辺境の基地
見渡す限りの朱い土の荒野。そして、赤茶けた雲がどこまでも続く空・・・。およそ、生物の動きなど確認できないこの場所で、意志を持った何かが作り出した構造物が、この自然に逆らうように存在していた。
上空から俯瞰して見ることが可能ならば、その構造物は正しく六角形を形作っており。また、六角のそれぞれの頂点には塔のようなものが確認でき。その塔は、この世界に自らの存在を主張するようにそびえたっていた。
さらに、目を凝らせば。その塔から六角形の中心に向って塔と同じ幅の構造物が続き、中心にある円形のドームに繋がっていた。そして、構造物で区切られた朱い土の大地には、それと同じような質感を持った小さな者たちが多数蠢き。朱茶けた大地を掘削し、構造物の内部に運び入れていた。
「はぁ・・・」
構造体の頂点の一角の塔から、生物の存在を感じられないこの世界に不似合いなほど生物を感じさせる音が響き渡った。それは、この荒涼とした世界に唯一感じられる生物の声だったのだが・・・。その声を意志あるものが聞いたならば、その・・・なんとゆうか・・疲れと諦めを含んだ、少し老いたものを想像するであろう声であった。
「あ~あぁ~・・・」
またも響き渡るその声には先程よりも、更に希望を感じさせない感情が含まれていた。
「なんで、こんなところに一人でいるんだろう・・・。」
声の主は全身を鎧の様なもので覆われており、二足の脚がその存在を支え、金属で覆われた胴から肩にかけては厚めの装甲があり。なにかの仕掛けが装着されている腕まで続いていた。
そして、頭部には首元までをしっかりと隠すように装甲が廻され、装甲は目に当たる手前で終わっていた。不思議なことに目に当たる部分には暗闇が広がっていた・・・。しかし、その暗闇の中心で何かが作動する音が鳴ると、眼窩の中心に緑色の単眼が浮かび上がってきた。
さながら、神話を知るものなら。その姿は伝説の単眼の巨人が戦鎧をまとった姿に見えたであろう。
「しかし・・何にもねえなぁ~・・」
その単眼の存在が、またも諦観のこもった声を吐き出したその時に。その物の中から別の存在の「声」が聞こえてきた。
「定時連絡・・。地球標準時0500時。カリオン方面軍第三星系4番惑星オメガ04・・第347自立稼働補給廠・・報告要請・・。」
先ほどの単眼の声とは明らかに違う「意志」を感じさせない硬質な「物」を感じさせる抑揚のない物であった。しかしながら、単眼とは明らかに違う「柔らかな」美しさを感じさせた。
「定時報告・・第347自立稼働補給廠・・。補給廠管理官・タカハシ・ヒデト二等軍曹。補給廠展開に成功。現在、自立稼働機器により資源エネルギー掘削・材料生成段階。機器群および補給廠自己診断。異常認められず・・。完全稼働まで32時間12分」
「定時報告・了解。タカハシ・ヒデト二等軍曹のバイタル・データ受信。身体異常なし。脳波・・若干の乱れを観測・・波形データ照合・・ストレスを観測。改善を認識・・。第347自立稼働補給廠自立思考回路に改善命令発令。タカハシ・ヒデト二等軍曹は、自立思考回路のプログラムに従い、体調の管理を心掛けよ・・・。定時連絡終了・・」
先ほどまで明瞭に聞き取れていた「声」が唐突に終了し、単眼の者・・タカハシ・ヒデト二等軍曹の頭部から聞こえる音も無くなった・・。
「くそ!サクヤめ!余計なことを・・・。だいたい人間様に作られた存在のくせに、人間様に意見しようなどとは100万年早いわ!自分の体調なんぞ自分が一番よく分かっているわ!この、トウヘンボクが!・・・。」
自らの境遇を嘆いていた時に入った定時連絡のやり取りに、どうにも納得できないヒデトは、独りごとにしては大きな声で悪態をついていたが・・・何もない荒野と暗く立ち込めた赤茶けた雲が続く地平に響くだけであった。
「ヒデトさん。そのようなことを仰ってはいけません。サクヤ様もヒデトさんの事を思っての命令です。素直に従ってください。さぁ診断プログラムを起動しますのでスーツを解除して医療ルームに来てくださいね!」
先ほどの、サクヤと呼ばれた存在の「声」とはまた違った美しく「柔らかな」「声」。サクヤを二十台の「声」とするなら、こちらの存在は三十代の落ち着いた「女性」を感じさせていた。
「うるさいよ・・ミヨナ。だいたいお前らプログラムのくせに変な名前を持ってんじゃないよ・・。「「サクヤ様」」だって・・・。第398生体量子思考回路群をゴロあわせしただけじゃねぇか・・創ったインテリの連中が「「女性を感じさせた方がイイにキマッテイル・・うは!」」つってつけた名前じゃねぇか!」
単眼の重層鎧が頭部を振りながら肩をすくめて悪態をついている。誰が見ているわけでもないのだが、ジェスチャーに気持ちが乗ってしまったのであろう・・。
「そのようなことを仰るヒデトさんは嫌いです・・。もしかして、私の名前のミヨナもお嫌いなんですか?!うぅ・・愛すべき軍の皆様が付けてくださった名前なのに・・・!」
ミヨナと呼ばれた「声」がヒデトの悪態を受けて、悲しそうな「人間」らしい感情のこもった「声」で意見を述べていた。
「やめろよなぁ・・・。まるで俺が悪人みたいじゃないか、わかった、わかりました・・。もう、思考回路群なんて言いませんよ・・。ここじゃ、話し相手はミヨナしか居やしないしね・・。」
「わかればいいんですぅ。それでは、医療ルームで待っていますのでお早めに来てくださいね!ぐふふ・・」
ミヨナの返事の中に含まれている、明確に好意的な反応に戸惑いながらヒデトは返事を返していた。思考回路群に人間の感情を学習させ、プログラムの判断の一つに組み込んだ科学者連中の脳内は一体どうなっているのだろう?いや、確かに無機的な存在に生体論理素子を導入し人間の思考を学ばせる事には納得もできるし理解もできる。だが、軍の科学者が「「任地では女性の存在が不可欠!!柔軟な思考と臨機応変な対応ができる女性の思考こそが性戯・・・!いやさ、ジャスチス!!」」とゆう考えが根本を形成していることには異議を唱えたい・・。
なるほど、思考や行動がルーチンワークになり環境が激変する軍務においては必要かもしれない・・でも、思考回路群が人間の思考・行動を学習した結果。サクヤやミヨナが多種多用なシュミへ・・・。もとい、多種多様な人格に対応できるようになったのはどうなんだろう?やはり、初期段階の開発陣に問題があったのではないのであろうか・・?どうでもいい思考に沈んでいこうとする単眼の男の周りを、赤茶けた風が吹き抜けていった。
西暦2128年。人類はその生存環境を大きく伸ばしていた。太陽系内を跳びだし、銀河系内までの広大な宇宙空間とそれらに含まれる多数の星系に自らの生存空間を形作っていた。
きっかけは、西暦2017年に起こった惑星サイズの巨大遊星の太陽系内への侵入から始まった。前年に起こった、地球極東地域の大したことも無い化石燃料の掘削権利を巡り起こった地域紛争が。当事者たちでさえわからないままに拡大し、紛争と呼ぶにはいささか大きな影響を世界に及ぼし始めていた。最終的には紛争当事国が核弾頭を突き付けあった状態になったが、この世界で唯一絶対の|合衆国<<神>>が降り立ち紛争当事国双方に、その御業を振り下ろし。両国の国土の半分が壊滅したことで和平調停が結ばれた。
地域紛争に全世界が注目していたためなのか。はたまた、軍事に予算の大半を奪われていた各国の宇宙開発・天文機関の嫌がらせか・・・。存在が確認されたのは地球のラグランジュポイントに、その巨体を現した時であった・・。サイズ的には地球の半分ほどの大きさで、まさかこの地点に到達するまでに観測できないはずは無かったが。巨大な質量から発する重力場も観測できない。さらに、こちらから発する観測機器による電波も返ってこない・・・。唯一、光学機器による観測だけは巨体を確認できていたが。それすらも直前までは光を透過していた様なのだ。完全な球体・表面は光沢のある水面の様であるが、水流は確認できず。まるで、SFに出てくる様な・・オーバーテクノロジーの・・人工物であった。
事ここに居たり、各国の対応は慌てふためくばかりで有効な対策を打てずにいた。まぁ、実際のところは極東地域で起きた紛争・・半ば、世界を巻き込みかけた戦争の・・後始末でそれどころではなかったのが真相の様なのだが・・。何かを仕掛けてくるものでもなし、こちらからアプローチをかけるには宇宙開発の技術と予算があまりにも足りていなかった。なによりも、戦争よりの復興が「「より」」重要であった。人類の出した結論は「取りあえず、放置で」。あまりにも常軌を逸した状態に置かれたため、生物としての人間の限界点を示す行動となった。
停滞していた状態に変化が見られたのは、球体が存在を確認された日より三か月後であった。
それまで何の反応も示さなかった球体から六角柱の形状をした物体が、球体の表面にぽっかりと開いた穴から出現し、地球の極東地域に降下を始めたのである。
各国の天文機関が算出した物体の軌道計算では。高い確率で極東の島国への侵入を示していた。日本国である。
構造体の侵入先である日本国では蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。半年前に片が付いた極東地域を巻き込んだ紛争の後片付けの真っ最中であったし、日本国の国民性・「面倒事でなければ、問題ないでしょ。」・も相まってまさか自らが球体からの訪問を受けるとは考えてもいなかった・・。
飛翔構造体は日本の暫定首都札幌上空で静止した。(東京は紛争時に定期的なミサイル攻撃を受けて首都機能がマヒしたため放棄されていた。)全長は3キロにでも及びそうな構造体。その構造体の表面に映像が現れ日本語を器用に喋る青白い肌をした、見るからに美しい女性からの発言により。地球人類は全宇宙へ認識を拡大していくことになった・・。
「ひまだよなぁ~・・。」
自立稼働補給廠の監視塔。その屋上より、定期業務である屋外監視任務を終えて。屋内にある移動用のワイヤーウィンチで降下しながら、ヒデトは本日4回目になるため息とともに愚痴をこぼしていた。
軍務についていながら緊張感の無い言葉ではあったが。その反面、スーツ(機動強化装甲外骨格)を装着した動きには怠惰な雰囲気は感じられず。気合の入ったきびきびとした動作であった。
「まだ、そのようなことを仰ってるんですか・・?こちらに配属になって、ほぼ一週間。毎日のように愚痴を述べていますねぇ。前線で軍務に就いている方たちが聞いたら、どのようにかんじるでしょうねぇ」
町内で立ち話をしている主婦たちが、自分の旦那の生活態度をたしなめるような口調でミヨナが話しかけてきた。
「その口調やめてくれないかなぁ・・ミヨナ・・。新兵訓練所の食堂のオバちゃんを思い出すから・・。」
スーツの降着機器からワイヤーを取り外しながら、ヒデトは鬱陶しい感情を隠さずに答えた。
「オバちゃ・・・!失礼な!私のような思慮深く・お淑やかで・慎み深く・同僚にも気遣いを忘れず・何時どのような時でもパートナーの要求に健気に答え・ヒデトさんの気持ちを慮っているのに・・。選りにもよってオバちゃんとは・・!!失礼な!」
スーツのヘルメット内にミヨナの怒気を含んだ小言が響き渡る・・。確かに、この一週間でミヨナの言っていることも7割がた合っていると感じているのだが・・。いかんせん、それを言葉に表してしまうと。この思考回路は、得意になって一時間程自らを褒めちぎり。一緒に配属されたことを感謝しろと、これまた一時間ほど喋りまくるのである・・。この様な辺境の補給廠で一人きりで任務に就かなければならなくなった時は、軽く絶望したものだが。ミヨナが補給廠の管理思考回路に組み込まれたことに、正直。感謝していたが・・・。
「お!ヒデトさんの脳波波形が・・う~ん、照れ隠しですねぇ!やはり、私はヒデトさんのパートナーに相応しい存在ですねぇ~。うふ。」
これだ・・・。健康管理も担っているミヨナには、ヒデトのヴァイタル・データを常にチェックされている。勿論、脳波の波形も事細かくデータを取られている。波形データの蓄積により、ヒデトの感情の変化も、また、把握されているのである・・・。
「こんちくしょう!考えがダダ漏れなのもいい加減に頭に来るな!送受信カットだ!カット!」
「無理ですよぉ、軍務時間中は軍規によりモニターしなければならないですから。ちゃ~んと従ってくださいね。」
喜びを隠さないミヨナの発言に苛立ちながら、補給廠中央にある居住区に向かって歩いていく。中央の円形のドームまで、六角形の頂点からそれぞれに伸びている通路の両側では透過壁によって区切られた作業・生成施設に多数の自働機械が蠢いており、補給廠が正常に稼働しているのを確認できた。それらに視線を落として満足げに頷きながら、忌々しいミヨナに声をかける。
「軍務中にチェックしているのならば、サクヤが命じた医務室でのチェックなんて要らないんじゃないか?」
「えぇ。チェックに関してはヒデトさんの意見が正しいのですが。検診と治療は別ですのでwサクヤ様もその点を踏まえたうえでの判断でしょう。兵士にとってのストレス管理は重要ですからねぇw」
事実だった。過去幾千年もの間、血の歴史を歩んできた人類。その歴史の転換点に必ず起こる戦争。その戦争において、従軍する兵士たちのストレス管理は、殺戮を生業とする集団の中でも重要な意味を持っていた。兵士たちの戦時におけるストレスは、ある一定の段階までは耐え忍ぶことができる。(まぁ、全員ではないが)しかし、その一線を越えてしまった場合。軍指揮系統からの逸脱・命令不服従・過剰な戦闘行動・生存本能の麻痺・・etc。
最悪の場合味方へ攻撃・占領地住民への過剰な行動・敵性勢力への際限のない暴力・・。全て軍の不利益となってしまう。
それらストレスによって生ずる結果を回避するために、心のメンテナンスが必要とされた。だからと言って、いきなり休暇を与え後方で休息を取らせるのも不味かった。兵士たちの心は戦場で常に張りつめていて、非日常の連続。全ての意志が敵意となって自分に向けられているかもしれない。そのように考えている者にとって在り来たりな日常の連続は、より大きなストレスとなってしまう。ゆっくりと、段階を踏んで徐々に日常に慣れさせなければならない。
だからこそ、サクヤやミヨナの言うとうりに「ユックリ」「丁寧に」「慎重に」対処しなければならなかった。
ミヨナとのやり取りの中で、訓練所時代に教官に嫌になるほど叩き込まれた記憶を思い返していた。
「「ええか、ストレスちゅう物はやっかいなもんだぞ・・・」」何周まわったか分からなくなるくらい思考が纏まらない訓練中に。並走していた助教の軍曹が、疲れも見せず話しかけていた。
「どうしたんですか、ヒデトさん・・・?」ミヨナが心配そうに話しかけてくる。
「いや、昔のことを思い出していてね・・」思い返すだけで心拍数が上がって、背中にいやな汗が流れるのを感じながらミヨナに答えていた。
「現在のパートナーの前で、過去の女性の事を考えるのはマナー違反ですよ?!」
若干、嫉妬含みのミヨナの反応に辟易しながら。ヒデトはミヨナの勘違いを正すために、ため息を吐きながら返事を返す。
「あのねぇ・・。いつ、パートナーになったんだ・・?それにだな、考えていた相手はガチムチな男だぞ・・・?」
自分の言動を確かめながら疲れた思考を纏め、自分の返答に誤解を招きかねない語彙が入っていたことに気づき。慌てて取り消そうと、口を開きかけていたが・・遅かった・・。
「えっ・・!えぇえぇぇぇぇ!!ヒデトさんの過去のイイヒトって男の方だったんですか!!」
とても、思考回路が放った言葉とは思えないほどの動揺を含んだ絶叫が返ってきた。
「いや、だから・・・。」
「私、負けません!!ヒデトさんの過去に縋り付いているヒトなどに・・!!この一週間で築き上げたヒデトさんとの最高のシチュエーションが、私の荒れ狂う情の嵐が、全て洗い流してしまいます!!そして、二人は永遠のパートナーに・・・!!う腐腐腐ぅうぅう・・・!!」
誤解を解くために事情を説明しようとしたが、ミヨナの、光の速度を超えた思考と斜め上以上の言動に。ヒデトの思考は固まってしまった。
「えぇ。勿論分かっておりますわ!!これ以上の言葉など不要です!!お互いの思いを確かめ合うには行動です!肉体を使った・・まさに!ボディラングエッジ!!いま、ミヨナはヒデトさんの御許にまいります!!」
あまりの事に、ヒデトの肉体も反応を拒否していた。思考は言わずもがな・・。永遠のゼロから意識が返ってきたときには、ミヨナの発言が終わり。それと同時に通路の奥・・中央ドームから物凄い速度で、恐ろしいまでのヤル気をまとった人の形をした「モノ」が駆け寄ってきていた。
身長は170cm強程度。全体にバランスの取れた成熟した女性の体形で。美しく伸びた脚。そこから悩ましく張りのある腿。その上で主張する柔らかくも張りのある臀部。細すぎず、程よい肉付きの腹部。更には、言葉での形容を拒むかのような美しく艶やかな胸。おおよそ「人間」の「雄」であるならば、獣欲を抱いてしまうには十分に誇らしげな主張を「ソレ」はしていた。その美しい肢体から伸びた首から形作られた頭部には、美しい光沢をもった銀髪が軽いクセを持って首まで垂れていた。強固な意志を感じさせる瞳はルビーのように、紅い輝きを放ち。目尻は軽く下がっていて、薄く伸びた眉と共に優しい雰囲気を纏っている。美しく伸びた鼻・整った頬から、柔らかさを感じさせる唇。美の女神が存在していたならば、嫉妬のあまり呪いを掛けてしまいたくなるような「美女」がヒデトの眼前で急停止していた。
「むぅ・・。優しくも、気高く。女神でさえ嫉妬を禁じ得ない「「わたし」」が目の前にいるとゆうのに・・。ヒデトさんのお顔がスーツで見えませんねぇ・・。脱いでください!!」
異次元の美しさを持った目の前の美女が。愛くるしい笑みの中に、若干の不満を口元に感じさせながら欲求を要求してくる。
「それこそ、軍務中です。そのような要求には答えられません。ミヨナ自立稼働補給廠思考回路殿w」
ミヨナの美しくも愛らしい表情に。スーツの中の口元が緩むのを押させられずに答えるヒデト。
「腐腐腐・・・。残念ながら、この要求こそ軍務命令ですよヒデト二等軍曹。カリオン方面軍中央生体量子思考回路群サクヤからの命令書は、すでに発令しております。「「医療診断命令・ヒデト二等軍曹。速やかに自立稼働補給廠思考回路ミヨナの診療を受診すべし。」」どうです?納得していただけました?」
ヒデトの返事を予想していたのであろう。これ以上ないドヤァ顔で、即座に言い返してきた。
「しかし、ここは医療ルームではないよ?それに、スーツを脱ぎにメンテナンスルームに行かなければ・・。」
ミヨナのドヤ顔に辟易しつつも、美人の緩んだ表情も悪くはないな・・と、感じつつあるヒデトだったが。自らの緩んだ思考を戒めるように両手を打ち合わせ、気合を入れなおすヒデト。
「確かにそうですねぇ・・。自らの感情に振り回されてしまいました。それに、急がなくても『二人きり。』ですものね・・。」
ドヤ顔から、知性溢れる魅力的な微笑みを湛えた態度に変わりつつ答えるミヨナ。
「『二人きり』・・・。そんな表現に、微妙に納得できないものを感じながら。メンテナンスルームに向かうヒデトであった。
確かに、『二人きり』なのだが・・。実質、人間として補給廠に登録されているのはヒデト一人だけ。
ミヨナは、この補給廠の思考回路であって人間ではない。あくまでもミヨナの『本体は』、補給廠の中心部にある「「生体量子思考回路」」なのである。
この「美しい」存在の「ミヨナ」は、生体量子思考回路の能力の一部を「転写」した生体稼働装置に過ぎない。複雑な思考と感情のせめぎあいが脳波に顕われたのか、ミヨナの表情が哀しみを現わす。
「えぇ・・・・。ヒデトさん・・。御免なさい・・。少しはしゃぎすぎました・・・・。」
ミヨナに出会ってから何度も抱いてしまう考えが、ミヨナの態度を神妙なものに変えてしまっていた・・。
「いや・・・、違うんだ・・。ミヨナ・・。君が、『モノ』であるとゆう現実が、どうにもね・・・?」
ヒデトの考え方の底辺にある感覚がミヨナを「モノ」として接することに違和感を感じさせていた。彼の感覚は、ミヨナを生体稼働装置としてとらえることがどうしても出来なかった。その感覚は彼が「日本人」であることにも起因しているかもしれない。
「ふふ・・。ヒデトさん達「「日本人」」って不思議な感覚をお持ちですよね・・。私は『モノ』なのに・・。人間として扱ってくれる・・・。其処にシビレル!!憧れるぅ!!アハ!」
ヒデトのミヨナに対する感情の変化が、脳波の波形に敏感に表れたのであろう。ミヨナの「感情」が爆発し、言動がおかしなことになっていた。
「やっぱり・・。波形の送信やめないか・・・?四六時中、カミさんに監視されてる旦那のようだ・・・?しまっ・・」
自分の複雑な感覚に、自らのルーツが起因していることにまで思考を巡らせていたため。ヒデトは同じ過ちを繰り返してしまっていた・・。
「カミさん・・!?それって・・つまり、妻・・!!!ツマァ・・・!!一週間でそこまでとは、流石に・・!!でも・・。ヒデトさんが求めてくれるなら・!?求める・・?まぁ・・なんて淫靡な事を・・でも。それも・私は可能ですし・・?いいよね・・?う~ん、でも・・。」
ヒデトの言動に、銀河のアサッテのほうまで飛んで行ってしまったミヨナ。その姿を見ながら、ため息を吐きつつ自分の中で生じている不思議な感情を抑えられないヒデトであった。
「え・・?ヒデトさんの感情が流れ込んでくる・・・?!うそ・・?ほんとうに・・・?」
ヒデトの波形をモニターしている為、すぐにアッチの世界から舞い戻るミヨナ。その戸惑う、愛くるしい表情は蕩けそうになっていた。
「どうして・・・。こうなった・・・?!」
コイツは本当に思考回路なんだよねぇ?常に沈着冷静で淑やかで慎み深いぃ?並べ立てた形容詞とミヨナの行動と言動が、あまりにもかけ離れていることに。思考を纏めきれないヒデトであった・・・。