邂逅
遅くなりました。そろそろ第三章に移行しようと思っています。なかなか派手な戦闘場面が無く、盛り上がりに欠けているような・・ww勘弁してくださいww
では、また。
全ての夜を歩むモノに、加護を与えてくれる月の光を遮っていた積層雲が。朝にかけて強まり始めた風によって吹き散らされ、深い森に包まれた遺跡を朝焼けの光によって照らし出し始めていた。
その遺跡の中央部。ヒトの手によって後から手を加えられた礼拝堂を突き破って出てきた影に、朝焼けの光があたり、異形のモノが顕われていた。
全高17m程度、全長25m、全幅7m。その姿はバッファローを巨大化し、頭部に単眼を備えた神話の怪物に見えた。
「なんだ・・?あれは・・・・・?!」
ヒデトの知る世界では、ゲームの中にしか出てこないモンスター。仮想世界ゲームで得た知識を振り絞って、異形の正体に近い怪物の名前が脳裏に浮かび上がる。
「カトブレパス・・・!『終末の獣』の召喚にしてはレベルが低い方だ・・。」
腰に付けられた魔法具からカドイの声で、怪物の名が告げられる。その名前はヒデトの知っているモンスターと同じ名前だった。
「だが・・・。今現在の装備、人員では手ごわい強力な魔獣だ・・。くそ・・!『希望教徒』がここまで勢力を拡大していたとはな・・。誤算だった・・。」
魔法具からサラの悔悟に満ちた言葉が流れ出る。
「全部隊、対魔法防護最大!狙撃班はカトブレパスに対して攻撃を集中!頭部・・あのデカイ目を狙え!突入班は速やかに撤退!邪眼の効果範囲30メノから離れろ!外部班!現状を増援部隊に報告!『救援を乞う!』と伝えろ!」
状況を認識したサラが、各部隊に現状で出来る的確な指示を出す。
サラから命令を受け取った事により、ちょっとした混乱から回復する。(混乱とゆうより、ゲームの中のモンスターを現実で見た事による興奮だったが)
改めて、カトブレパスを見る。仮想現実のゲーム世界では味わえない『リアル』な存在感と、圧倒的な重圧、発散される殺気。様々な要素により組み上げられた『異世界』の怪物。
カメラと様々な検知機器によってスキャンされたデータが、ディスプレイ上に映るカトブレパスに重なってゆく。検知機器の中で最も大きな反応を見せるE波検知装置が、ヒト種では考えられない程の数値を出していた。
そのカトブレパスに矢が向かってゆく。命令を受け取ったダークエルフのアーチャーが放った物の様だ。
外壁の回廊から30m程度しかないため、直ぐにカトブレパスに届く。正確な照準と、適正な弓の取り扱いが、放たれた矢に見事な軌道を描かせてカトブレパスの単眼に突き刺さる・・・寸前で障壁の様なものに弾かれる。
矢が弾かれる直前、カトブレパスの頭部にE波を示す明るい黄色が顕われる。どうやら何かの防護魔法を展開した様だ。
「狙撃班!奴は強力な防護結界を頭部に掛けている!魔法の矢を使え!無ければ撤退するんだ!通常の弓では障壁を突破する事は難しいぞ!」
その光景を見ていたのか、魔法具からサラの緊迫した指示が入って来る。
その指示を聞いて、思い出したかのようにダークエルフの射手が魔法の矢を取り出し、素早い動作で狙いを付け、再び放つ。
美しい軌道でカトブレパスの単眼に向かって行き、防護障壁と接触する。前回の様には弾かれず、魔力同士と思われる障壁との反発現象を起こしながら、内部に向かって突入して行く。
だが、障壁で矢の威力を弱められ角度も狂わされた様だ。カトブレパスの単眼を逸れ、その下の鼻に当たり厚い外皮に軽い傷をつけて弾かれてしまう。
所詮ヒト種の放つ武器などでは傷つける事など出来ない・・と、油断していたのだろう。僅かとはいえ、障壁を突破して体に傷をつけられた事に怒りを覚えた様だ。
小癪なダークエルフの射手を見つけ、ただでさえ大きい単眼を開き睨みつける。瞬間、ヒデトのディスプレイ上のE波の数値が急激に跳ね上がる。
睨みつけられた先のダークエルフは、カトブレパスの視線から身を護る様に咄嗟に左手に嵌めた指輪をかざす。
その指輪から通常のカメラでも捉えられる虹色の光が流れだし、ダークエルフを包み込む。だが、カトブレパスの邪眼を防ぎきれなかった様だ。虹色の光は輝きを失い、ダークエルフの膝まで石になってしまっていた。
自信を持って放った自慢の石化邪眼が防がれ、完全に石化できない事を見て取ったカトブレパス。更なる怒りを単眼に溜め、礼拝堂を破壊しながら、その巨体をダークエルフに向けて突進させる。
「ペトーサ!その場から離れろ!」
サラの絶叫が響き渡る。
サラに言われるまでも無く、ペトーサは腰に吊るしたバックから魔法薬を取り出し、石化した膝から下に振りかける。
薄い緑の光が立ち上り、石化の状態から回復する。しかし、足を動かすことが出来ない。見た目では石化が解けているのだが、どうやら麻痺の状態異常が残っている様で、もがく様にしか動かせなかった。
小癪なダークエルフのもがく姿を単眼に捉え、哀切の表情を顕わすカトブレパス。速度を維持したまま外壁に突入し、ダークエルフを吹き飛ばすまで数瞬も掛からない。
自分が吹き飛ばし、命の灯を消し去る哀れな犠牲者の最後を見ようと、眼を細めながら下を見下ろす。自らの強靭な前足が激突する瞬間に影が横切り、ダークエルフごと自身が作り出した外壁の崩壊の中に消えていった。
目前に迫ったカトブレパスの突進を見ながら、覚悟を決めるペトーサ。自らの人生を切り開くために故郷を離れてから、今までの事が断片になって瞬間的に思い出されてゆく。
まるで伝説の時間支配の魔法を掛けられたように、ゆっくりと動く世界。今までの人生に後悔を覚えないために、最後の瞬間まで自分を襲う『死』を見つめていようと、突進してくるカトブレパスを見る。
「でも・・・・もっと美味しい物たべたかったなぁ・・・・。」
最後の最後で本音が口をついて出てしまう。意識しない言葉が漏れ出た事に軽い驚きを覚え、その内容を反芻して理解すると笑みが浮かんでくる。
もっと真面目な気質だった気がするが、死を目前にして出た言葉がこれか・・。ふふ・・こんな人生の決着も悪くないかな・・?
「諦めたら、そこでゲームオーバーだ!!」
力強くありながら、何処か優しさを含んだ声が耳に届いた瞬間、何かに抱き上げられる感じを受け、凄まじい速度で躰が持ってゆかれる。
その速度に意識を持っていかれそうになるが、なんとか堪えようと気合をいれる。気が付けば奇妙な甲冑を纏った魔力を持たない戦士、自分と同じ狙撃班、『ウッースーイ』の腕に抱かれて崩壊を免れた外壁の上に佇んでいた。
小癪なダークエルフを跳ね飛ばした手応えの無さに訝しみつつ自らの突進を止め、外壁の崩壊で出来た土煙に単眼を向ける。その視線の先では、崩壊の土煙が晴れた外壁の回廊上にダークエルフを抱えた奇妙な鎧を纏った戦士が此方に向け緑の単眼を光らせていた。
ダークエルフに傷をつけられた事で怒りを覚え、一瞬でも自分を見失った事を恥じていたし。人種にしては珍しい奇妙な単眼に見入ってしまった自分に怒りを覚えていた。
美しい草原で家族と一緒に散策を楽しんでいた所を、『神』との契約によって突然『召喚』され。明らかに自分より低い能力しか持っていない人種に『契約』によって命じられる。
確かに、『神』と『契約』する事によって強大な力を手に入れたが、こうも簡単に『契約』の履行を迫られるとは思わなかった自分を笑うしかなかった。
だが、『契約』は絶対だった。『魔』は一度結んだ『契約』を破ることは無い。先祖から受け継がれてきた『誇り』がそれを許さない。それに『契約』を破ってしまったら『神』を裏切ることになるし、手に入れた『力』も失ってしまう。
今はただ、『召喚』時の命令に従うしかない。「この遺跡にはびこる者どもを殺戮せよ」
自分より下の者達を殺戮するなど造作も無い事だが、強大な『敵』に挑んできた自分の過去を振り返り、弱者を殺戮するなど全く気に入らない事だった。
それでも『契約』には従わなければならない。『神』の力によって存在出来る時間は限られている。けれども、『契約』を遂行したら戻してくれるのだろうか?
それに、『冒険者』達は個々の力量は大したことは無いが、集団になるとかなり厄介だった。魔力検知に反応した人数は46名。侮ってはいけない規模だ。
殺されることになるかどうか微妙な感じだ。幸い、自分に課せられた『契約』は「遺跡にはびこる者どもの殺戮」。それ以外は縛る物がなかった。要は、遺跡に人種が居なくなればいい。そうすればお互いに戦う事も無いし、『契約』も履行できる。
そこまで考えて、そのための行動を起こそうと『冒険者』達に語り掛けていた。
外壁を破壊した時の速度を緩めながら此方に方向を変え、視線を向けてくるカトブレパス。先程の邪眼を使用した時の様にE波の上昇は見られない。
いつでも回避出来る様に、装甲服の倍力機構は40%程度に高めてある。だが、カトブレパスに動きは無い。奇妙な事に先ほどまで放たれていた殺気や重圧感が抑えられていたため、此方としても動きようがない。
さてどうしたものか・・・。ダークエルフの放った矢の威力で障壁を突破し、外皮に傷をつけられるならば。魔法の矢を借りて俺が放てば簡単にカトブレパスの単眼を射抜き、脳漿を破壊することが出来る筈だが・・こうにもカトブレパスの敵意が縮小されると、行動に踏み切るのを躊躇うな・・・。
そこに、カトブレパスのE波反応が上昇する。すぐさまペトーサの矢筒から魔法の矢を引き出し、構え放とうとする。
「放ってはダメだ!カトブレパスから念話が届いた!」
傍らに居たペトーサが、装甲服の下半身部分に縋りつきながら制止の叫びを上げていた。
「各自、敵対行動を停止!警戒態勢に移り、遺跡から早急に退出しろ!ヒデト、カトブレパスから念話が入った。どうやら敵対するのは本意ではないらしい。遺跡から退出すれば攻撃は行わないと言っている・・・。」
魔法具を介してサラからも制止の命令が入る。魔力のある者同士でなければ念話は出来ないから、カトブレパスの『声』が聞こえなかったのは俺だけらしい・・・。
まったく・・・『魔力』が無いのも時と場合によっては不便なものだ。魔力のある世界だから、自分が異端なのは分かっているのだけれども・・。
すべての人員が遺跡から退出するとカトブレパスは安堵したかのように、遺跡の正門前に巨体をおいて語り掛けてきた。念話では無く、魔法を介した音声で人種の青年を思わせる声だった。カトブレパスは自らの事を『グドカ・バリュデート』と名乗った。カトブレパスの種族の中でも高位の存在らしい。遺跡から退出するまで攻撃行動を停止してくれていた。
「其処な珍奇な緑の単眼の戦士、礼を言う。いかな『契約』とて自らの誇りを傷つける行為、自らの力量以下のモノ・・・ダークエルフを殺してしまう所だった・・。名を聞かせてくれぬか?」
「ヒデト・・・。タカハシ・ヒデトだ。」
「うん?この世界では珍しい名前だな・・・。だが、以前に戦ったことがある『勇者』が似たような名前だった様な・・・・いや、失礼した。そろそろ時間の様だ。我が神、破壊と再生を司る『ガ・ヌー』の気まぐれにも困ったものだ・・。次回は違った形で会いたいところだ・・」
グドカとの会話が終わりきらないうちに、彼の巨大な体躯が薄ぼんやりとなり、朝焼けに染まる遺跡から消えていった。
「驚いたぞ。まさかカトブレパスが会話を行うとは・・・!我々が今まで目にしてきた魔獣カトブレパスは低位の存在らしいな・・・。『魔獣』に対して根本的に認識を改めなければな。」
先程の出来事から部隊を立て直し、遺跡内の捜索の指示を出しながら、自分の身に起こった高位のカトブレパスとの会合に興奮を抑えきれないサラが独り呟いていた。
「で、遺跡内の物資と人質は無事なのか?」
部隊長のサラに質問するヒデト
「うん。捕虜になっていた冒険者の女性4名は保護した。いま、治療班がついて状態を確認しつつ回復を行っている。物資に関しては今回分に関しては無事だったが、前回分は移動した後の様だ。それと、半壊した礼拝堂を調べてみたが、『ガ・ヌー』を祭る祭壇があり若い女性の首のない遺体が確認できた。その他は礼拝堂の瓦礫で埋もれてしまった様だ・・。おそらく『召喚』の犠牲になったのだろう・・」
「そうか・・・。味方に被害が無かったのが何よりだ。それと・・・『希望教徒』って何かな?『冒険者の書』には出てこないんだが・・?」
ディスプレイ上に宗教の項目を呼び出し、『希望教徒』を検索するが出てこない。データを増やす為にも知りたかった。
「正確には『希望のある未来を築こう教会』だな。近年、『召喚魔法』が発展していてな。『異世界』から『勇者』を召喚し、自国の強化を行っている国が増えてきていて、その『勇者』の中の一人が始めた宗教・・まぁ、思想なんだが・・。信仰する『神』の種類に関係なく『平等・公平』を謳っていてな、最初は『勇者』を中心として低階級の者達の救済や教育を行っていたんだが・・・。」
「なにか教団の中であったのか?新興宗教や思想が、考え方の違いで分裂するのはよくあることだが?」
「いや、そうじゃない。彼らはよくやっていた。その献身と努力は賞賛されるものだったし、かなりの成功を収めていて一つの街を作るところまで来ていたが・・・」
「ふん・・。その成功を『特権階級』の者たちが妬んだか?」
ため息をつきながら『地球世界』でも繰り返された歴史を思い起こす。
「『勇者』の功績と人柄に感化され、教団に入会する貴族や商人も多くいたのだが・・・。その思想に共感する者は大多数が低階級の者達でしかなかったからな・・。結果、『勇者』は元の『世界』に返されてしまい、希望教徒は改宗を迫られてな・・・」
「改宗を良しとしない勢力が教団の中に生まれ、過激化していった訳か・・・?」
「同情する余地が多分にある。が・・犯罪は犯罪でしかない。だが、魅せられた夢はあまりにも華やかだったから忘れることが出来ないモノも多い・・。だが、いずれ『勇者』を再召喚し希望を果たそうと励んでいる穏健派も多い。過激派が犯罪を行うから敵視されているが・・・。」
どこもかしこも似たような話が転がって居るモノだ・・。思想・信条・宗教・肌の色・形などなど・・違っていて当たり前と考えないのだろうか?
いや、その違いで戦争を行って殺戮と破壊を行っている自分が言えた義理じゃないが・・、先に手を出したのは俺達じゃない・・。所詮、言い訳か?どこかで破壊衝動を抑えられない自分が居るのは否定できない。
戦争の中で作られたルールの中で、全身全霊を賭して戦う自分に高揚を覚えていたのも事実だ。血の滲むような訓練の果てに、『連邦市民』を襲う脅威を防ぐ盾にもなり鉾にもなる自分達。
過酷な戦場で次々に倒れてゆく同僚を見送りながら、『敵』を殲滅するまで歩みを止めない。その鉾の先に『敵』の遺骸を抱え上げるまで突き進んでいく・・・。
確かに褒められた行為じゃない。けれども、その行為の積み重ねで繁栄を築いてきたことを『連邦市民』は決して忘れない。それだけで十分だった。
戦争。その積み重ねでしか分かり合えないとしたら哀しい事だが、その結果の先に繁栄があるのなら躊躇いを感じることは無いのだろう・・。
「うん?どうした?考え事か?」
希望教徒に関しての説明を続けていたサラが尋ねてきた。
「いや、何でもない。そうだ、『勇者』を送還したと言っていたな?どうやったんだ?『異空魔法』は研究段階なのだろう?『冒険者の書』にもそう書いてあるが?」
「詳しい内容までは伝わっていないが、何かしらの生贄を捧げて高位の神に頼んだらしい。気になるのか?」
「そんなに簡単に呼び出されて、使い潰したら『お帰り下さい』じゃ・・・気の毒に思ってな・・・?」
「私だったら激怒するがな・・。そうだ。今回の件だが、ひと段落着くまでビヘナに滞在するといい。報酬の査定などに時間が掛かりそうでな?何故って・・・カドイが煩いんだよ・・特別報酬を寄越せだの、契約と違うだの・・勿論、報酬は上乗せだ。満足するかは分からないがな、そこまでの権限は無いんだ。」
カドイに相当文句を言われた様だ。契約の話を思い出してゲンナリしていた。
「わかった。滞在費用も出るんだろう?」
「抜け目がないな・・・?」
ため息をつきながら、呆れたような視線を此方に送って来るサラ。
「それが『冒険者』ってもんだろう?なぁ、ヒデト?」
会話の内容の報酬の件から耳に入っていたらしい。少し離れた所から見慣れた巨体を揺らしながら、単眼に愛嬌を貼りつかせたカドイがやって来ていた。
「そうか・・・『冒険者』だったな・・俺も・・・。」
カドイとサラの報酬に関しての遣り取りを見やりながら、自分の境遇を見つめなおしていた。
フリ高原から流れてくる風が、蒼く染まった空に浮かぶ白い雲をゆっくりと動かしてゆく。そのうららかな陽気の下で、深いフードを被った男が大きなナラの木を切り倒そうとしていた。森を切り開いている途中なのだろう、あちこちに切り株が見える。
「くそ・・!なにが『ゆっくり滞在するといいw』だ・・・!!完璧に開拓作業じゃないか!」
深いフードに隠れた薄く禿げ上がった額に汗を浮かべながら、愚痴を叫んでいた。
「しかも・・・この範囲を一人でやれってか・・・?」
顔を上げ、周りを見渡してみると、落葉樹のナラで覆われた深い森が10ヘクタール程度広がっていた。
確かに装甲服を纏い、倍力機構を100%にして作業すれば(エネルギーの充填)を含めて一週間程度で片が付くのだが。
そんな事をしてしまえば人間土木耕作機と呼ばれ、『今日はこっちで!』『いやいや・・明日はそっちで』・・・なんてことになって帰還手段の探索どころではなくなってしまう。
装甲服は『魔法の鎧』とゆう事にして、今は普通のヒトより力が強い程度に認識してもらっている。今日の作業も、装甲服はビヘナ村警護団のサラに言い含めて預かってもらっていた。(保管料を支払うことになったが・・)
着こんでいるのは装甲服との接続にも使用する戦闘用スマートスキンスーツとタクティカルベスト、その上にアラクネの糸で作られたローブを着こんでいて、腰の装備アタッチメントに大型サバイバルナイフを装着。他に、愛用のコンパウンドボウは3mほど離れた切り株の上に、魔法の矢筒と一緒に置いてあった。
森の開拓なんて『魔法』を使用してしまえば、簡単に出来るもんだと思っていたのだが、甘い考えだった様だ。
この世界の動植物ほぼ全ては『魔力』をその身に帯びていて、『魔力=マナ』を失うと種の特性も弱まってしまうらしい。『魔法』は自分の精神力を使用して『魔力』を集め、行使する『魔法』の系統により『魔術』に変換し『上位存在』に働きかけ、現世界に影響を及ぼしてもらう。この『魔力=マナ』を集める段階で周辺に存在する『魔力』すら奪ってしまう。
例えば、今、古臭い斧で切っているナラの木の種特性は『魔力=マナ』を帯びた状態だと『強靭』な事だが。『魔法』の理にそって『魔術』をナラの木に使うと、ナラの木の『魔力=マナ』を奪うことになり、種特性が消えてしまう。
勿論、物質の『木』としての本質を失う事は無いが、『魔力=マナ』を失った『ナラの木』は低価格でしか取引してもらえない。
不思議な事に、切り倒して材木になってしまえば『魔力=マナ』を失う事が無い。その辺の原理は、いまだ解明されていないらしい。
「要するに・・・たくさんお金を稼ぎたかったら、汗を流せとゆう事か・・・くそ!」
『冒険者の書』に書かれていた記述を思い出しながら、額に浮かんだ汗を振り払う様に斧を振り下ろしていた。
ふと、動物とヒトの気配を感じビヘナ村に続く荒れ道に顔を向ける。四頭立ての大きな荷馬車が此方に向けてゆっくりと進んできていた。
荷馬車を操っているのは、黒い肌に特徴的な笹穂耳を持つ30代に見える女性で、その傍には同じ特徴をもった10代後半の少女が腰かけていた。
「どう?ヒデト。今日の分は終わったのかしら?」
10代後半に見える少女が、荷馬車から素早く降りてヒデトの傍らに駆け寄ってきた。
「ああ、何とか午前中に終わらせる事が出来そうだよ。レリッヒ。」
斧を降ろし、深く被ったフードを脱ぎ、タクティカルベストのハーネスに括り付けていたタオルで薄い額から頭頂部にかけて汗を拭う。
「そう!良かった!母さんに教わった料理をご馳走してあげるわね!」
肩口で切りそろえられた母親譲りの銀髪を左手で弄びながら、嬉しそうに声を弾ませる。
「お・・?料理の腕前が急速に上がったのかい・・?五日前に食べた時には・・・」
「そんな事は思い出さないでいいの!!母さんも何かゆってやってよ!!旨くなったって!」
10代の少女らしいハキハキとした元気な声で、ヒデトの質問に答える。
「そうね・・・・五日前よりは腕をあげてきているわね・・・ww」
娘の快活な姿に、美しい顔を微笑ませながら荷馬車から降りてくる。
「もう・・・!母さんまで・・!?信じらんない!」
可愛らしい頬を膨らませながら二人に向かって抗議する。
「すまん、すまん。レリッヒ。ペトーサも悪気がある訳じゃないし、俺だってそうさ。ついつい揶揄いたくなるのさ・・・。そうだ・・こいつが好きだったろう・・?」
腰にある保温機能が付いたポーチの一つから、板方のチョコレートを取り出す。
「そんなんじゃ誤魔化せないからね!!でも・・・貰っておいてあげるわ・・。」
そう言ってヒデトの手から引っ手繰る様に、チョコレートを自分の手に収めるレリッヒ。そして、ほころぶ顔を見られない様に、荷馬車の後ろに移動する。
「これ・・!レリッヒ・・!!お行儀の悪い・・・。礼儀は大事よ。ちゃんとお礼を言いなさいな。」
レリッヒの様子を見て、窘めるペトーサ。
「はぁ~~い・・。ありがとう。ヒデト。」
荷馬車の陰からちょこっと顔を出しながら軽いお辞儀をする。
「も~~。ちゃんとしなさいって言ったでしょう・・・。お母さんにもチョットだけ頂戴ねww」
三十代に見えるペトーサだが、思わず見入ってしまう笑顔を浮かべながらレリッヒに頼んでいた。
「いつも悪いわねヒデト・・・。私達家族の為に・・・。」
先ほどの笑顔から一転。神妙な顔つきでヒデトに話しかけるペトーサ。
「いやいや・・・。そんな顔しなさんな!こっちにも利益があるしな。それに、いま開拓している所はサラから依頼があった場所だ。けっこうな報酬が出るからな。ああ、午後はペトーサの所に行くから。開墾がすんだら、耕作地の半分を貰う約束だしな・・。あ・・・でも、代金の半分は払うよ。」
希望教徒の拠点を襲撃したビヘナ村警護団のペトーサ・アルーザク。彼女は元々ビヘナ村警護団に入団していなかった。ギュイドラン魔道皇国の国民だったのだが、ビヘナ村開拓団の募集を見て一家で移住してきたのだ。
何せ、ビヘナ村の周りの荒れ地や森を切り開けば、その切り開いた者の土地になる。家族三人、十分に人生を謳歌できる未来が其処にあったし、足りない機材は『チャストリトン王国』『ギュイドラン魔道皇国』から無利子で借り受けることが出来たのだから。
ペトーサの家族に暗雲が立ち込めたのは昨年の事だった。愛娘のレリッヒが重い熱病に侵されてしまったのだ。
幸い治らない病では無かったのだが、治療に必要な薬と薬師、治癒術師をビヘナに呼ぶには、それなりの金額が必要だった。手持ちの金銭だけでは足りず、開拓団から借り受けるしかなかった。
開拓機材を無利子で借りている以上、流石に治療費まで無利子とゆう訳にはいかなかった。そこで、一家の長であるペトーサの夫テリデスト・アルーザクは、収入の多いビヘナ村警護団に入団する事にした。
(開拓団本部にも問題があり、治癒術師の移籍が遅れていた。そのためテリデストの入団は少ないテストで許可された)
弓の名手でもあったテリデストは、警護団で活動するにつれ頼られる存在になってゆき。ついには警護団の一隊を任される事になる。
前回の希望教徒の襲撃の際に、輸送隊を警護していたのも彼のグループだった。しかし、輸送隊の中に裏切者が居たために殺害される事になる。(今回、捉えた希望教徒の証言でわかった事実だった)
(そう言ってくれるのは有り難いのだけど・・・。権利はヒデトが持っていないと・・。夫が亡くなって間もないのに、優しくされると心が揺れてしまいそう・・)
一家の大黒柱を喪ったペトーサは、借金返済の為に夫と同じ道を歩むことになる。そうして、今回のカトブレパスの事件が起こり、その後の宴で助けられた礼を言うためにヒデトのテーブルに向かったのだが・・・酒精が入ってしまい、気づいたら自分の家のベッドに寝ていたのだ。
どうやら、酔っぱらって今まで溜めこんでいた不満をヒデトに洗いざらい吐き出してしまったらしい・・。
翌日。酔いで頭が回らないペトーサの家に、開墾器具一式を借りに来たヒデトの姿があった。その時に申し込まれたのが、先ほどのヒデトの言葉だった。
(こんな子持ちの175歳のおばあちゃんに気があるのかな・・?でも・・!ヒト種から見たら、私だってまだまだイケてるはずだけど・・・・。どうなのかな・・?レリッヒが生まれてから旦那とも無かったし・・。やだ・・・何を考えているのかしら・・・!?)
「「ペトーサ!!母さん!!」」
「え・・?!なに・・・?」
ヒデトとレリッヒに大声で呼ばれ、考えていたことが顔に出ていたかもしれないと思い、努めて平静を保ちつつ顔を二人の方に向ける・・。が、頬に浮かんだ朱身を消すことは出来なかった・・。
「なに・・?どうしたの母さん・・。ボーっとしちゃって!置いてゆくわよ!」
頬を押さえながら二人を見やれば、荷馬車に乗ってこちらを伺う様に見ていた。
「それは困るわ・・。レリッヒ・・母さんがいないと料理の支度が遅くなるものね。」
「ヒドイ~~~!そんな事をゆう母さんは本当においってっちゃうから!」
最愛の者との言葉遊びを楽しみながら御者席にいるヒデトの背中を見やる。フードを深く被った大きな背中は、昼の光を受け暖かい光を持っているように見えた。
どうか・・・今は、今だけはこの幸せな時間が続きますように・・・。愛娘の笑顔を見ながら、心の中で呟くペトーサだった。