変調現象
自立稼働補給廠の稼働に成功したヒデト。ミヨナとの他愛のない基地管理任務。しかし、四日前から観測されている変調現象の調査に赴くことになる・・。
2017年。地球人類は異文明と、初めて接触した。広大な宇宙空間を(人類から見れば)惑星と見まごうばかりの巨大な構造体で渡り歩き、地球へと到達した『異文明』。
その巨大な構造物を地球のラグランジュポイントに置くこと三か月。極東のどうとでもない国家「「日本」」に向けて降下してくる構造物から放たれた六角柱の飛翔体。
そして、札幌上空で飛翔体の表面に現れたスクリーンに映し出された女性型の『ソレ』が全人類に向けて放ったメッセージ。
自らを『漂流者』と名乗り、提示してきた四つの言葉
「友好」「交流」「発展」そして・・「融合」・・。
広大な宇宙空間を渡り歩いてきた人類の想像を超えた「超文明」。一昔前のサイエンス・フィクションに出てきそうな陳腐な文字が人類の脳内で踊り狂っていた。
「地球標準時0600時。タカハシ・ヒデト二等軍曹。本日の任務を終了。監視業務を自立稼働補給廠警備思考回路に引き継ぎます。」
先ほどのミヨナとの、非常に疲れるやり取りから気分は抜け出せないままだったが。任務の引継ぎに当たっての態度には、緩んだ雰囲気はみられなかった。
「自立稼働補給廠第警備思考回路・・『イェク』ヒデト二等軍曹より監視業務、引き継ぎを了解・・。三日後の1400時まで監視業務につきます。」
事務的な、声変わり前の少年を感じさせる高めの音声が響き渡る。
ミヨナの本体である「生体量子思考回路」。その機能の一部である警備思考回路。本当は名前などないのだが・・・。これまたミヨナが「名前がないと、愛着がわきません!!」との、とても人間臭い理由で付けられたのだ。ま、並列の独立回路だから。生体稼働装置のミヨナとは、表立ったつながりはないのだが・・。
心なしか音声に「感情」が込められてきているような・・・?
「イェク。四日前から観測されている、北西128km地点における。微細な重力場と空間の変調現象はどうなっている?」
先ほどの自分の考えを打ち消すように。ひどく低い声で尋ねる。
「現在までのところ、四日前より重点観測地域にしてしておりますが。目立った変調現象は確認されておりません。軌道上に展開している上陸支援艦イオージマからも、報告は来ておりません。しかしながら、変調現象は消滅しておりません。」
「わかった。ありがとう、イェク。変調現象に異常が認められたら、すぐに知らせてくれ。」
「はい。すぐにお知らせいたします。ヒデト二等軍曹。休暇を楽しんでください。監視業務に戻ります。」
「ありがとう。」
四日前から観測されている変調現象。非常に些細な現象なのだが・・。自分の中の「勘」が、気を放さないようにチリチリと警告を出していた・・。
「さて、この物騒なスーツを脱いで。整備するとしますか・・。」
1400時の交代時間まで。まぁ、実際には準備や、あれこれの引き継ぎの為1330時までなのだが。
時間が余るようで余らないため、急いでスーツや兵装の整備に入らなければならない。メンテナスマシーンに任せてしまえばヒューマンエラーなど発生しないのだが・・。自分の命・・ひいては味方の命にも関わる装備は、自分でも確認をしておきたい。
変調現象の事を、頭の片隅にひとまず置いておいて。メンテナンスルームに向かうヒデトだった。
スーツ・・・・。機動強化装甲外骨格・・。日本の戦国時代の甲冑を模したような外観を持っていて、着用者の全身を隈なく装甲で覆い尽くしている。その全身は、漂流者によってもたらされたテクノロジーが使われている。高温・高圧・衝撃・極低温・腐食・・戦闘や災害時において使用者の生存が最も重要視された構造。各関節に施されたパワーユニットによって重装備を軽々と運用できる。
また、使用者の脳波と生体リンクした。頭部を中心とする各種センサー・光学観測機器が、使用者の要求に従い情報を提供する。
生体リンクと各パワーユニットが、常人をはるかに超えた反応をたたき出す。そして、任務によって変更可能なオプションパーツとバックパックユニットが多種多様に存在し。スーツの応用範囲を高めていた。
勿論、使用者には熟練した技術が求められるが。漂流者によってもたらされた科学技術の一つ。「生体転写」により、熟練技能者の技能を短時間で習得することができた。
テクノロジーが生み出した現代の「サムライ」と呼ぶに相応しいものだった。
「ふ~~。いくらスーツが個人に合わせて調整されていても、やはりストレスフリーにはならないもんだな~。」
メンテナンスルームのスーツ格納調整容器から、ちょっとした疲労を感じさせる声が響く。スーツを外したヒデトが格納容器から降りてくる。
顔の部分を除いた全身を隈なく覆う、スーツと接続するためのインナースーツ。
着用者の生体電位信号と脳内の生体パルスを的確に読み取り。着用者の動きを的確にスーツに伝える。また、インナースーツ自体も人工生体筋肉により補強されていて。単独での使用でも、常人の5倍程度の反応と筋力を実現できる。
それらに覆われた肉体は軍人らしく鍛え上げられている。身長は180cm強。体重は90kg程度。どのような過酷な任務にも耐えうるであろう鋼の肉体。
如何にも軍人らしく、今までに刻んできた軍歴を物語るような厳めしい顔つきだ。鋼のような強固な意志を宿した瞳。しかしながら、今までの経験がそうさせるのか。諧謔と諦観を含んだ目つきになっている。その為、見るものによっては優しさを感じさせる。年齢は36歳。
鋼の肉体と、経験によって作り出された。「兵士」。その見本のような存在。
しかしながら、加齢による衰えも莫迦にできない年齢になってきていた。特に・・・。頭部には・・。
その・・・。あまり的確な描写は差し控えたい状態であった・・・。
短く刈り上げられた頭髪・・の中で・・高すぎる額が・・。まぁ、「禿げてるやん!」有体に申し上げると、そんな惨状であった・・・。
メンテナンスマシーンに表示されたスーツの状況を確認し。気になる部分が二・三か所あったため、自分の要求に合うように。改善を指示する。
作業も一とうり終わり、額に伝う汗を拭う・・・。やっぱり・・数か月前に比べると・・額の部分が広がっている気がする・・・。気のせいかな・・?でも・・・。
厳めしい軍人の顔つきは何処へやら・・。少し・・いや、大分憂いを含んだ表情が症状の進行を物語っていた・・。いや、漂流者がもたらした生体科学を用いれば。簡単に「フサフサ!」にすることも可能なのだが・・。遺伝子レベルで行われた肉体強化術が、「フサフサ」にする作用を妨害していた・・。要するに。軍務に就いている間は、二十世紀から行われているような「養毛」に頼るしかないのであった・・。
やめよう・・・・。気にするだけストレスの元だ・・。ストレスは髪によくない・・。気にしないようにしているのだが。補給廠の内壁は磨き上げられた鏡のような状態だから、自分の姿がしっかりと映る。見上げればそこに・・。「禿が!!」
畜生、まだ前線で任務に就いている方がストレスがないんじゃないのだろうか?こうも、あからさまに自分の姿を直視する状態は結構厳しいもんだな。
そんなヒデトのクダラナイ思考を(まぁ、本人にとっては至って深刻なのだが・・。)かき消すように、甲高い警告音と共にイェクから連絡が入る。
「変調現象の拡大を確認。上陸支援艦イオージマより観測ポッドが発進しました。」
「イェクより、ミヨナに連絡終了。ミヨナ。サクヤと対応協議中。」
「ヒデト二等軍曹への命令が発令しました。『変調現象拡大の調査を命じる。長期間の調査・観測に必要な装備の使用自由。ミヨナおよびイェク、イオージマ司令部と協議し必要な対策を講じるように。なお、人員の増員は現時点では認められず。現地調査後の状況にて判断する。』以上です。」
これから三日間の休暇を、どう過ごそうか考えていたヒデトの頭に。いま、一番聞きたくない警告音とイェクの声が入ってくる。正直に言って気持ちは沈んでしまう。しかし、軍人としての思考が状況に対する対応策を急速に纏めていく。
「ヒデト二等軍曹。命令受領。ただちに協議を行い、現地にて調査に入ります。」
イェクによって繋がれた、上級司令部とサクヤとの回線を切りながら次々に判断を下し、必要な装備をミヨナ・イェクに指示を出していく。
「ミヨナ。現地調査期間を一か月程度に見積もり、必要と思われる装備を準備してくれ。重装備は必要ない。調査・観測機器を十分に・・。スカウトドローンを普段より5割増しで準備。飛行・地走両方だ。」
「イェク。イオージマのチャン艦長に連絡をつないでくれ。それとイオージマが出した観測ポッドの詳細をこちらに転送。観測ポッドからのダイレクトリンクもつないでおいてくれ。」
指示を出しながら、次に必要な行動を考る。スーツの装備を長期間斥候工作任務仕様に変更する。長期間の調査が指示されたため、単独での長期間斥候仕様・・敵地に単独で潜入し、情報を持ち帰る。または、重要施設の無力化・重要人員の無力化・・が最も任務にあっているであろう。
「ミヨナ了解。戦闘用重装備を外します。現地までの移動用・観測地点設置の為、大型機動装甲輸送車タウロスに設営・メンテナンス装備を準備致します。」
「イェク了解。イオージマへのリンク完了まで二分。観測ポッドダイレクトリンク完了。ヒデト二等軍曹装備スーツ及びタウロスへ回線つなげます。」
「ありがとう。ミヨナ、イェク。それと、ミヨナ。装備の中に近接戦闘用ブシ装備を入れておいてくれ、どうにも勘がな・・。必要ないとは思うんだが・・。」
「了解致しました。ブシ装備を配置。専用メンテナンス機器をタウロスに用意します。それと・・百式大型狙撃銃も用意いたしましたが・・・。」
「百式を・・?わかった、必要な場面がないことを祈りたいな・・。ありがとう、ミヨナ」
ミヨナと配備装備についてやり取りしながら、先ほどからチリチリする感覚が気になっていた。戦闘装備は必要ないのだが・・。「勘」がどうにも必要と訴えていた。
「イオージマへのリンク完了。投影スクリーン準備、チャン艦長出られます。」
イェクがイオージマとのリンクを完了していた。何もない空間に三次元映像投射でスクリーンが現れる。
イオージマの艦橋部で忙しく働いている艦橋スタッフ。その中心で、40代前半の男性が映し出される。
「久しぶりだな、ヒデト。ミヨナとよろしくやっているか・・?」
「お久しぶりですチャン大佐。いきなりそれですか・・?えぇ・・。まぁ、それなりには・・。」
「そのようだな。誠に宜しい!」
スクリーン上のチャン大佐が、何とも言えないニヤケタ顔つきでヒデトの背後に視線を飛ばす。
その、ヒデトの背後では。光の速度を何らかの方法で超えたのであろうミヨナが、「え、そんな・・!」などと身もだえながら大佐の視線を受けていた・・。
「大佐。状況は分かっておられるんですか・・・?」
ミヨナが上げる声と漂ってくる雰囲気を、なるべく意識しないように声をかけるひでと。
「ああ、変調現象の事だろう。こちらでも観測している。今、取れているデータを見る限りではそんなに慌てるほどでも無いと思うがな・・。しかし・・ちょっとな・・。」
ヒデトの咎めるような声音にまったく動じずに答えるチャン大佐。先ほどのからかう様なものは一切なく。艦を預かる艦長としての雰囲気を纏っていた。
「大佐もですか・・・?」チャン大佐も、ヒデトと同じような「嫌」なものを感じているらしい。
「何かな・・・。こう、次元潜航艇に待ち伏せされている宙域に差し掛かった時に感覚が似ているんだ・・。調査は慎重にな。なに、軌道上からしっかりとサポートしてやるさ。いつものようにな。」
親しみやすい笑顔を浮かべてはいるが、これでも歴戦の航宙駆逐艦乗りだった。戦歴は凄まじいものがあったが、戦傷と功績により二年前からイオージマの艦長に着任している。
ヒデトの所属する部隊も、イオージマに配属されている為。二年前からの仲だと、周りからは思われている。なんで、大佐と二等軍曹が親しいのかには訳があった。
ヒデトの歳の離れた幼馴染が、チャン大佐と航宙軍兵学校同期で。かつ、三人でよく「悪い事」をした仲でもあり、イオージマで上陸作戦を共に戦った「戦友」でもあった。
「そう言っていただけると安心します・・。上から見て頂けるだけで、どれだけ心強く戦えたか・・。」
そう、声に出すひでと。
「ただ・・。他にも面倒を見なきゃいけない補給廠があるから、今のところは観測ポッドの24時間運用しか支援が出せん・・。お前さんの交代要員の選定も始まったばかりだ。五か月前の他星系上陸戦の損害がこっちにまで響いている・・・。正直、手数が足りん。だが、どうにもならん。そうゆうことだ・・。納得しろ。」
苦虫を噛み潰したような顔つきで言われたなら、渋々納得できるのだが。大佐の表情と声音は、実にさっぱりとした嫌味のないものだった。そういえば、初めて三人で「悪い事」をして。二十人程度のチンピラに囲まれた時もこんな感じだったな。
「了解しました。これより任務に就きます。」これから向かう任務の事に考えを向けながら通信を切ろうとしたが・・・。
「あぁ。ミヨナちゃんは留守番だwヒデトが居ないのは寂しいと思うが、命令だ。「「二人きりの」」一週間の報告も聞かなくちゃな?・・個人的にな・・!」
「そんな・・!二人きりの一週間なんて・・・。」
さらに、身もだえ。クネくね始めるミヨナ・・・。「優しい」だの、「逞しい」とか、「可愛い」との単語と笑い声が聞こえるが・・・。
「俺の人生・・何処で間違ってしまったんだ....?」全てを聞こえない振りをしながら
一人寂しく呟くヒデトであった。