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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
97/222

96:状況転移

 地球四月十日


「で、結局何だったんだい。あれ?」

 巧は呉から坂崎と電話で話をしているのだが、どうにも難しい専門用語が多すぎる。

 何より坂崎はフェリシア行きが決まった事と現地で行われるプロジェクトで頭がいっぱいの様で、話し口が早過ぎる。


「頼むから、落ち着いて分かり易く話してくれないか。 

 こっちは根っからの文系脳なんだよ」

 巧の言葉に、坂崎は大きく溜息を吐く。


 露骨に馬鹿にされた気分であり不愉快だが、この男は軍属ではあっても軍人ではない。

 怒鳴り散らして言葉遣いを改めさせる根拠が弱い上に、巧自身が滅多な事ではその様な事を好まない。

 

 機甲科を怒鳴り散らしたときのように、必要とあらば上官にすら幾らでも『伽羅(しゃら)臭い』口がきける男なのだが、今はそれほどの事ではない。

 そしてこれが一番の理由だが、巧は『坂崎が嫌いではない』のだ。気が合う点も多い。

 他人に『友人か?』と訊かれても互いに否定はしない間柄と言えるだろう。


 しかし、話が進まないのは困る。


「あのな、31の左腕の”ガジェット”外しても良いんだぞ」

 やむを得ず、迂遠(うえん)な言い回しだが彼の趣味から責め立てることにした処、これには大馬鹿大将の坂崎も慌てた様だ。

 ようやく話を進めてくれた。


「ありゃ確かにコンセントだよ。唯、一昔前の“それ”じゃあない」

「というと?」

 確かに、あのタイプのコンセントなど今時どの家庭でも見られるものでは無い。

 岩国や巧が、あれをコンセントだと思ったのは、軍用に置いては故障の少ない『枯れた』技術が意外と重宝されるため、有線コンセントが身近なものだからだ。


 ワイヤレス送電しかない一般家庭では疾うの昔に姿を消した有線コンセントが整備ハンガーには未だに存在している。


「あれな、見た目は「有線式」なんだが実際は『ワイヤレス送電システム』の送信口だったよ」

「やっぱりか!」

「おや、予想してたのかい?」

 坂崎はがっかりした口調だが、巧としても確信を持てたのは、あの『船』を見て以来なのだ。

 船内にも同じ設備が幾つかあり、現在ドッグ内の技術者達がそれについて検証を行っている。

 礼を言って電話を切ろうとした時、坂崎は聞き捨てなら無い一言を付け加えた。


「あれ完璧な『電磁誘導型』だぜ! 誰の作品か知らないが弟子入りしたいね」


『電磁誘導式送電システム』

 磁気や磁場の共鳴方式がそのエネルギーを最大七パーセント程度しか送れないのに対して、『電磁誘導』なら九十パーセント以上の電気を送電できる。


 だが電圧が上がれば、ものが大きくなりすぎる上に人体への影響が無視できない。

 給電式のコードレス電話や歯ブラシ程度のものなら兎も角、それ自体が家庭内や密閉された船舶内で送信源として使える様なものでは無い筈である。


 続く坂崎の言葉もその事を指摘する。

「人間固有の周波数に対応して共振を防ぐ様になってるね。

 システムが死んでる以上、これ以上の調査は無理だったが郊外にある大型の送電施設に行けば幾らでも見られる。 

 問題はあれだけ小型化され、しかも瞬時に“人体の特性に応じた切り替えが可能”ってこと。

 俺たち技術屋にとっては、ひとつ間違えれば『魔法』と見分けが付かんだろうな」


 最後の言葉は巧をドキリとさせるには充分であった。

『ひとつ間違えれば『魔法』と見分けが付かない』

 カグラの魔法の本質とは実はこの言葉に集約されている気がしたのだ。

 同時に繰根院長を思い出し、彼女には今後の行動にブレーキを掛けて貰う事に思い至る。


 カグラに於いて地球の武器が破滅をもたらす『パンドーラの(はこ)』である様に、地球に於いては『魔法』こそが其れに当たる気がするのだ。


 違う文化、違う技術が融合するにはまだまだ長い年月が必要だろう。


 兎も角、坂崎が調べた内容をメールで呉の技術者達に報告して貰った。

 時間は短縮できるに越した事はない。


 地球でも四月をまわり、アメリカ南北戦争の開戦予想日まで四十日を切っていた。

 いずれ、このドッグもカグラ専用という訳にはいかなくなるだろう。

 急がなくてはならない。


 船の上空には報道ヘリが飛び始めた。

 本来バーチャルが前提である世界から『実物』が届いたのだ。

 騒ぎにもなる。

 実際、政府は各国の問い合わせに対しての対応に追われていた。


 副大臣の御厨(みくりや)は、

「『ホログラフ』だと言って誤魔化しておけ!」

 などと言い出して曽地を慌てさせたが、案外これが一番正しい対応なのかも知れない。

 実物に触れる事の出来る外交官がいる訳でも無い上、仮に、

『触れる事が出来たのだから間違い無く実物だ!』

 などと主張する者が居たならば『他国の施設に不法潜入』した事を認める事になる。


 発言は一見乱暴な様だが、相変わらず鋭い外交感覚を持っている男と言えた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 今回のアメリカにおける第二次南北戦争は、所謂、機械兵士や無人戦闘機(ドローン)によって、互いの生産工場の破壊合戦から始まるであろうというのが大方の見方である。


 十九世紀中盤、即ち一八六一年四月に始まったアメリカ南北戦争に於いて武力として重要な勝敗のポイントは兵数と鉄道、そして工業生産力の差であった。

 兵力は北部四百万に対して南部は百万、鉄道総延長は北部が南部の約二倍、また工業生産の主力は全て北部にあった上、南部には海軍すら存在しなかった。


 しかし当初は自分たちの権利と土地を守ろうとする南部に比べ、北部政府内には余り戦争に積極的でないものの方が多かった。

「ほっとけば戻る」とか「連合(アメリカは連合国家)は自由意志なのだから脱退も好きにさせるべきである」

 という考え方であり、至極まっとうと言えた。


 サムター要塞の砲撃事件が起きなければ、穏便(おんびん)に解決していた可能性すら有る。

 事実、南軍の要塞司令官が部下の反対を押し切って勝手に北軍に所属を宣言し、戦闘が始まるとあっさりと要塞を放棄している。

 余り重要な要塞とも言えず、何やら出来レースの匂いすらする戦闘であった、と考えるのは穿(うが)ちすぎの妄想であろうか?


 また「奴隷解放」にばかり焦点が当てられるが、実際は保護貿易を求める北部 vs 自由貿易を求める南部という構図という考え方もある。

 事実、工業力に勝る北部に対して南部は農業生産によって外国の工業製品をも手に入れていた。


 さて、今回は奴隷問題を納税問題に置き()えて見る。

 すると何やら南北の立場が逆転している気までする。


 まず、圧倒的に南部優勢で有るはずなのだが、先が読めない。

 現在南部には、殆どの重工業企業が集まっている。

 メキシコ湾岸油田まで押さえており、エネルギーにも事欠かない有利さを維持している。

 人口も全州で最大を誇るカリフォルニア州までもが南部連合に付いた。


 その上カリフォルニア州には航空機とIT産業の殆どが集まっているのだ。

 また、それらの企業はウォール街からの経済的脱却と爆発的な高利による資金の供給、或いは締め上げによって自分たちの生産業が『金融資本の植民地』になっている本質を捉えていた。


 先に述べた『FRBへの反発』であり、南部だけで新しい通貨制度を生み出し其れを『新通貨』にする事も最終目標である。


 つまり、今のドルの否定だ。


 だが、これが最悪の一手であった。


 この目標を掲げた時点で、北部金融連合が二つに割れ、南部支援を打ち出す銀行も現れたのだ。

 (これ)は、南北どちらが勝ち残っても銀行連合こそが『最終的支配権』を手放す気が無い事を示している。


 独立の意味から考えて、『南部州連合』は独立地域に入り込んだ銀行連合の叩き出しから開始しなくてはならないが、これが世界の銀行・金融関連企業の北部への同意票を集める要因になってしまった。


 反面、中立州の庶民は南部に同情的である。

 中立を保つ州は意外に多く、アラスカ、ハワイは勿論の事、本土に於いても十四州が中立を宣言している。

 戦力も経済力もない弱い州はそうするしかないのだ。


 前回との大きな違いは南北の兵力差が逆転する可能性が高い事である。

 また優秀な将官、佐官の殆どが北部に移動し始めた事が戦局をどう変えるかも注目されている。


 兎も角、『第二次アメリカ南北戦争』は開戦前から、

『銀行の、銀行による、銀行の為の戦争』であることが、はっきりとしてきた。


 しかし、動き出した歯車は止められる気配は無い。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 地球、筑波に於いて発注した『あるもの』、即ち『ロケット』は完成まで急いでも四~五ヶ月は掛かる。


 一度『跳躍』した時間軸を遡れない事を考えれば、如何にヴェレーネと言えども、

『では五ヶ月後に跳びましょう』

 等とは気軽には言えない。


 アメリカの戦争の推移とフェリシアの防衛の推移に関わる時間は出来得る限り『同調させて置く』必要があるのだ。

『第二次南北戦争終結』の時間帯に跳んでしまい、政府にフェリシアから兵を撤退する様に命令を出されたならどうするのか、という問題が残るのである。


 実際、今回の輸送船の改修もそれほど時間を掛けられない。

 起動電圧装置以外は故障していないというコペルの言葉を信じて『一ヶ月』と納期を区切らせてある。

 

 ともかくロケットの早急な入手が必要であった。

 これこそが、シナンガル軍の進軍ルートを決めさせる『餌』になるのだ。


 だが、時間は操作できない。

 

 そんな折り、当の筑波の企業から僥倖(ぎょうこう)とも言える情報を得る。

「カナダに頼まれて打ち上げるはずだった衛星が、今、止まってるんですよ」

「アメリカで戦争じゃあ、“それどころじゃない”ってわけですね」

 投げやりに笑う職員までいる。

ζ(ゼータ)Ⅰなら二台は空きがあるんじゃないんですか?」


『ゼータⅠ』

 イプシロンロケットの後を継ぐ最新鋭の衛星軌道運搬推進器(ロケット)である。


 少し微積の意味の分かる人間が操るノートパソコン二台が在れば、南北緯七十五度以下ならば何処からでも衛星軌道に乗せる事が出来る。と云う馬鹿げた代物(しろもの)だ。

 流石に地上から高度三五,七八六キロメートルという中位静止軌道に乗せる事は無理だが、高度六〇〇キロメートル以下の低位周回軌道によって地上の半径三〇〇〇キロメートルの気象観測、また集中半径二五キロの監視を数時間から数十時間は行う事が出来る。


 長時間、同じ地表を写す為には天体に沿()った落下速度を落とさざるを得ない。

 つまりはそれだけ引力に捉えられやすくなり、寿命は縮まる。

 しかし、今は当座しのぎでよいのだ。 

 何より、地表監視は二の次である。 

 ロケットを打ち上げた、と云う事実が欲しいのだ。これに賭けるしかない。


 二〇一三年のイプシロンロケットの成功は世界に衝撃を与えたと言って良い。

 発射調整の為に必要な数十人のスタッフが、ノートパソコンを持った二人、いや一人でも構わなくなったのである。


 手に入れさえすれば、設置後は最短四日でカグラの衛星軌道に乗せてみせると坂崎は言い切る。

 実際、一寸勉強の出来る中学生なら地球でも二週間では打ち上げが可能な程、システムの簡略化がなされているのが『ゼータⅠ』なのである。


 結局、巧は広島にとんぼ返りしたヴェレーネや坂崎と合流し種子島へ飛ぶ。



 地球、四月十一日の事であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 フェリシア三月二五日


 南部戦線において戦闘に入り二ヶ月を過ぎた戦車隊は、おかしなことに気付き始める。

 今まで直撃弾ならば一撃で倒せた大型魔獣に変化が起きて来たのだ。


 ハティウルフとドラゴンが、その撃滅に三~五発の砲弾を必要とし始めた。


 見た目まではっきりと違い、今までのハティウルフやドラゴンとはまるで違う。


 実際、ハティウルフについては最初から妙な部分があった。

 シエネ議会の正面ホールに置かれたマーシアによって討伐されたハティウルフと、今まで現れていたものとは色が大きく違っていた事だ。


『六十年の月日の中で剥製は色を塗り直すなり、自然に変色するなりしたのだろう』

 とホールで剥製を見た国防陸軍の兵士達は“その様に”理解していた。

 だが、今、現れ始め、直撃弾の一発では足を止めるのがやっと、と云うハティウルフ、その色こそがマーシアが討伐した『あの剥製』の色、そのままなのだ。

 緑が深い毛並みである。


 マーシアが初見で森と思い違えて魔力を感じなかった様に、彼らは狡猾であり、何よりその毛皮は硬い。

 しかもそれは毛と毛の間に空気を取り込んだクッション構造になっている。


 要は戦車における中空装甲構造に近いと言って良い。


 第一弾の衝撃を表面のタングステン鋼並の毛皮が受け止める。

 しかし毛皮には流れがある為、飛翔翼付鉄鋼弾(APSFDS)の重密度弾芯ですら後方や上方などに受け流されてしまう。

 毛皮の薄い頭部を正面から打ち抜くか、一旦毛皮に穴を空け更に其処に一点集中で弾を叩き込まなくては駆逐は難しい。


(これ)を人間が斧で叩き殺したって?」

「冗談としか思えんよ」


 コッペリウスの荒技を見ていた(はず)の機甲科の面々ですら、誰もがそう言う。

 そしてドラゴンも、いよいよ青みを帯びてきた。


(ランセ)』のように碧空(へきくう)を思わせる美しい青ではない。

 深海に引き込まれるような黒がまだらめいた青さである。

 彼らの鱗もやはり二重三重の中空装甲状態である。


 戦闘力は今までの魔獣の比ではなく、遂には誤って突出した戦車二両の内一両が、ドラゴンの爪に掛かると紙くずの如くに潰され、乗員三名中二名が死亡した。

 もう一両が逃げ切れたのは、(かしわ)隊長の指示による支援砲撃と後方の三十式で待機していた魔術師五名掛かりによる竜への攪乱作用(かくらんさよう)が辛うじて間に合う、という連携からである。

 但し、この防衛で彼ら魔術師五名は三日は完全に身動きが取れなくなり、機甲科の面々は今更に魔術師の有り難みを知る事になった。


『対抗力場』は誰彼(だれかれ)と無く張れる魔法ではない。

 マーシアやアルス、或いはアイアロスの様に魔法の本質、即ちダークエネルギーの集約・固定が可能な者のみに使える魔法だ。

 その為には、自分の中に於いてそれぞれの方法で構わないが、それでも高度な『魔術体系の構築』が必要である。

 単に力が有れば良いと言うものでは無い。


 しかし、強力すぎる魔術体系の情報公開は戦後の混乱にも繋がりかねず、ヴェレーネもアイアロスも頭を悩ませていた。

 当然、王宮会議からも未だ許可は下りていない。

 その為、魔術師達の疲弊(ひへい)は積み重なっていき、これが南部戦線に与える影響は大きい。



 今回の二両の被害で、確かに逃げ切れた者も居た。

 だが、旅団体勢になって南部戦線における殉職者が遂に出た事も事実だ。

 最早、魔獣との対峙(たいじ)に於いて“攻撃ヘリ大隊を北部に送る事は不可能”というレベルにまでなりつつあり、大崎少佐はガーイン駐留の三機を除く一連隊つまり二個大隊五十一機、全てを稼働(かどう)体制に入らせた。


 機体の半数は二兵研の予算で生産購入されたものであり、予算の大盤振る舞いである。

 銃撃手(ガンナー)がパイロット役をこなす事で人手不足を補った。

 そうして後席にはレーダー員となる魔術師が乗り込むことで魔獣のレーダー攪乱(かくらん)に対抗する。


 人員不足で補助三機が使えないのも痛いが、作戦はトガまで含めると四方面という絶望的な状況で進められている。

 彼だけが不満を漏らす訳にはいかない。

 少佐であるにも関わらず中・大佐レベルに相当する通常の倍の装備まで与えて貰っているのだ。

 不満処か、愚痴すら口には出来まい。


 南部担当の二十機のAS隊の熱レーザーガンの砲身も損耗が激しくなってきた。

 ほぼ毎日、最大射程射撃を繰り返していれば、砲身は使い捨ての様になってくる。

 ジェネレータの損耗(しょうもう)から格闘戦はとても出来そうにもない事態に陥るのも時間の問題であろう。

 下手をすれば、機体ごと総取り替えである。

 本社では生産を急ピッチで進めているが、特殊な人型戦車は生産ラインすら実験的な設備しか持ち得ない。

 要は二兵研工場と規模は何ら変わらない(まま)である。


 しかし、遠距離から集団で飛来する竜に対しては、短SAMやAAMと呼ばれる対空ミサイルが探知装置(シーカー)を狂わされる事が多い為、熱レーザー頼りにならざるを得ないのだ。

 対空レーザー自走砲とASの重要性は益々、増してきた。


 砲身の替わりは幾らでも届けられたが、一機で平均二十キロの距離を守ることは精神的にも肉体的にも(つら)い。

 対空車両搭乗員とASパイロット達の疲労も、やはり蓄積していく。


 空軍十八機もローテーションで出撃し、よく頑張ってくれるもののF-3Dの三十ミリでは頭を吹き飛ばさない限り、竜は落ちなくなって来ている。

空対空ミサイル(AAM)は後席に搭乗した魔術師によって近接爆発させるのだが、以前よりシビアなタイミングが要求される様になってきたのだ。


 いや、直撃しても火薬量や破壊力が不足している為に一撃で撃破とはいかず、低空に引き込んでヘルファイアを持つAH―2S攻撃ヘリ、もしくは熱レーザー砲を持つアームド()スカウト()などへ最終制圧を引き継がなくては仕留めきれなかった。


 航空機関砲に関してだけ言うならば、不要と思われ引っ込められていた三機のA-10に搭載されたGAU-8機関砲が唯一、効果があるという皮肉な事態が起きている。


 四方面のうち最も緊急性が高いと思われていた北部山岳地帯における『シナンガルの予想侵攻ルート』の探索は、現在は深谷少佐麾下(きか)輸送(スリック)第二中隊に全てが委ねられた。



 南部戦線では『ガーブ』から『セム』に報告された【個体A】或いは【個体S】が姿を現し始めている。

 が、人は其の様な魔獣の違いに後からようやく気付くのみだ。



 全ての事態は膠着こうちゃく(おちい)ったまま四月は近付く。

 現在、大型魔獣の残数は二百五十頭以上と推定されていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 時を少し戻し、シナンガルに目を向ける。


 三月初旬の事である。


 過去に岩国が捉えられた廃村は、その頃には南部魔獣対策の前進基地として再生され南部方面基地として稼働していた。


 本来は仮設的なものであった為、司令官をどうするのか揉めたのだが、結局ルナールの軍が現在司令官不在であり代行者の任は解かれていない事や、南部における魔獣の頸骨の収集は続行されている事から、シムル・アマートがルナール軍の内六千を率いて依然として駐留している。


 彼は大隊一万のうち残り四千名をルーファンショイに置き、休養を取らせる意味も持たせて交代要員としてある。

 つまり兵士に仕事に疲労や()きを生ますことがないように配慮している訳だ。

 やはり、シムルの実務能力は高い。



 個人や少数のチームで魔獣を駆るフェリシアのバロネットと違い、ルナール軍は常時二百五十名を一組として行動する。

 そうなるとトリクラプスドッグやユニコーンラビットは骨を回収するだけ効率が悪いと考え、駆逐はするが回収は後に回して大型の獣、即ちヘラジカの様な魔獣『アクリス』や虎の様な魔獣『ガーグル』、小型のヘルムボアを中心に捕らえる方針で事を進めていた。


 アクリスやガーグルと云う名は、交流地の商人達がバロネットから聞いた名前であり、シナンガルでもその名をそのままに使っていた。

 また、先だっての地竜は何のひねりもなくそのまま『地竜(リンディウム)』と呼ばれるままである。

 シナンガルという国は、命名一つとっても『文化』を軽んじる傾向がある。

 文化を軽んじるという事は「発想」を軽んじると云う事でもある。

 これが様々な技術の促進を阻害している事に気付いていない。


 だがある日、『地竜』以来に久々にシナンガル側が名付け親になる魔獣が現れる事になる。

 シムルとしては後々まで気分が良くない思いをする羽目になるが、発見者の名を取って魔法研究所で『シムラス』と名付けられたそれは「スラッグ」、即ち巨大なナメクジであった。


 草食性ではあるようだが()の様なものが大量発生した場合、その被害は肉食魔獣の比ではない。

 ルーファンショイ南部の水田や畑が荒らされる事を恐れたシムルは直ちに首都に報告を行ったのは当然である。



 僅かな危機感は有ったもののフェリシア南部に比べ、未だシナンガルは平穏と言えた。



サブタイトルはグレッグ・ベアの「火星移転」からです。

”移転”って言葉使いたかっただけちゃうんか? と言われると返す言葉無しです。


11/24

少し修正を入れました。

「ガンナー」やら「シーカー」やらは過去に一応意味は書いてありましたが、それを単体で使うのはあまり良いこととは思えなかったため、漢字で和訳を書いてそれの振り仮名にしました。


そろそろ挿絵を書きたいです。

もう少し元気になったら簡単な物からだけでも、と思っていますが何時になりますやら・・・・・・。


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「日本ふかし話 弐」も宜しくお願い致します。

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