マリア
壊し治す無限ループ。
この人となら、もしかしたら壊さずに済むかもしれない。
アルフは私にベッドを貸し、自分は床で寝ようとした。
「よかったら……一緒に、寝ませんか?床だとちゃんと眠れないだろうし………」
私一人がベッドで寝るなんて、気がひける。
アルフは笑って私の頭を撫でた。
「駄目だぞ、年頃の女の子が男の添い寝を自ら申し出るようじゃ。自分の貞操は自分で守らねぇと」
「…はい…」
それ以上反論する気も起きなかった私は、渋々ベッドに横になった。
「ん……」
目を擦りつつ起き上がる。
まだ外は暗かった。
アルフはまだ起きていない。
その寝顔を少し眺めてから、冷蔵庫に向かった。
意外に食品が揃っていたので、私はアルフの分もサンドイッチを作ることにした。
勝手に使っていいのか悩みながらに包丁を出す。
これでも料理は得意な方だ。あんまりすることはないけど。
時間はたっぷりあるので、豚カツサンド用に豚カツを揚げる。
結果、作れたのは豚カツサンドと玉子サンド、フルーツサンドの三種類。
それぞれ五つも作ってしまった。
絶対余る。どうしよう。
「ふぁ……起きてたのか、アイリーン」
アルフが起きてきたようだ。
「勝手ながら朝食、作りました。サンドイッチなんですけど、ちょっと作り過ぎちゃって」
「んにゃ?いい匂ーい。って、あれ?この子だぁれ?」
アルフの後に続いて、ベージュの髪の少年。
「アイリーンだ。アイリーン、コイツはユーリ」
アルフ以外に男性がいるなんて、聞いてない!
叫びたくなるのを抑え、笑顔を作る。
壊したくないから、人を避けるのに。どうしてこんなに人が集まる?
「アイリーンです。よろしくお願いします、ユーリさん」
「ん、よろしく」
にぱっと笑いかけてくれた。
「あ、私朝食準備しますね。座ってて下さい」
分かった、と言ってから、2人はイスに座った。
「壊したく、ないのに……」
そっと呟いた。
「それ、どーゆー意味?」
呟いた、つもりなのに。
「今さぁ、『壊したく、ないのに』って言ったよね?どうゆう意味?」
どうやらユーリは地獄耳。
一番聞かれたくなかった言葉を、聞かれた。
「それは……えっと……」
言いたくない。口籠ってようやく、一つの可能性に気づいた。
カマをかけたかもしれない。
「言っとくけどカマじゃないよ?」
先に否定された。
「もしかして、ここに泊まるのを嫌がった理由と関係……いや、詮索は良くないな」
アルフは詮索しないだろうが、ユーリは?
「聞かせてよぉ、アイリちゃん。何を壊したくないの?」
「……自分と、他人の幸せ」
白状する。完全にはしないが。
「壊したこと、あるの?」
私は唇を噛んで、黙秘する。
「尋問、してあげよっか?」
一気に震え上がった。全身が小刻みに震える。
尋問は嫌だ。それなら逸そ自分から─────
「その辺にしとけ、ユーリ」
アルフ……
「アルフだって聞きたいんでしょ?」
「そ、それは……」
そこで口籠らないでほしい。
「……そんなに、聞きたいですか?」
勢い良く縦に首を振るユーリ。
「じゃあ……食べてからでも」
私はサンドイッチをテーブルに並べた。
○◎○◎○◎○◎○◎
食べ終わった私は深呼吸して準備する。
壊し治す、私の話─────
○◎○◎○◎○◎○◎
始まりは、両親に捨てられた、5歳の冬。
凍えながら、助けを求めていた。
そんな私に手を差し伸べたのは、ミリーという女性。
私を家に置き、可愛がってくれた。
そこで8年間を過ごした。
忘れもしない、13歳の1ヶ月と3日。
気付けば血塗れで知らない場所に居た。
手には包丁。
ゾッとした。急いで滅茶苦茶に走り、ミリーの家にたどり着く。
ミリーは、死んでいた。
私が殺したのだ、と自覚した。
一部始終を心の内から見ていたから。
紛れもなく、二重人格。
大雨の中、ひたすら彷徨った。
そして、またもや凍えながらに助けて、と叫ぶ。
孤児院に行った私は、ハリーという男性に引き取られた。
そこで、ミリーのことを話した。
二重人格のことも。
裏の人格が、表の人格の幸せを壊す。
私と暮らす他人を殺して。
ハリーは大丈夫、と宥めてくれた。
しかし、その二年六ヶ月と二週間後。
裏の人格がハリーを殺してしまう。
私は裏の人格に、マリアと名前を付けた。ただの気休め。
今度は助けを求めなかったのに、ジャスミンという女性は優し過ぎた。
しかし、マリアのことを話すと態度が変わった。
優しい言葉が罵倒にかわり、この人殺し、と私を責めた。
たった一週間のこと。
殺す覚悟で私は、ベッキーという少女の家に転がりこんだ。
マリアのことを話しても、ひるまなかった。
絶対に殺さないと約束をし、三年を過ごす。
約束は、果たせなかった。
マリアがまた、ベッキーを殺した。
死体に向かって泣き叫んだ。
そこから1ヶ月。
アルフと出会った。
◎○◎○◎○◎○
「私はまた壊してしまうでしょう。それを、私が望まなくても」
その言葉で締めくくった。
「大丈夫、俺とユーリは死なないから」
アルフは私を抱きしめる。
その手を無理矢理振り解いた。
「そう言ってくれた人はもう何度も死んでる!!マリアは、必ずころす…」
目からは涙があふれた。