幸せを壊したくない
アルフに連れて来られたのは、小さな一軒家だった。
「あの、ここは……?」
恐る恐る、中に入る。
「俺の家。救急箱は─────っと、あった」
棚の上から、アルフは救急箱を取ってきた。
それから、私を座らせる。
「怪我、見せて」
私は服を軽く持ち上げ、負傷した脇腹を露出させた。赤黒い痣になっている。
「痛む?」
私の顔色をうかがいながら、問われる。
「はい」
正直に答える。
「鎮痛剤、射つから。少し我慢して」
アルフは、救急箱から透明の液体が入った注射器を取り出す。
鎮痛剤が注射されれば、少し痛みは楽になった。
その後、ちゃんと治療してくれた。
「あくまで応急処置だから」
他の怪我も治療してもらい、礼を言う。
「にしても、何故あんなところに居たんだ?家は?」
アルフが、救急箱を片付けて問う。
「家はありません。私、この辺初めてきたので、何処に何があるのか分からなくて」
全てを見透かすアイスブルーの瞳から避けて、俯く。
「何処かに行くのか?」
「いえ、ただ彷徨っているだけです」
何度も何度も幸せを積み上げ、何度も何度もそれを壊していく。
壊したく、ないから。
私は幸せを築くことなく彷徨う。
「なら、ここに住む…か?」
壊すことに怯えている。
だから、私は首を横に振る。
幸せを拒否して。
「そう、か」
その声は、少し残念そうだった。
罪悪感で胸がいっぱいになる。
「ごめん…なさい」
涙が、零れそうになる。
「アイリーンは悪くない。謝るな」
「でもっ!」
顔を上げて反論しようとする私の唇に、アルフは人差し指を当てた。
遂に、涙が頬を伝う。
「訳あり、なんだろ?」
彼は、私の唇から指を離す。
「その訳が、涙を流す程のものなら俺に教えてくれないか?どうもお前は、何かに怯えてるようだ。一体何に怯えてる?」
私は黙秘権を行使し、黙り込む。
教えてはいけないような気がした。
どれ位経っただろうか。
沈黙を破ったのは、アルフだった。
「教えたくないなら、それでいい。だが、少しの間、ここに泊まることは出来ないか?」
その優しさが、辛い。
壊してしまいそうで、怖い。
でも、私は。
この人なら大丈夫かもしれない、と思った。
何の根拠も無いけれど、アルフを信じてみたい。
「少しだけなら」
この人となら、幸せを掴めるかもしれない。