥の巨体の前部と後部に配置された、敵艦に指向可能な八つの主砲塔が今までこの宙域では誰も見たことがないような太い蒼い光芒を吐き出す。
数十秒の間を於いて、エルフィリア皇国艦隊戦艦グリハーナに吸い込まれて行く・・・・。
八つの主砲塔から収束された二本の蒼い光芒は、グリハーナを覆うシールドを突破。船体後方の機関部に命中し、船体を貫いて反対舷から飛び出し第四護衛隊の駆逐艦にも命中。一撃で航行不能に追い込んでいた。
グリネリアの目に飛び込んできた光景は、増援に派遣された戦艦グリハーナが、一撃で戦闘不能に陥った場面だった・・・。
更に数瞬の間を於いて戦艦エルハーナにも同様の光景が描き出される・・・・。
「馬鹿な・・・・?!なんなのだあれは・・・・・?!」
自らが目撃した光景が信じられず、思わず驚きの声が漏れる・・・・。
先ほどまで敵艦隊を追い回し、確実な勝利が目前に迫っていたとゆうのに・・・。莫迦な・・・・たった二撃で増援の戦艦二隻が行動不能とは・・・・。何が起こっているのだ・・・・?!
グリネリアの思考は停止寸前に追い込まれていた。実戦経験が乏しい者が陥りやすい事柄。突発的な異常事態による思考停止。彼女(彼)はこの事態に対処できるほどの修羅場をくぐっていなかったから無理も無い事ではあった・・・・・。
しかしながら、その状態から回復する程の時間を許すほど。彼女(彼)の相手は甘くはなかった・・・。
停止寸前の思考に支配された肉体に大きな振動が訪れる。艦長席に座っていたが安全帯が無ければ飛ばされていただろう。
「各部被害報告!」
「機関部貫通されました!」「エネルギー転換炉急速閉鎖!誘爆を防げ!」
「機関室行方不明12!転換炉閉鎖成功!充填エネルギーに切り替え!」
「艦内照明。非常灯に切り替えます!」
「航海。現エネルギー充填量での航続限界時間三時間!」
「砲術。航海、および艦体の維持の為砲撃不能!」
「シールド発生装置。航行用のシールド出力しか出せません!」
「敵水雷戦隊回頭完了!こちらに向けて突撃してきます!後続艦ニーナス、ルーナス、ファーナス、ギーナス全艦被弾・・・!しかしながらこちらも機関部への損害のみの様です。航行可能!」
何てことだ、何たることだ。たった数瞬で立場が完全に入れ替わっている・・・。通信状況が敵艦隊の妨害で回復していないが、わずかに繋がる回線を駆使して何とか護衛隊の状況は掴めたが・・・。
我が艦、および艦隊は戦闘能力を完全に喪失している。あと数時間の航行しかできないとは・・・・?!
「敵主力艦隊、光学観測入ります!先頭の艦種不明!同級と思われる後続艦一隻確認!光学観測によるエネルギー解析・・・?!グリハーナ級の13.7倍です・・・・?!」
グリハーナ級の13倍だと・・・?!莫迦ないくらなんでも大きすぎる!そんなエネルギーを持った戦艦なら時空嵐の中でも観測できるはずだ・・・・?!それに輸送艦隊を追撃しなくとも、あのエネルギー量の主砲があれば撃破・・・いや、完全に破壊できたはず・・・・?!
「いかん!旗艦エルフィードに緊急通報!『現空域を離脱されたし』!」
「ダメです・・・!先ほどの機関部への損傷で旗艦艦隊までの出力を出せません・・・!」
通信オペレーターの絶望を含んだ声が艦橋に木霊する・・・。
罠だ・・・周到に用意された罠・・・。敵艦隊の狙いはおそらくライネシア皇女。そして損傷を受けた艦隊は皇女を釣り出すための餌・・・。
皇女の御慈愛溢れる性格は、損害を受けた友軍艦艇を見捨てることはしない。自らを盾としてでも我々の救出にいらっしゃるであろう・・・・・。
それでは駄目なのだ・・・。皇女を援け守らなければならないのは私達なのに・・・。士官学校の卒業式の日に、皇国と皇主と皇女を守ると誓ったのに・・・・。
何とかしなければ・・・・何とか・・・。しかし、今の自分にはその手段が存在しない。
「敵艦隊、皇国旗艦艦隊に向かいます!敵艦隊後方より多数の航宙雷爆撃機を確認。高速で旗艦艦隊に突入していきます・・・・・。」
諦めを感じさせる声で黙々と観測された現状を報告する索敵オペレーター。そして気づく、艦橋を見渡してみれば肉体に損傷を負っていないものが通信オペレーターだけであったことに・・・。
ふと人の気配を脇に感じて横を見やると医療班が待機していた。
「ああ、すぐに医療行為に入ってくれ・・・。どうやら無事なのは私と、通信オペレーターだけの様だ。」
だがグリネリアの傍から離れようとしない。どうしたのだろう?彼女(彼)は私の頭部の一点を見つめている・・・。
「艦長。失礼いたします。頭部に相当な出血が見受けられます。医療班権限で治療を優先させていただきます。」
その声に反論しようとしたが、上手く意志が保てない。手元にある表示板を鏡面モードにしてみると。自らの豪奢な金髪の大半が血に濡れていた・・・・・。
「すまない、何とか意識を保てるようにしておいてくれ。艦の保全と、全乗組員の命を預かる身なのでな・・・。」
自らの・・今となっては陳腐な台詞に可笑しみを覚えつつ、混濁してゆく意識を保とうとズラヴィー一等教神官の事を考えていた。
ザルハス・ヴァイツル一等兵は使命感に溢れる青年だった。エルフィリア皇国と、自分の故郷であるブーリュナ星系が所属する地球連邦が戦争状態に突入した時。
在学中の地球連邦札幌大学を中退。いち早く地球連邦軍に志願したほどだ。
周りの人々は反対した。無理もない、彼の家系は入植初代の祖父の時より数々の功績を上げていたブーリュナ星系では知らぬ者などいない名家の出身だった。
しかも、ヴァイツル本家の長男で。頭脳は明晰で、性格も豪胆にして細かなことまでに気が付く繊細さを併せ持ち、且つ自分以外の人々には慈愛以外何物も示さない。
更に、三次元フットボールで鳴らした190cmの長身を、鍛え上げられた筋肉で包み込み。その古代の神の石像を思わせる肉体に、これまたすれ違った人間の七割が振り返る甘いマスクを持っていた。
そんな全てを兼ね備えた彼が。何故、地球連邦軍に。しかも、任務の厳しさに定評のある地球連邦航宙軍空間降下兵課程の一般兵課程に進んだのか・・・。
大学在籍の者には士官候補生課程も選べたのだが、周りの誰もが進めても頑として頷くことはなかった。
周りの誰もが訝しみ、悩んだ末に本人に志望動機を尋ねるのだが。ザルハスは、少し困った微笑みをうかべながら「後悔をしたくなかっただけ」と、答えるのみであった。
入隊してからザルハスの訓練に対する精励ぶりは異常なほどであった。生来から持ち合わせた体躯に、これまで培ってきた精神と頭脳が融合し、訓練所内でも知らぬ者の無いほどの高みにかけ上っていた。
入隊から三か月。入隊したころの青っ白い雰囲気を持っていた新人達は、訓練教官と助教とゆう名を仮初に与えられた悪魔達によって、少なくとも『弾除けにはなる』と賛辞を受けるまでに成長していた。
(もっとも、『生体転写技術』が無ければ更に半年は悪魔たちの責苦は続いたであろうが・・・。)
その『弾除け』の中でのザルハスの評価は『かなりましな弾除け』に上がっていて、これは訓練所始まって以来の『最大の賛辞』だった。
そんなザルハスが配属されたのが第七空間降下兵師団であった。各艦隊に軍団単位で配置されている十三もの空間降下兵軍団。
その中でも地球連邦創設時から赫々たる武勲と、災害や事故における功績を誇る部隊。
(なお、各師団の数字・名称は創設時に部隊内の兵士たちによって決定される。第七空間降下兵師団の名称は、創設時の師団長・・そして幕僚たちがそろってギャンブル好きで縁起を担いだものであった。他の師団では第666空間降下兵師団などもあった・・・・。)
開戦から三か月が経ち、初戦から戦場に投入され続けた第七空間降下兵師団。度重なる戦闘により師団を構成する兵員も少なからず損害が出ていた。
(要塞防衛戦に於いて、強襲・奇襲・占領・破壊工作などが主任務な空間降下兵に損害が続出したのは。この当時に繰り出された艦隊戦の戦法に原因があった。
当時、エルフィリア皇国が使用してくる量子結合による精神感応制御に対して有効な対策を打てなかった艦隊首脳部は。艦隊に随伴できる速力を持った強襲揚陸艦を使用した、敵艦への強襲接舷戦法を多用し。砲撃戦での不利を多少なりとも覆していた。)
損害が大きくなった師団は、本来ならば後方に下げ。補給・休養・再編成・再訓練となるのだが、第五次虎頭要塞防衛戦が終了し。エルフィリア皇国に対する侵攻が決定されたため、全ての軍団に出撃命令が下っていた。
さらに、エルフィリア皇国艦隊に対して勝利を収め続ける地球連邦航宙艦隊。それによって、いつの間にかエルフィリア皇国絶対皇国防衛圏ER122宙域まで進攻し。その要のエーフェリア軌道要塞攻略作戦。所謂、ロングブリッジ作戦によって、第七空間降下兵師団は兵員の損害とゆう現実に向かい合わなければならなくなった。
このような事情が重なっていたため。本来なら『優しく、丁寧に、ゆっくりと』行われる新兵に対する扱いが、苛烈で容赦のないものになっていた。
(当然だった。いつ戦場に投入されるか分からない師団に於いて、『弾除け』にしかならない新兵などお荷物以外の何物でもない。だからこそ短期間で『お使い』ぐらいが出来る程度に鍛え上げなければならなかった。古参兵にしてみれば苛烈な戦場の現実で、隣に配属された新兵が『弾除け』では、自分も死んでしまいかねない。さらに言えば分隊単位での失敗が重なれば、戦術単位で作戦計画を修正しなければならず。結果として『敗北』してしまう可能性が高まってしまう。)
そんな状況の中に放り込まれた新兵たち。精神と肉体を再構成しなければ・・・と、思わせるほどの実戦に即した訓練。訓練所時代が天国に感じられる程に痛めつけられていた・・・。
毎日が訓練とゆう名の地獄。いっそ実戦に向かって戦死した方がマシなのではないか?と思わせるほどの地獄めぐり。だが、不思議と自殺者は一名も出なかった。
確かに古参兵どもは新兵を嫌がっていたが、嫌っているわけでも憎んでいるわけでもなかった。言語に矛盾が起きている説明だが、彼らもまた新兵の時に同じような扱いを受け『限界』を身おもって知っていたから、最後の最後で『優しく』接していた。
それに、どんなに訓練を施そうとも。戦場に出てしまえば歴戦の戦士でも『偶然の一発』で簡単に死んでしまうのをいくらでも見てきたためでもある。
『運』が支配している戦場・・・。だが、その『運』を引き寄せる程度にまで鍛え上げようとしていた。
だが、『運命の女神』は古参兵達よりも厳しい性格らしい。訓練に明け暮れる新兵達に『任務』が下される。
地球連邦航宙艦隊。その稼働作戦艦艇の八割を投じた一大作戦・・・・・。
「ライネシア皇女強奪作戦」・・・。作戦を立案したものにはユーモアやロマンとは縁遠い人物だったため、通称名などは無い・・・・。だからこそ、この作戦の難しさと困難さを物語っていた・・。
そして、新兵達が古参兵によって『お使い』が出来るレベルに到達できる。その一歩前の段階での作戦投入だった・・・・。
強襲揚陸艦イオージマの艦内。その揚陸艇発進口に待機している揚陸艇の内部で、ザルハス一等兵は待機していた。
普段なら、スーツの外装ヘルメットを解除して背中にあるバックパックに収納しているところなのだが。作戦行動中の為に装着していなければならなかった。
先ほどまで感じられなかった加速で、体が若干シートに押し付けられる。慣性制御装置でも吸収されない程の速度が出ている証拠だった。
間違いなく敵艦隊に向けて突入を始めている。
ザルハスが第七空間降下兵師団に配属されて初めての戦闘が、目前に迫っている。だが、不思議と緊張や興奮は襲ってこない。それどころか札幌大学に居た時代に覚えた古典特撮の主題歌を歌っていた・・・。
大学時代に魅せられたこの特撮は、宇宙をまたにかける犯罪者集団を、銀色の装甲服を纏った賞金稼ぎが追跡し平和を守る話だった・・。
誰にも話していなかった地球連邦航宙艦隊空間降下兵に志願した理由がこれだった・・・。特撮の中でのヒーローは、まさしく自分が生涯を掛けて追い求める物になっていた。
勿論、現実と空想の違いを理解していたが、そんなことで片づけられる程冷めてもいなかった。
そして、入隊し訓練所時代に見せられた虎頭要塞防衛戦における空間降下兵の活躍・・・・。
ホロジェクターに映し出された降下兵達の奮闘・・・・。全てがザルハスに衝撃となって襲い掛かり、その衝撃は特撮ヒーローの姿に上書きされてしまった。
確かに人には話せない内容だった。だが、ザルハスにとっては他人の思いなどどうでもよかった。自分の中でヒーローが叫び続ける・・・。『後悔はあるだろう!だが、何も始めなければ何も変わらない!熱き血潮を持つものよ!前に・・!前に進むのだ…!!』
だからこそ、だからこそなのだ!短い人生の中で『オレ』に出来ることとは・・・・・?!
そんな考えに浸り込んでいたいたザルハスに個人通話が繋がる。先程の作戦説明で隣に座っていた、ちょっと髪の薄い伍長だった。
「ザルハス・・・。どうだ初戦だが、緊張はあるか・・?」
音声通信で映像は無い。だからこそ気遣ってくれている思いが伝わってくる。配属されてから地獄のような・・それこそ訓練所時代が天国に思えるほどの扱いを思い出して身震いする。
「ええ、大丈夫ですヒデト伍長・・。」
やや上ずった声が出てしまった。
「心配すんな・・・。俺たちの揚陸艇は師団でも最後の突入組だ・・・。明日の昼には作戦所報の前で居眠りしているさ・・・。仲間を信じろ。自分の役目だけを果たせ。それだけでいい・・・。」
オッサン臭いちょっと教訓めいた事を言いたいらしかった・・・。それだけでもザルハスにとってはありがたい事であった。
「はい。わかりました伍長!死なない程度に働きます!」
第七空間降下兵師団では『頑張ります』は言語統制に引っかかる禁止語句だったために、『働きます』に変えていた。
このやり取りを最後に通信は終了する。作戦室で最初にヒデト伍長を見かけたときには、声が出てしまうんじゃないかと思うほど驚いた。
何せ、虎頭要塞防衛戦における空間降下兵の活躍の映像に映っていた本人だった。自分のヒーロー像を上書きした張本人・・・。歴戦の勇士、ロングブリッジ作戦の英雄、そして、自分の小隊の仲間・・・。
『第271揚陸艇。発進口に移動・・・。電磁射出レール・・出力上昇中・・・。』
俺もあんな人になれるだろうか・・・・?だが、まぁ、この作戦を生き延びることが先だな・・。伍長が言っていたように『英雄なんて、大抵死んじまうもんだ・・。生きて帰ってこそ価値がある…』
そのとうりだな。やはりヒーローは無理そうだ・・・。でも皆の役に立つことで生きて帰ってきた方が良い。
『第271揚陸艇・・・。最大出力到達・・!発進!』
シートに体が押し付けられる・・・。
さて、どんなもんになるだろう・・?俺に『運』はついてくるだろうか・・?ま、ヒデト伍長に従っていれば生きて帰れそうな気がする・・・。
そんな考えを抱いたザルハスを胎内に抱いた揚陸艇が漆黒の宇宙空間を突き進む。
エルフィリア皇国の美姫の元へ・・・・・。