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確率論者

作者: 有栖

変なやつと出会った。



「もし、そこの君。」


いつものように通学路を歩いていると、道端から声をかけられたのだ。


「俺…っすか?」

「そう、君じゃ君。」



走って逃げようか本気で迷った。

なぜなら、声をかけてきた奴は、ぼろきれのようになった毛布を羽織った、髭がボサボサの、怪しいジジイだったからだ。


「誰っすか、警察呼びますよ?」


かかわり合いになりたくもないので、こう言ってさっさと立ち去ろうとする。


「全く…。これだから最近の若いもんは…。天文学的確率の下で出会った奇跡をすぐにふいにしようとする…。人との出会いは大事にせんかっ!」


だが、ジジイは全く退かず、説教をしてきた。


「怪しいやつとの出会いなんて大事にしたかねえよ。」


こういうと、ジジイのまぶたがピクッと動く。



「む、怪しい奴とは失礼な。ワシのどこが怪しいんじゃ。」

「全体的にだよっ!」

「ふん、わしは不審者なんぞではないわ。わしはただの確率論者じゃよ。」



確率論者(自称)の怪しさがより増した。


「確率論者?なんだよそれ。」

「ふん、小僧。時間はあるか?」

「なんでだよ。」

「なに、大したことではない。」


確率論者(自称)は、にやりと笑って言う。


「ワシと少し散歩でもしようではないか。」




なぜ、こんな怪しいやつについていったのかはわからないが、もしかしたら俺はこの怪しいジジイに少なからず興味を持っていたのかもしれない。



と、まあ気がついたら街中を確率論者(自称)と歩き、喫茶店に入って向かい合っていた。



「小僧、地球がいったいどれ程の確率で誕生したか知っておるか?」

「知るかよ…。」

「ふん、学のない。」


なぜ責められたのかわからない。


「この宇宙で地球が生まれる確率は、25mプールにバラバラにした時計の部品が、水流だけで組立つ確率と同じくらいだと言われておる。」

「はあ?そんなん無理に決まってるだろ?」

「そう、ほぼ0じゃ。じゃが地球は確かにこうして存在しておる。地球はまずこの天文学的確率を乗り越えて誕生し!我々はその上で生活をしているのじゃ。」

「ふーん…。」


途方も無さすぎて想像ができない。


「では、この地球が誕生する以前から存在しているであろうものはなんじゃ?」

「…。宇宙か?」

「正解じゃ。では、そんな地球の上に成り立つ宇宙が生まれた確率はどれほどのものじゃ?」

「地球でほぼ0なんだからそんなもん…。」


もっと途方もないに決まってる…。



俺は、不意に自分が立っている場所がとても不安定に感じた。


確率論者(自称)はそんな俺の内心なんて気にしないように、ケーキなどを注文して食べ始めた。


「ところで小僧、浮かない顔をしておったがなにかあったのかね?」


軽く放たれたその言葉に、俺はドキッとする。



今朝、俺は母親と妹と喧嘩をして家を出てきた。


きっかけなんて些細なものだ。


いらないっていってるのに作る弁当を持たずに学校に行こうとして口論になった。



反抗期って奴だとは自覚しているが、なにかにつけてイライラとするのだ。


『作ったんだから持ってきなさい!』

『お兄ちゃんの馬鹿!どうして持っていかないの!せっかく作ってくれてるのに!』


母と妹の言葉がフラッシュバックしてくる。



スッと確率論者(自称)から目をそらすと、彼はニヤッと笑って言葉を続ける。



「図星じゃな?どうせ家族と喧嘩したとかそういうあれじゃろ。その歳はそういうことが多いからのう。」


ピタリと言い当てられた悔しさからか、俺は目をそらし続ける。


「いかんぞ、いかんな小僧。家族は大事にしなくてはいかん。考えてみろ。さっきほぼ0である確率で地球が生まれたという話をしたじゃろ?」


確率論者(自称)は、手をバッと広げ、捲し立てる。


「じゃあそこで生命が生まれた確率は?それが淘汰されずに進化した確率は?進化を続け、人となった確率は?そしてそこから人の文明が発達し、人口を増やした確率は?今まで血が途絶えずにお前の父と母が生まれた確率は?そしてその二人が出会い、結婚し、お前とお前の妹が生まれた確率は?」



俺は目を確率論者に向け、彼の目をまっすぐと見る。


確率論者は、ケーキの最後の一欠片を頬張り、フォークを俺に向けると、優しい顔で言う。



「そんな確率で小僧、お前は生まれ、今こうして生きておる。きれいごとじゃが、出会いを、家族を、大切にな?」


そして、フォークを置き、立ち上がるとニッと笑う。




「これが確率論者の、確率論じゃ!」




時が止まった。


「ではな、小僧!達者で生きろよ!!」


そう言って、確率論者はのっしのっしと歩いて店を出ていく。


俺は、それを呆然と見送るしかなかった。


だが、彼の話には少し胸を打たれた。


「謝るかな…。」


帰って頭を下げるときの言葉を考えながら席を立ったとき、俺はふと気がついた。



席の上にはコーヒー二杯、ケーキがひとつ。


はて、誰のだっただろう。


俺は、わなわなと震え、叫ぶ。




「あのジジイっ!勘定押し付けやがった!!!」




とても短い短編でした。


家族を大切に。

すごく難しいことだと思います。


子供にとっては選んでもない親から生まれ、それがとても理不尽な親であったりもするかもしれません。


親にも、子供を大切にできない理由などもあるでしょう。


出会いを大切に。


これも同じく難しい。


どちらもこんなあとがきで議論できるほど簡単かつ単純な問題ではないです。



ですが、0にも近しい確率で成り立っているこの世の中。

少しでもお互いを大切に思える世の中になることを祈りつつ、締めようかと思います。



読了ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初の掴みが良かったです。《変なやつ》という物語の主軸が分かるので、迷うことなく読めました。(p^-^)p 知識的な内容も良いですね。プールと時計の話は、読んで正解だったなぁと思いました…
2014/11/11 20:21 退会済み
管理
[一言] やるなこのジジイ( ・ε・) 確率というのも面白いですね(^^) 水流の~の話はビックリしました!
2014/11/11 18:04 退会済み
管理
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