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絡繰人形の日常

見切り発進partスリーてきなもの。

このひとに、お仕えしよう――。


目の前で優しく微笑んだ彼の役に立ちたくて。



* * *


「ジゼルッ!」


私を呼ぶ主人の声が聞こえました。

高くもなく低くもなく、少しだけ柔らかな音を含んだ声が私を呼ぶのです。


「――何かご用でしょうか、シバト様。」


作業中でも手を止めて礼をただしてから頭を垂れて声をかける。これが目上、主人に対する礼だと教えられたのはもう記憶も霞む昔の話。


「……2人の時はそれをするなと言わなかったか?」


「お屋敷の中なので。」


「まぁ、いい。それでトンタール地区の視察だが……」


「王太子殿下が直々に行かれるのですよね?存じ上げています。」


さっと主人の前にトンタール地区についてと殿下が行かれる場所、時間、警護の配置。主だった予定とそれにまつわることを纏めたものを渡した途端主人は呆れたような感心したような、微妙な顔で私を見ておられます。

白銀の瞳に明らかに疑いが光っています。


「私にもツテがあるんです。」


「何も言ってないだろう、……まだ。」


「明らかにお顔に書いております。あぁ、こんなにも感情がご尊顔に表れてしまうなんてこれから先の交渉は大丈夫なのでしょうかとジゼルは心配になります。」


「……お前はそんな言葉をどこで覚えてくるんだ」


「ツテです。」


即答した私に疲れたような顔を見せる主人に、今日のお茶はハーブティーにしようと決め一礼してから用意に取りかかるのです。

そんな私に主人はいつも声をかけてくださいます。


「火傷するなよ」


そして私は決まってこう応える。


絡繰人形アンドロイドに痛覚はありませんよ。」


いつものように笑って応えます。

そう、これがいつものこと。


不必要な心配をシバト様はするのです。もっと他に回せば手っ取り早く婚約者でも捕まえてこれると私は思うのです。

なのに、もう結婚しても良い歳だとゆうのに未だに婚約のこの字も見せない主人、甲斐性がない訳でも女誑しと浮き名を流されたこともない。夜会に出れば今でもご令嬢方が周りを取り囲むくらいの美形らしいですので引く手あまたと聞いたことがあります。なのに何故なのでしょうか。もしや、ジゼルの知らないような性癖があるのでしょうか。いやはや、そうなってしまえばいくらこのジゼルでも今更矯正できるようなことではありません。はて、どうしたらいいのでしょうか……


「おい。」


「はい、何でしょう?」


カップを主人の前におくとラベンダーの香りが湯気とともに漂います。

いつもならどんなに仏頂面で書類を鬼のようなはやさで捌いていてもお茶の香りを嗅ぐと眉間のしわが一本はなくなるはずなのですが……。


「ただ漏れだぞ。」


「……はい?」


何がでしょうか。ポットから尻漏りしてるわけではないようです。では、カップでしょうか。でも淹れたのは他でもなく自分です。いくら主人の心配を面面としていたからと言っても手元を見ていなかったわけではありません。カップから漏れてたらきづくはずなんですけれども。


「お前の!俺に対する結婚のことだっ!」


ジト目で見られましても……。

何がなんだか、てあれですか。


「あ、あらジゼルったら口に出していましたか。」


「……お前を心配することと、俺の結婚は別だろうが。」


「ですから、シバト様。絡繰人形アンドロイドの心配はしなくてもいいのですよ。いえ、ジゼルにも被害が及んでいるのです。旦那様がシバト様の結婚の催促を私に言ってくるのです。」


「父上が?」


「はい、“ジゼルよいつになったら結婚してくれるんだ”と。」


旦那様も知らないはずはないだろうに、私が絡繰人形アンドロイドだとゆうことを。なのに結婚の話を持ちかけてくるので自然と主人のことを言っているんだと思うようになった。そもそもヒトは絡繰人形アンドロイドにはそんな感情を持ち合わせてはいないのだから。


「あの……クソ親父め……っ」


「シバト様、どす黒いお顔でございますがお鏡をお持ちしてお見せした方がよろしいのでしょうか?」


カタン、と戸棚から鏡を取り出しましたら主人は苦々しい顔で私を見つめるのです。だけれどもしょうがないのです。メイドの仕事は主雇用者には理解されがたいことがおおいのです。それ故、見えないところの世話は気づいてもらえずに仕事を終える場合もある。けれどそれで主人が何恙無く過ごせるならどのメイドも執事も喜んで引き受けるでしょう。しかし、絡繰人形アンドロイドにはそんな感情を持ってはないのです。


「お前は……、もういい。今日はもう下がれ」


「宜しいのですか?シバト様の机の回りにまだ未処理の書類がたんまりと残っておられるのでは?」


「………わかっている。整理したら下がれ。」


「はい、シバト様」


一番綺麗と言われる角度でお辞儀をして、書類整理を進めていきます。シバト様は頭の良いお方なのですぐに山のような書類がなくなっていってしまうのですから早くしないと追いつかなくなります。しかし、ここで整理するだけでは“ジゼル”の名が廃ります。

一瞬その書類に目を通して必要な情報をファイリングして別で置く、そしてそれを重要度に分けて箱にいれ重要度の高い箱から順に主人に持って行くという流れ。これをいかに速く正確にこなすかが問題なのです。


「では、いつもの通りに。失礼いたします。」


箱を主人の前に置いてから部屋を出る。幸いにしてここは主人のお屋敷。王宮じゃなかっただけマシなのです。王宮のときは主人の仕事が終わるまで待機しておかないと行けないので暇で暇で仕方がない上に顰めっ面の主人のお側にいても邪魔になってしまうため部屋の外で待たなければならないのです。一度、王宮侍女と一緒に掃除をしていたら鬼のような形相で主人が迎えにこられてあれよあれよとゆう間に帰りの馬車に突っ込まれたのです。

あれ以来、部屋の中にいてもいいとゆうことになったのですが余りにも居たたまれなくて部屋の外で待機することにしたのです。


「はぁ、夕食の準備を手伝わなくては。」


“ジゼル”の頭から“メイド”の頭に切り替えてこれから行うであろう段取りを頭の中で何度も繰り返すのです。




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