旅路
これから第三章に入っていきます。異世界の生活に慣れ親しんできたヒデト。その存在は隠し通せるものでは無くなってきます。各勢力・勇者・異世界人などが彼に敵として、あるいは味方としてかかわって来るでしょう。
彼は『地球』に還れるのでしょうか?その髪の行方は・・・?そして!!女性関係は!!(ま・・無理ですけどね)
ではまた。『旅路』宜しくお願い致します。
豊かに実った小麦畑が、少し寒さを感じさせる風に吹かれて稲穂を揺らしていた。黄金色に彩られた畑の中に、その風を受けて回る大きな風車小屋もいくつか見える。一年を通して天候に恵まれた小麦畑は収穫の作業で賑わっていた。
作業に着く誰もが笑みを絶やさず、豊かな実りを与えてくれたそれぞれが信奉する『神』に、感謝の祈りを捧げていた
ここは農業都市『ヤカズ』。ロゴウ大陸北西部に広がる一大穀倉地帯を持つ『スフラ連合王国』を代表する交易拠点。大陸を縦走する『冒険者の街道』の数ある大都市の中の一つだ。
その黄金色の小麦畑の中を通る『冒険者の街道』。交易拠点である『ヤカズ』に通ずる道であるから、十分な大きさを持っていて、幅3メノ程度の荷馬車が行き交ってなお歩行者が余裕を持って歩ける幅があった。行き交う人々に紛れて、フードを深く被った男が大きな荷物を背負いながら『ヤカズ』に向かって歩いていた。
『冒険者の街道』を行き交う人の中でもひと際目立つ格好ではないが、その背に背負う物は背嚢では無く。大きな何かの金属で出来ているような見た目だった。
その『箱』の様な物の左側には、少し反りのある1メノ半程度の長さの大きな刀剣が収まっていて。その反対にはテントの支柱の様な、2メノ程度の長さのモノが布に包まれて括り付けてあった。
膝までを隠すローブから突き出た脚甲が随分と汚れており、この男が長い旅を歩きで来た事を物語っていた。
もうすぐで『ヤカズ』の大きな門が見えてくる距離まで歩いてきた男の20メノ前で、荷台に小麦の束をいっぱいに積んだ荷馬車が傾いていて、道端に小麦を散乱させていた。どうやら、後輪の車軸が折れてしまった様だ。街道を半分占拠してしまい、人々の流れが滞っている。
この荷馬車の持ち主なのだろう。折れた車軸を前にして疲れた様子の母娘が立ちすくんでいた。街道上に居た母娘の知り合い達が、何とかしようとしているのだが車軸を交換するには小麦を下ろさなければならなかった。時間を掛ければ何とかなるのだが、往来を妨げられた人達の発する言葉が険悪な雰囲気を醸し出していた。
「おい!早くどかせよ!今日中に終わらせなければならない仕事があるんだ!」
急いでいるのだろう。幌を被った大きな荷馬車の御者台から20代に見える大きなオークが声を張り上げる。
「そんな文句を言うなら、手伝ってくれてもいいだろう!それとも、その図体は飾りかい!!」
母娘の知り合いだろう40代の気風の良い女が言い返す。
そんなやり取りを見て、動揺する母娘。かといって、この事態を上手く纏める事は出来そうにもない。ますます険悪な雰囲気が高まり、救いを求める様に周りを行き交う人々に視線を送る母娘。しかし、誰も目を合わそうとしない。
「俺で良かったら手伝うよ。車軸を交換するまで荷馬車を支えればいいんだろう?そこのオークの粋な兄さんも手伝ってくれないかな?タダでとは言わないよ。」
深いフードを被った冒険者らしい男が、人込みを掻き分けながら前に進み出て来て、文句を言っていたオークにも手伝ってくれるように頼み、手に持っていた酒瓶をオークに向かって投げる。
「おい!!酒はもっと丁寧に扱え!!」
投げられた酒瓶をしっかりと受け取りながら、酒の取り扱いについて文句を言う。
「まったく・・・。お・・?こいつは・・・・?!」
酒瓶にマークされたレリーフを見て驚くオーク。
「酒好きなオークなら知らない筈は無いと思うがな・・・?」
「『チャストリトン王国王立オプラス醸造所』・・・?!異世界から召喚された者がもたらした酒・・ウィスキー・・!オプラス・ウッドじゃないか・・!!何処で手に入れた・!!」
少し歪な形をしたボトルを見ながら、自分のバックにしまおうとする。
「物知りだな・・・?おっと・・、全部やる訳じゃない・・。俺もまだ口を浸けていないんだ。こいつを片付けたら町の酒場で開けないか・・?」
呆気に取られている母娘や、周りの人々そっちのけでウィスキーの話をしながら荷馬車に取り付く。
「そうか・・・!!初物か!!こいつはついてるぜ!おっと・・、さっきはすまなかった。ここんところ仕事が上手く行ってなくてね・・。つい、辛く当たってしまった、すまんな・・・お嬢ちゃん。こいつを持っていてくれないか?おっと・・、気を付けてくれよ・・?こいつ一本で20ゴルキはする値打ちもんだ。」
さっきまでの剣呑な雰囲気は何処へやら・・。ウイスキーボトルを娘に渡し、傾いた荷台を持ち上げようと荷馬車の後部に向かって歩いてゆくオークだった・・・・。
沈む夕日に照らされた農業都市『ヤカズ』。その中心街から少し外れた場所に、宿場街と一緒になった酒場や食堂がある。
いつもなら利用する客は冒険者や商人、旅人だけなのだが。この季節に限っては、収穫作業で疲れた体を癒しに農家の人々が訪れて、普段味わえない料理や酒(子供達には珍しいお菓子など)を楽しんでいて、大いに賑わっていた。
その宿場街にある一軒の酒場『酔いどれ雌鶏亭』も大いに繁盛していて、喧騒に包まれていた。けれど、店内のカウンターに近いテーブルに腰かけたオークと、深いフードを被った冒険者風の男は、その喧騒とは無縁に琥珀色の液体の入ったボトルを静かに楽しんでいた。
「こいつは・・・・うん・・。素晴らしい。樽で熟成された香りも格別だが、咽喉を通る時に鼻から抜ける香り・・腹で感じる酒精・・舌を優しく転がってゆく琥珀の液体・・。言葉が無い・・。」
街道上で不機嫌な態度を示していたオークとは思えない程、落ち着いてウィスキーを楽しんでいる。
「確かに・・・。言葉で語るより味わい感ずる物だな・・・。オプラスからの旅の疲れが癒されてゆく・・・。」
オークの言葉を耳にして、穏やかな表情で手に持ったグラスを傾けながら共感の言葉を漏らす。
「いや・・・・すまない。こんな素晴らしい物を頂いて・・。そうだ!名乗りがまだだったな。俺はゲルガン、ゲルガン・モーゼカ。冒険者だ。」
「そう言えば・・俺もまだだった。すまない。ヒデト・・ヒデト・タカハシだ。冒険者だが・・ほとんど運び屋だな・・。一応、オプラス冒険者ギルド所属だ。」
お互い手に持ったグラスを掲げ、挨拶を交わす。
「しかし・・。オプラスからヤカズに何しに来たんだ・・?俺が言うのも何だが、ヤカズの冒険者ギルドの規模は小さいぞ。その代わり農業系ギルドは繁盛しているがな・・・。」
「ああ。スフラ連合王国の統治が行き届いていて、治安も良い。魔獣や災害獣の出現も少ない。確かに冒険者が好むような仕事はあまりありそうにないな?」
「そうなんだよ・・。5年ぐらい前に『異世界』から『勇者』や『異世界人』が召喚されるようになってから、冒険者を頼る様な事柄が少なくなってなぁ・・。依頼と言えば『貴重品の配達』や『収穫期の作業手伝い』ばかり・・。時たま山賊なんかがでても、アッとゆうまに退治されちまう・・。」
酒精が入って口が緩くなり、つい愚痴が出てしまう。
「それで、今回の仕事が終わったら移籍しようと考えているんだ。オプラスから来たなら向こうの状況を知っているだろう?良かったら聞かせてくれないか?」
「そうだな・・。ロゴウ大陸東部諸国はチャインズ人民共和国が起こした紛争のせいで混乱している。冒険者の仕事も多いが、どちらかと言うと『傭兵』向けだな・・。血生臭い依頼ばかりだ。報酬は高いが、払う犠牲も少なくない。
俺が所属しているオプラスでは、魔獣や魔物の退治の依頼が多い。新しい農業技術や作物、加工品のお蔭で人口が増えていてな。その人口を支えるために魔物の領域を開拓しているんだ。ま、魔物にしてみればたまったもんじゃないよな・・・?」
腰に吊るしたポーチから球形状にカットされた氷をグラスに優しく落とす。氷で埋められたグラスに琥珀色の蠱惑的な液体をグラスの七文目まで注ぐ。
「おいおい・・。そんな飲み方は邪道じゃないのか?」
自らの信ずるものを汚されたような顔つきになるゲルガン。
「あまり酒精に強くないもんでな。『異世界』の人に教わったんだ、案外いけるよ?オプラスに行くなら紹介状を書いてもいいぞ?ま、中の下のランクだから身元保証ぐらいにしかならんが・・。」
グラスを軽く回し、琥珀の中に浮かぶ氷を見ながらゲルガンに提案する。
「有り難い。そうと決まれば明日にでも発ちたい。紹介状、宜しく頼むよ。」
「なに・・、大した事じゃないさ・・。じゃ、明日の夜明け時にヤカズ冒険者ギルド前で。」
「おいおい・・有り難いが、まだボトルには酒が残っているぞ?」
「言ったろ・・・?あまり酒精が強い方じゃないって・・。残りは楽しんでくれ。いい宿屋を知らないか?」
グラスに入った酒を一気に呷り、宿屋について尋ねる。
「いいのか!!悪いな・・!宿屋なら、ここを出て右に30メノ程歩いた先にある『明日の空亭』がいいぞ。ここらじゃ一等清潔だし、飯も旨い。3シンギ60ドウラだ。」
「ありがとう。じゃ、明日ギルド前でな。」
「ああ、酒の恩は忘れない。良い夜を・・」
そう言ってグラスを此方に掲げながら挨拶を送って来る。
ゲルガンの挨拶を背に受けながら、いまだ終わりそうにない収穫の喜びに沸く『酔いどれ雌鶏亭』を後にするヒデトだった。
ゲルガンから教えてもらった通りに、『明日の空亭』を目指して歩いてゆく。5m程の幅のある通りの両側は食堂や酒屋が並んでいて、収穫の喜びに沸く人々の喧騒で溢れていた。
『酔いどれ雌鶏亭』を出て直ぐに目的の『明日の空亭』の看板が見えてくる。魔法の明かりで照らされている様だ、店の軒先から明かりが看板に向かって注いでいる。しかし・・ライトアップなんて技法を何処で知ったんだろう?
そういえば、周りの店も同じようにライトアップされている。更に宿屋外の先には猥雑な雰囲気が漂う、紫や赤のネオンの様な蛍光色が点いた看板のある店もある。
その明かりが、まるで誘蛾灯の様に誘って来ていた。『夢魔の館』『蛇姫城』『オークの娘』『妖精の森』『両性の天使達』『蜘蛛女の巣』などなど・・・・。
あまりにも強烈な言葉が羅列された看板に見入る。その看板の下では、それぞれの看板に恥じない美しく妖しい者達が、狂力な媚態で誘いをかけていた・・・。
酒場で一杯ひっかけた農夫達が3,4人で『夢魔の館』に入って行き。反対の『蜘蛛女の巣』には、顔を真っ赤にした若い商人がアラクネらしき美女に捕獲されるように入って行っていた・・。
そして、気が付けば『両性の天使達』の店の目の前に立っていた・・・。店の入り口の両側に広がった踊り場に、美しい有翼の天使達が魅力的な衣装を纏い、此方に誘惑の視線を送って来る・・。
「あら・・。そこのフードを被ったお兄さん・・?天界の夢を見てみない・・?」
「鎧を着こんでいてもわかるわ・・。素敵な躰ね・・。私と一緒じゃおいや・・?」
降りかかる恐ろしく蠱惑的な誘惑の雨。今までの戦場経験でも、ここまで心拍があがったことは無かった・・。
軌道上の支援艦艇が撤退してゆき、惑星上に取り残された時も。圧倒的な対空砲火の中を降下しなければならなかった時も。ゴリウスの筋肉達磨共一個中隊に包囲された時も・・・
それなのに此の高ぶりはいったい何なのだろう・・・?!自らの気持ちの整理がつかず、返事を忘れていると・・・・・。
「あれぇ・・・?お兄さん、もしかして男の方が良いのかしら・・?一応、両方に応対できるけど・・。体つきは変えられないの。御免ね・・?」
175cm・88(アハト・アハト)cmディ~かっぷの金髪・ショートヘアの天使が囁く。
「どうやら、そうじゃないみたいよ?恥ずかしがっているみたい・・。」
180cm・90cmすぃ~かっぷの男装の麗人の様な、淡い緑の髪を縦まきロールにした天使が返す。
「もしかして・・・・?!ドウ○○・・・!?まさかね・・・?」
と、160cm・100cm・・・?!えふゅかっ~~~~ぷ!!??の見事な二つの果実を実らせた赤毛のロングヘア天使が、媚態を造りながら呟く・・。
「怖気づいちゃったかな・・・?初物君・・・?」
それに対しての男装の麗人。
良し!!君たちは言ってはならぬことを口にした!!いいだろう!そこまで罵られては男が廃る!今こそ!我の『力』を見せる時が満ちた様だ・・・。だが、『敵』は強大で強力、さらに巨大だ・・!!それでもなお!!進まねばならん!!見守っていてくれ!!
遠く・・宇宙の海に散っていった戦友よ!!・・故郷で帰りを待つ家族よ!!(いないけど・・・。)止めてくれるな・・・おっかさん!!!(会った事無いけど・・・)
いざ!!いざ!!!地球連邦宇宙軍!!空間降下兵二等軍曹!!高橋 秀人!!!推して参る!!!!
これ以上に無い早鐘を打つ心拍を脳内で感じながら、ありとあらゆる脳内物質を分泌させたヒデトが、悪魔・・・いやさ、『両性の天使達』に挑もうと歩を進めようとした時。
通りの暗がりからか細く、美しい声が呼びかけて来た・・・・。
「もし・・・・?昼間、助けて下さった冒険者の方ですね・・?」
暗がりから姿を現しながら、荷馬車が壊れて困っていた30代の女性が歩み寄ってくる。
「貴女は・・。昼間の荷馬車の母娘の・・・・?」
先程までbeatを刻み続けていたheartは鳴りを潜め。脳内物質でブットンデいた脳も急速に熱を冷ましていた。
「ええ・・覚えていて下さいましたか!!困っている所を助け頂いたお礼も申し上げる事も出来ずに、心苦しく思っていた所。『酔いどれ雌鶏亭』から出てくる貴方様を見つけ・・・その・・お声がけ致したかったのですが・・・・。」
猥雑な明かりに照らし出された通りに視線を巡らせながら言いよどむ。
「ちょっと~~!いい感じに盛り上がっていた所でちょっかい出さないでくれるオ・バ・サ・ン!!」
こちらの遣り取りを聞いて居たエンジェルス金髪がアハト・アハトを見せつけながら文句を言ってくる。
「おおおおおおおぉお!!!オバ…おばさん!!!!」
落ち着いた雰囲気は何処へやら・・・背後に世紀末覇者の様なオーラを巻き上げながら、エンゼルゴールドに殺意のハドウを放つ。
「そうよ?あらあら・・?自覚してなかったの?呆れた・・。そんな弛んだボディで上客を取られちゃたまんないわ。子持ちばばぁ。」
エンゼルスグリーンが、見事なプロポーションを魅惑的に揺らしながらからかう。
「弛んだ・・・・?!ボディ・・・?!!子持ち・・・ば・ば・ぁ~~~!!!??」
一語一句確認するように、ゆっくりと呟き。噴出する怒りをマグマの様に溜めている・・・。
「え・・・・?鏡が無いのかしら・・?哀れね・・。自分を見れないなんて・・『女』として終わっているわねぇ~~。もう、妊娠も出来ないかな・・・?残念~~~~ww」
最終兵器を持つエンゼルえふゅ~~~かっぷが、止めとばかりに恐るべき言葉を掛ける・・・・!!
最早・・・・戦いの場は宿場街の真ん中に移され。三人の有翼の美女達と、脂が載った女ざかりの淑女の戦いの火蓋は落とされようとしていた。
「待った・・・・!!待った・・・!!!これじゃあ見世物だ。お姉さん方!今回は申し訳ないけど、
これで勘弁してくれないかな・・・?それと、昼間の貴女!用があるのは俺にでしょ?ここじゃ何だから酒場に行こう!」
恐るべきオーラの遣り取りに呆れ。スフラ連合王国鋳造1ゴルキ金貨を、それぞれのエンゼルスに投げ渡す。
エンゼルスが受け取る瞬間を見計らい、声を掛けてきた淑女を軽々と抱え上げ、酒場街に向けて走り出す。
「「「豪気だね!!お兄さん!!そのオバサンで満足出来なかったらまた来てねwwう~~~んとサーヴィスしちゃうから!!勿論・・・さ・ん・に・ん・で・・・ねww」」」
「オバサンは撤回しなさい~~~~悔しい~~~~!!!」
昼間の淑女を抱え、走り去るヒデトの背に。エンゼルスの甘美な誘惑の弾幕射撃が降って来る。その射撃を掻い潜って、ヒデトの腕の中に居る淑女も反撃の対砲迫射撃を返すのであった・・・。
宿場街に隣接する酒場や食堂が、収穫を祝う人々で溢れかえっていた時間は過ぎ。家庭を持つ者達は、少なくない満足を抱きながら、家族と一緒に家路に着く時間になっていた。
喧騒の気の引けた一軒の酒場『黄金の稲穂亭』。収穫期の騒ぎで儲けたマスターが人の気配を感じ、入り口に目を向けると、深いフードを被った冒険者と、その腕に抱えられた30代の淑女が入ってきた。
何か一波乱あった様子に見えたので、一言挨拶を言いながら『店内でのもめ事は御免です』と、告げようとした所。冒険者が奥のテーブルを示しながら1シンギを投げて寄越したので、何も言わずに案内し注文だけ聞いて引き下がることにした。
「で・・・・。何の用事があったんだっけ・・・・?」
お互いが落ち着いて話せるように、黒フィとゆう名のコーヒーに似た飲み物を注文する。
「私って・・・そんなにオバサンですか!!?弛んでますか・・・!?」
黒フィに目もくれず、いきなり立ち上がり熟れた肉体を見せつける様にポーズを取り、鬼気迫る勢いで尋ねてくる・・・・。
「いや・・・・・・。そんな事はないかと・・・。あのねぇ・・・そんな事が本題なの?」
一通り目線を走らせ、素直な感想を漏らす・・・。しかし、脳内のある部分が『そんな事は問題じゃないでしょ』と、冷静なツッコミを入れてきたので、もう一度尋ねる。
「申し訳ありません・・!?取り乱してしまいました・・・。セリア・レイネスと申します。昼間はありがとうございました。お名前も聞けず、お礼も出来ずじまいで・・・。」
少しは頭が冷えたようで、席に腰かけ。改めて挨拶をおくるセリア。
「いや、そんなに大したことじゃないさ。おっと・・、ヒデト。ヒデト・タカハシだ。名前を告げるほどの事じゃないと思ってね。」
「いえ、大変助かりました。こんな醜態をさらしていてなんですが・・・、もし宜しければお礼をしたいのですが・・?大した事は出来ませんが、主人が是非にご挨拶したいと・・・。」
「そうかい?こんな所まで足を運んでくれたんだ、其の好意を無下にする訳にはいかないか・・?そうだ!この辺りの事には詳しいんだろう?ヤカズに来たのはいいが、話を聞ける者が居なくてね・・。話が聞ければ有り難い。」
宿屋の者に話を聞こうと思っていたから、都合が良い。それに亭主がいるなら変な誤解を招く事も無い。
「ええ。主人は農業の他に冒険者紛いの事もやっておりまして。それなりにお話が出来ると思います。それでは、ご案内いたしますので私についてきてくださいますか?」
「よろしく頼みます。では、行きましょうか・・。」
『黄金の稲穂亭』の従業員に少し多めの黒フィの代金を渡し、セリアに付き従って店を後にするヒデトだった・・。
ビヘナ村での開拓から凡そ三年が経ち、すっかりこちらの世界に馴染んでしまったヒデト。ペトーサ達と協力しながら荒れ地や森を切り開きながら開拓を進め、時たま現れる魔獣を討伐しながら汗を流す毎日。
農業技術に対しての知識はあまりある方では無かったが、チャストリトン王国に10年前に異世界から迷い込んだ人物が農業の知識を持ち合わせていたらしい。
ノーフォーク農業を行ったり、ドワーフと薬剤師、錬金術師などとウイスキーを作り出したり、その知識を生かして大規模ガラス生産なども、この世界にもたらしていた様だ。
開拓した場所はノーフォーク農業を取り入れた大規模農地に変わってゆき。そこで上がる利益を使ってオプラスに居た貧困層を雇い入れ、更に開拓を進める。
農作業に従事する人が増え、ビヘナ村の周りに集落が作られる。人口が増えれば、それを目当てに商人がビヘナに店を構える。其の商店に大規模ノーフォーク農業で収穫されたモノが持ち込まれ、取引される。
商品を運ぶために荷馬車隊が組織され人が必要になる。また、人が必要になりビヘナ周辺の魔族や辺境部族から人を募る。またまた農業規模が拡大し、開拓が進む・・・・・。
開拓に伴う開発や人口の流入により、普通なら衛生環境が悪化し疫病などが発生するのだが。ビヘナ近隣の湿地帯に生息していた特異なスライムの発見が、それらの問題を解決してしまう。
ヒデトを含む冒険者達によって発見されたこのスライムは、大規模農家になって暇になったペトーサとレリッヒ母娘が研究者達を招き、研究・改良する事によって有機生物が出す排泄物を吸収分解し、増殖。その際に農業にとって重要な肥料になる尿素を体外に排出する、都市と農村にとって無くてはならないモノになっていた。
この研究成果とスライム改良法は、チャストリトン王国とギュイドラン魔道王国にももたらされ。食料生産に於ける一大革命を起こし、諸外国から注目されることになる。勿論、その立役者たるペトーサ母娘には莫大な資産が集まることになった。
また、人口増による飲料水の確保が必要になったのだが、近隣に大規模河川が存在しないビヘナでは難しいとヒデトは考えていたのだが、簡単に解決してしまった。
その解決法とは、水の精霊神を祀る神殿を建立し、精霊神に『お願い』し大きな貯水池に雨を降らせてもらえるようにすること・・だった。
あまりの斜め上の発想に呆れかえったものだが、此方の世界では当たり前の事らしい・・・。勿論、規模に合わせて『贄』が必要なのだが、基本『敬虔な祈り』が重要らしい・・・。それで、『神』は上位世界で力を得るそうだ・・・。
ペトーサとレリッヒは手に入れた資産で研究機関を設立。各地で資金難の為、生活と研究に窮していた研究者達を招聘する。潤沢な資金を与えられた研究者達は次々に新たな技術や魔術を開発し、その研究成果で得られた資金をペトーサ母娘に還元する。
更に巨大になった資産を用いて、無償で教育機関を立ち上げる。後世に大き影響を与える『アルーザク共生学園』の誕生である。
ヒデトが開拓を進めてから三年で、辺鄙な開拓村でしかなったビヘナは『チャストリトン王国』『ギュイドラン魔道皇国』両国にその名を轟かす大都市に変貌していた。
『アルーザク共生学園』の本校舎から少し離れた場所に、美しく手入れされた芝生に囲まれた二階建ての荘厳な建物が建っていた。
その荘厳な建物の一室。『アルーザク共生学園理事長室』に特徴的な美しい肌を持った二人の女性が会話を行っていた。
「そう・・・・ヒデトはスフラ連合王国に向かったのね・・・?」
落ち着いた雰囲気を持つ女性が、十代後半に見える美しい娘に確認するように尋ねる。
「ええ、一か月前に旅立っていたみたい・・。キャストンが確認したわ。連れ戻さないの・・・母さん・・?」
理事長席から立ちあがり窓際に立つ母の表情は確認できない。しかし、母娘だからこそ母の気持ちが、その立ち振る舞いから感じ取れる。
「母さんには難しいわね・・・。あなたもヒデトの秘密を知っているなら、彼の思いは分かるでしょう・・・?」
「でも・・!母さんは良いの・・?!『異世界人』だとしても・・私は構わないわ・・!!」
エレガントなレースを施されたドレスを翻しながら、母に詰問する。
「そうね・・・。母さんも構わないけれど・・彼の意思を覆す事は無理でしょうね・・・。レリッヒ・・あの日、秘密を打ち明けてくれたヒデトの気持ち・・あなたならわかるでしょう・・?私達を護るためならばどの様な事でも厭わないでしょうけど・・・ここは、彼の世界では無いわ・・。」
「それが母さんの答えなのね・・・・。いいわ!私は、私なりの方法でヒデトを繋ぎとめて見せる!!彼が居なかったら私達母娘は・・・・。」
そこまでで言葉を止め、理事長室を出てゆくレリッヒ。
「レリッヒ・・・私だって、ヒデトを繋ぎとめておきたいわ・・・。でもね、それではお互いがダメになってしまうの・・」
秘密を打ち明けられた翌日。ヒデトの小屋に押しかけ彼を引き留めようと、薬を盛り無理矢理に関係を持った時を思い起こしながらヒデトの事に思いを馳せる・・・。
その思いを水の精霊神が受け取ったのか、いつの間にか降り始めた雨が窓を叩いていた・・・・・。