戦闘
読んでくださっている方。本当にありがとうございます。評価点を頂けるとは思いませんでした。これからエルフィリア皇国との戦いは佳境に入る予定です。一応題名のとうりにオッサンが活躍するようにやっていくつもりですが・・・。今んところまだまだオッサン一人にはなれないです。宜しく付き合ってください。誤字脱字報告も待っております。では。
「偽装囮輸送艦隊、時空嵐を抜けます。敵艦隊に対し偽装通信を発信します。」
「第一、第二水雷戦隊ステルスモード解除。囮艦隊に対する偽装攻撃に入ります。」
「航宙母艦ホーネット、赤城、加賀。索敵ドローン放出。制宙戦闘機発艦開始。及び航宙攻撃機発艦準備に入ります。」
「強襲揚陸艦イオージマ突撃準備完了。積載降下兵三個師団突入準備完了まで後五分。」
第八艦隊旗艦陸奥。分厚い積層装甲に守られた戦闘艦橋に次々と艦隊からの通信が入る。事前の作戦計画どうりに自分の艦隊が戦闘態勢に入ってゆくのを見守りながら、艦隊司令アーレイ中将は司令官座席の隣に佇んでいる派遣参謀ミランダ少佐に声を掛ける。
「作戦計画どうりに展開しているようだ。どうだね我が艦隊の錬度は?」
戦闘艦橋前面に投影されていた戦況表示ホロジェクターから目を離し、美しい貌はそのままに怜悧な雰囲気を纏った娼姫は簡潔に言葉を発した。
「はい、事前に艦隊司令部で評価されていたよりは統制が纏まっています。前任司令官から受け継いだ艦隊をここまで纏め上げられたのはアーレイ中将だからこそ・・なのでしょうか?」
「いや、私はガルナ中将の後釜を無難にまとめただけだよ。実際のところ第八艦隊の纏まりと錬度は大したものだからね。」
いくら派遣参謀とはいえ美しい女性に褒められるのは悪い気がしない。生来の呑気な性格がこの時ばかりはいい方向に出たようで、ミランダ少佐の怜悧な雰囲気が若干揺らぎ笑みが浮かんでいた。
「失礼致しました。アーレイ中将は剛毅な方なのですね・・・?」
アーレイ中将の呑気さにあてられたのか、はたまた学者の様な風貌に似あわない豪胆さに頼もしさを感じたのか。おかしみを込めた疑問が返ってくる。
「剛毅か?と問われれば、無論そんなことは無いな。どちらかとゆうと臆病な方だ。しかし、この呑気さを豪胆と取って下さるのは有り難い。貴方の様な優秀な女性に豪胆と感じて頂けるなら、我が艦隊の将兵も勘違いをしてくれているだろう・・。」
学者風な落ち着いた風貌に似あわない茶目っけたっぷりな発言が、さらに怜悧な氷の美貌を崩させる。
「本当に変わった方ですわね。艦隊司令部でもここまでの方は存じ上げておりません。」
氷が春の日を浴びて溶けてゆくように、朗らかな笑みを浮かべたミランダ少佐。応対の仕方が上官ではなく、男女間での言葉遣いになっていた。
「確かに。司令官座席周辺は会話がブロック出来る様になっていますが・・・。戦闘中に女性を口説くとは・・・?本来なら懲罰ものですよ・・?」
熊のような体躯に厳めしい顔を作りながらリュグスト大佐が会話に殴り込んでくる。しかし、口元は笑っていたために咎めるような口調と顔つきは嘘だとわかってしまう。
「しかし、何ですな。これから連邦の運命を決める作戦行動中だとゆうのに、全く似つかわしくない会話を行っておりますな。よりにもよって派遣参謀と艦隊司令の睦み事が聞けるとは・・・・。」
大仰なそぶりででかい体躯が額に手を当て天を仰ぎみるリュグスト大佐。あまりにも大きな動作なので艦長席後方にいた通信士官などが驚いていた。
「なに、別に口説いていたわけではない。このような作戦の前に『生きている』実感が欲しくてね。現実味のない派遣参謀の姿を見ていたら、遂魔がさしてしまってね・・とても贅沢な事だと思わないかね艦長
?」
学者風の顔つきに、少しはにかみを混ぜながらアーレイ中将が答えた。
「贅沢?!確かに。戦闘作戦行動中の艦橋で男女の睦み事が聞けるなど・・・。確かにこれ以上ないほど『生きている』実感が湧きますな・・・?中将?しかしながら、八艦隊の将兵全員にミランダ少佐の詳細なデータが出回っていましてな・・。この作戦行動中にも関わらず、ミランダ少佐にお誘いの問い合わせが数多く来ておりまして・・。正直、対応に困っています。」
若干、からかう様な感じの言葉だが。リュグスト大佐が厳めしい顔つきを更に硬くしながら、至極真面目に話すものだから嘘ではないのであろう。
「え?!私に・・・・。でしょうか?」
怜悧な雰囲気の娼姫は何処へやら・・・。恋を知らない田舎娘が幼馴染に恋を打ち明けられたように狼狽していた・・・・。頬も赤らんでいて、顔も俯かせてしまっていた・・・。
「ええ、そうですとも。確認できただけで二万通を超えましたな。確かに我が八艦隊は女性の成分に欠ける事甚だしいですが、ここまでは新記録でしたね・・。」
狼狽するミランダ少佐を見やりながら、可笑しみをこらえつつリュグスト大佐が答えた。
「二万通も・・・!?私に・・・!?」
各艦隊に派遣され腹黒いことを平気で行ってきたミランダ少佐。しかし、いつもの弑逆的な快感が鳴りを潜め。肉体のある部分で感じて昂ぶっていた熱さが急速に引いていき、代わりに豊かな胸の奥底に仄かな温かみが広がっていくのを感じていた。
その様子を学者と大熊が暖かなまなざしで見守っている光景は、何とも形容しがたいものであった。
アーレイ中将とリュグスト大佐も長年の軍務経験でそれなりに人物を見る目をもっていたから、艦隊中央司令部から派遣されたミランダ少佐の内面をそれとなく察していた。だからこそ、艦隊にそれと無くデータを流し、このような事を引き起こしたのである。
一緒に働く者の内心に、人に言えないような事があったとしても気にするものではないが。彼女の持つ昏い感情は、このまま育ってしまえば他者すらも害しかねない。そう判断したため『優しい』行動に移ったのである。
彼女の様子を見るに『優しい』行動は上手くいったようだ。いみじくも艦隊に派遣される参謀が、自らの性癖を高めた為に、艦隊を危地に陥れるなど悪夢以外の何物でもない。それに、まだ彼女は若い。理解してくれる者が現れるまでは、大事にされてしかるべきだ。何事も上手くいかないこの世の中で、せめて憐憫の情ぐらいはかけてやってもいいんではなかろうか。
「囮艦隊。敵前衛部隊と接触します。ファラ級巡航艦一、グナ級駆逐艦四。さらに索敵ドローンに反応。後続に同編成の部隊あり。」
そこまで考えたところで通信士官から報告が重なる。戦況表示ホロジェクターに次々と状況が映し出されていく。
どうやら、こちらの情報漏えいが上手くいったようだ。余程自信を持っているようだ。しかし、こちらから誘いを掛けたわけだから乗ってくれなければ困る。
「第一、第二水雷戦隊に、『派手にやれ』そう伝えてください。」
丁寧な言葉づかいで命令を発するアーレイ中将。敵に感づかれないうちに物事をすっかりと進めなければ。さて、こちらの授業にしっかりとついてきてほしいものだ。教える方にやる気があっても、それについてくる生徒が居なければ面白みがない。
ふと、顔を戦況表示ホロジェクターから外すとミランダ少佐の姿が目に入る。まだ自分の内に生じた感情を持て余しているらしい。可愛らしい仕草で、胸に手を当てている。
ふん、だからこそ憐憫の情が湧くとゆうものだ。これで彼女は大丈夫だろう。戦闘が終われば二万通・・いや、まだまだ増えるだろうメールの処理に頭を悩ますだろう。その中で彼女を受け入れてくれる者が現れるだろう。
「第一、第二水雷戦隊。接敵します。第一水雷戦隊より返信『我、釣果あり。』・・・一水戦より索敵データ転送されます。・・敵旗艦艦隊前進してきます!」
どうやら、偽装艦隊を保護するために出張ってきたらしい。果断な判断だ。だが、それこそがこちらの狙いなのですよ第一皇女様。まさかご自身が狙いとは露程も思っていられないでしょうな?敵艦隊に追撃を受ける輸送艦隊。それを守るためにご自身すら盾とする気高い気性・・・。
それこそが狙いなのです。ご自身では自らの価値の高さに気づいておられないでしょう?だからこそ教えて差し上げましょう、貴方が如何に高い『価値』をお持ちなのか。
「一水戦、二水戦の後退と同時にE波妨害波改を展開。航宙待機中の攻撃隊を攻撃に向かわせろ。艦隊主力ステルスモード解除!艦隊各艦最大戦速!全艦突撃せよ!驍敵を撃滅せよ!」
一とうりの命令を下したアーレイ中将にミランダ少佐が微笑んでくる。先ほどまでの美しさとは、また違った感じに見える。これが本来の笑顔なのだろう。こちらの方が好みだな。などと考えながらホロジェクターに映し出された敵旗艦艦隊を見やる。
そこに居るであろうライネシア皇女。勿論、憐憫の情など一片も抱く気はない。早速、我が艦隊の毒牙にかかっていただきましょう。
そこに学者の風貌をした生真面目な男はいなかった。ただ美姫を前にして、その魂を手に入れる算段を半ば成功させた悪鬼が存在していた。
第二護衛隊・巡航艦エンダートの艦橋を緊迫した声が走り抜ける。
「無人索敵機輸送艦隊後方に展開完了。索敵データ入ります・・。時空嵐前方宙域に高エネルギー反応・・!ナリ級巡航艦一!後続にリダ級駆逐艦四・・!更に後方に同編成の艦隊を発見・・・!ナリ級に高エネルギー反応!?データリンク途切れました!おそらく撃破された模様です!」
「第二護衛隊最大戦速!輸送艦隊と敵艦隊の間に入り込む!敵艦隊牽制のため最大射程で発砲!当たらなくて構わん!後続駆逐艦にはミサイルと航宙魚雷を打たせろ!時間を稼げ!」
次々に入ってくる情報を処理している為、美しい額には汗が浮かび豪奢な金髪を貼りつかせていた。追撃を受けているとの通信を受けた時から敵艦隊の編成を考えていたが、二個水雷戦隊とは・・。我が第二護衛隊と救援に駆けつけてくれる第一護衛隊は、共に艦隊乗員の錬度があまり高くない・・。歴戦の艦艇と乗組員はガイウス突撃艦隊に回されている。
当然の処置ではある。新型の精神感応装置で敵艦隊のジャミングを無効果し、敵の主力艦隊を撃滅する機会を司令部が見逃すはずがない。
確かに敵も精鋭を集めている。簡単に撃滅できるとは思えないが、今作戦に導入された妨害波抑止装置の効果をもってすれば十分に可能なはずだ。そんな決戦場に錬度が十分でない艦艇を持って行ってもあまり役に立たない。
冷静な思考がそこまでたどり着くのだが・・・。やはり納得することも出来なかった。
そこまで考えたが目先の敵に対する行動を決定し、輸送艦隊を守らければならない。艦長席後方の教神官席に振り返るグリネリア。
「ズラヴィー一等教神官殿。お願い致します。」
その声を待ち望んでいたようにズラヴィー一等教神官は頷いた。彼(彼女)の周りを薄い青紫の円柱が包み込んでいく。
「艦長。ズラヴィー一等教神官、精神感応制御に入ります」
先ほどまでの色に染まった瞳ではなく、焦点の定まらない目線で事務的な抑揚のない冷えた声が応答する。
「第二護衛隊各艦との精神感応同調制御78%・・。旗艦艦隊所属艦艇との同調統制74%・・・。索敵・測距精神感応・・・73%・・・。巡航艦エンダートとの同調率65%・・・。申し訳ありません、艦長。いまの装置ではここまでが限界です・・・。」
まるで機械が応答するように報告するズラヴィー一等教神官。
「いいえ、敵の妨害波をここまで無効果出来るとは・・・!この程度であれば有利に戦闘を進めることが出来ます!ご負担はありませんか・・・?」
「改良された装置の使用者に対するストレス・・・一時間当たり12%の負担率・・。継続使用限界3時間27分・・・。」
これこそがエルフィリア皇国艦隊の索敵測距手段。精神感応波を強く持って生まれてきたものに独自の修練を行い。また、身体成長中に精神波を増幅できるある種の薬剤を用いて強化していく。
勿論、全ての者が耐えられるわけではないが。厳格なエルフィリア教の教えによって、その犠牲すら殉死として崇高に祀られる。
はじめは、教会同士の通信のやり取りに使われるだけであったが。科学の進歩により精神感応制御同調装置と組み合わせ、一つの生体ユニットとして組み込む事で画期的な通信・統制・測距の役割を果たすことが出来た。
この装置によりエルフィリア皇国艦隊はどの様な環境下でも戦闘力を維持できた。しかしながら、生体ユニットであるエルフィ人の精神・体力は有限であるため、使用限界時間が存在していた。
これまで幾つかの高度な異文明が戦いを挑んできたが、この装置によってエルフィリア皇国艦隊は無敗を誇って来ていた。(もっとも、全ての異文明に戦いを挑んだのはエルフィリア皇国であったが・・・)
相変わらず抑揚の無い声が返ってくる・・。表情も読み取れない・・。普段から体を重ねている愛しい人に、これ以上負担を掛けるわけにはいかない。私の職分を果たさなければ・・・!
「砲術どうか・・!」
「敵妨害波を突破・・。いけます!この距離でも命中を期待できます!」
砲術士官が久方ぶりの喜びのこもった声で反応する。当然だった。あの忌まわしい要塞戦からここまで、精神感応制御による艦隊統制・索敵・測距を無力化され続けていたが・・。これで借りを返すことが出来る。
「砲術!砲撃開始・・・!今までの借りを返してやれ!」
「了解!一番から六番まで精神同調データ入力完了・・!撃て!」
艦橋前方のスクリーンに艦首主砲の発砲が映る。紅く染め上げられたエネルギー体が敵のナリ級巡航艦の艦首部分に吸い込まれていく・・・。敵艦のシールドが赤く光る・・!命中!距離があったためシールドを突破出来なかったようだ。
だが、この結果によって敵の妨害波下でも戦えることが証明できた。
「次弾充填急げ・・!第二護衛隊、牽制の発砲しつつ輸送艦隊を防護!盾になれ!この距離では敵の射撃は当たらん!今までの借りを返してやれ・・!」
指示を出しながらズラヴィー一等教神官の方を振り返る。状態を示す生体接続装置の色合いは緑・・。まだまだ余裕がある。
この時のグリネリアは艦を預かる艦長として、ズラヴィーの事を生体ユニットとしかとらえていなかった。薄情なのかもしれない。でも、ここで勝てなければこの先は無い事をよく理解していた。
そこに通信オペレーターから連絡が入る。
「旗艦艦隊からです。『装置の稼働状況を知らせよ。なお、ガイウス突撃艦隊、交戦に入れり。改良せる精神感応装置の効果、極めて大なり。』とのことです。」
その報告を聞いてグリネリアの顔に笑みが浮かぶ。
「よろしい。『装置の効果、極めて大なり。大遠距離にて敵艦に命中を得たり。我、輸送艦隊を護衛しつつ、後退中。至急来援を乞う。』至急だ!平文で構わん!」
傾きかけた国を救う神の恩寵が今まさに降りたのだ。このまま祖国はかつての栄光を取り戻す。やはり、エルフィリアは宇宙の覇者なのだ。このまま進めば勝利に貢献できるだろう。勿論、ズラヴィー一等教神官達・教会の力も無視できない。早く戦闘を終えて二人で祈りを捧げなければ。
この通信を受けて、エルフィリア皇国旗艦艦隊を率いるライネシア皇女は旗艦艦隊の前進を命じる。艦隊旗艦エルフィードには修理・補給・整備及び十分な医療施設がある。その巨体の持つ防御シールドも相まって、輸送艦隊を救出するには十分だった。
ガイウス突撃艦隊の善戦も旗艦艦隊を前進させる判断の補強要素になっていた。後世、その判断が正しいか議論が交わされることになるのだが。この時点の情勢を判断する限り、決して皇女の無能を示すものではなかった。
むしろ、その果断な判断は称賛に価した。もっとも歴史家とゆうものはその時点で存在しているわけではなく、『客観的に』の通り文句で全てを片付ける輩だったため、この評価は埋没してゆく。
ともあれ、神ならぬ身である皇女がこの後に待ち受けるであろう境遇を知る由もなった。ただ、皇国の行く末を案じて勝負に出たのだ。
まぁ、勝負とゆうものは大体がやる前から決まっているものだけれども。
普段は冷静沈着で物事を手順どうりに進めることにかけては人後に落ちない有能な艦長グリネリア。しかし、この時ばかりは自分が戦局に決定的な役割を果たしてしまった事に気づいていなかった。初弾を命中させたことによる興奮と、ガイウス突撃艦隊の善戦が彼女(彼)の脳内で跳ね回ってしまっていた。
もっとも、彼女(彼)のせいばかりではない。旗艦艦隊から送られた通信内容も暗号化されていなかった。すなわち、戦闘所報が敵対勢力にダダ漏れになっていることになる。
この内容を傍受した地球連邦航宙艦隊は、自らの策略が成功したことを確信し。次の段階に進んでゆくのである。
美姫の玉座に魔王の手が徐々に差し迫って来ていた。
「偽装囮輸送艦隊、敵勢力圏内に入ります!」
司令部施設などない、たいして広くもない艦橋に通信士官の声が響き渡る。普段より大きな声に顔をしかめながらライゾウ少佐が応答する。
「わかっている。そう興奮するな、アリ少尉。お前のだみ声はよく通るからな。」
戦闘中の緊張感など何処か遠くに行ってしまったのだろう。鼻でもほじくっているような口調でめんどくさげに応じる。
一水戦司令ライゾウ・スズキ少佐。
身長190cm弱、程よく均整がとれた肉体。所謂細マッチョの部類。さらに、メンズ雑誌の表紙も務められるほどの端正な顔立ち。そして、その端正な顔立ちに似合わぬ荒い言葉づかい。まぁ、消耗が任務の様な水雷戦隊を預かるとこうなってしまうのかもしれない。
航宙軍の編成上、水雷戦隊の嚮導艦には巡洋艦を充てる。そして、巡洋艦の艦長が戦隊司令も兼任する。本来なら業務が多忙を極める司令と艦長職であるが、サポート機器の発達により兼任が可能になっていた。
「ま、確かにアリの声は飲み屋で姉ちゃんを呼ぶときには便利ですからねぇ。」
ミョウコウ型巡洋艦二番艦ナチ副長グスタボ・プロスト大尉が合いの手を入れる。190cmもある身長に、これまた100kgに届きそうな体重がレスラーを思わせる。頭頂部はスキンヘッド、さらに右目には額から切り下された様な傷が走っていた。
見た目だけなら絶対に気分を害してはいけない種類の人物に入るであろう強面だった。しかし、彼とごく親しい者たちは。この強面が奥さんと子供には頭が上がらない優しい良き父であることを知っていた。
「ファラ級からの索敵機の哨戒電波来ます!。連続波・・・捕らえられました!」
索敵担当のモハメド少尉が報告してくる。
「ふん、気づくのが遅いな敵さんも。ここまでステルスモードを解除してきてやってんのにな。ま、いい。ぶんぶん飛ぶ周られても面倒だ、片付けろ。」
モハメド少尉の報告を聞いて、更にやる気が削がれたのかもしれない低い声で撃破を命じるライゾウ少佐。
「艦首主砲、目標敵索敵機。打ち方始め!」
ライゾウ少佐の声が響く。
「了解!主砲発射準備!よ~い、撃(テェ!)」
巡洋艦ナチの艦首方向にある三基の主砲が旋回する。微調整の為か少し方が上下する。発砲。青い光跡を引いて見事に索敵機に命中。爆発・四散・・宙間状のガスに変わる索敵機だったもの。
「あ、初弾で当てちまった・・・・。大丈夫ですかね艦長?」
先ほどの張りのある声で主砲の指示を飛ばしていたキム少尉が心配そうな表情で尋ねる。
「キム少尉。お前さん砲術士官なんだから、そんな心配そうな表情スンナ。こっちが不安になる・・。」
キム少尉の方を見やりながら愚痴をこぼすように声をかけるライゾウ少佐。
「ま、大丈夫だろ。まだこちらも電波妨害を掛けてないし、あちらさんの電波の出力じゃここまで妨害できまい。それに、やっこさん達まだE波を出していないしな・・。それにしても常に先陣を切って突撃する一水戦が演劇を行わなければならんとは・・・。戦も随分変わったな・・・。」
現状が余程おもしろくないらしい、不貞腐れた態度のまま艦長席前方のコンソールにだらしなく足を乗せる。
「でも、二水戦のミッチャー少佐との賭けに負けて先陣を任されたのは艦長自身じゃありませんか・・?それとも、二番手の方が良かったですかい。。?」
人の悪い笑みを浮かべながらグスタボ副長がからかうように声を掛ける。
「ふん・・・。あれはミッチャーの野郎のイカさまだ!まぁ、確かに二番手はどんなもんだろうと糞以下だ・・・。まぁいい・・。そろそろ敵さんもこっちに向かってくるだろう適当に相手してやれ。」
口では憎まれ口をたたいていたが、二水戦を預かるミッチャー少佐とは小学生からの付き合いで。まさか航宙軍まで一緒、配属される艦隊まで一緒とは思わなかった。だが、付き合いが長いだけあって一水戦と二水戦との連携はザイルを繋いだパートーナーの様に、しっかりとサポートしあっていた。
「ファラ級及びグナ級の敵戦隊、偽装囮輸送艦隊と我が方との間の宙域に展開します!我が艦隊の有効射程圏内です。」
アリ少尉の緊迫した声が再び艦橋に響く。
ほう。こちらの有効砲撃圏内に入り込むのか?友軍艦隊を守るとはいえ果断で勇敢な判断だ。ほめてやってもいい。だが、その守るべき友軍艦隊が罠とも気づいていない証拠だが・・・。
「E波観測。宙域全体に拡散中。対E波妨害装置有効指数下がります。E波、我が艦を捉えました。ファラ級に高エネルギー反応!敵艦発砲。来ます。」
モハメド少尉の緊迫感の全く感じられない棒読みの声が艦橋に流れる・・・・。先ほどまでアリ少尉の声から比べるとオスカー俳優と大根役者程の開きがあった・・・。そのせいか戦闘の興奮から覚める艦橋要員達・・・・。
例外なくライゾウ少佐もその一人であった。
ファラ級の高エネルギー体が赤い光源を引いて巡洋艦ナチのシールドに弾かれる。艦橋に若干の振動が走る。
「各部被害報告!」
「機関異常なし!」「主砲異常なし!」「電測兵装異常なし!」「シールド発生装置許容範囲内!」
ライゾウ少佐は鼻で笑った。連中どうやら索敵手段と測距能力を取り戻したと思ってくれているらしいな。
そこに通信士官アリ少尉の報告が入る。
「敵の通信をステルスモードの索敵ドローンが拾いました!こちらです。戦況表示ホロジェクターに映します。」
戦況表示ホロジェクターに映し出された内容を見て、艦橋に居た全員がほくそ笑む。どうやらこちらの釣り針にひっかっかってくれた様だ。
「二水戦と協同で敵艦隊に砲撃を掛ける。ある程度被弾したうえで誘い込む。後続各艦に『上手くやれ』と伝えろ!それと、傍受した敵の通信を秘匿モードにして艦隊全艦に発信しろ。陸奥にはこう伝えろ『我、釣果あり!』とな!」
やはり気に食わない。だが、俺の戦隊とミッチャー戦隊が気高いお姫様を引き込んだんだと思えば悪くないかもしれん。地球連邦の勢力圏を探し回っても、あそこまでの美女はお目にかかれない・・・。うん?そういえば奴等は両性具有者だったな・・・。だが、まぁ気にもならんか。どうみても魔王の前におびき出された美姫にしか見えんしな・・。
ここまでで、大体の仕事は終わったな。勿論、誘い込んでから逆撃を加え良いように食い破ってやるがな・・・。
昏い笑みを浮かべながら、そう考えるライゾウ少佐だった。
しかし、ライゾウ少佐の考えは甘きに失していたかもしれない。この時を待ちわびた海賊どもは彼らだけではなかったのだから。
いま、美姫は魔王の胸中に誘い込まれたのである。