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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
9/222

8:マーシアを待ちながら

「陛下に面会は可能かしら?」

 女王が目覚めた翌日、彼女の病室となっている貴賓室(きひんしつ)を訪れた『代行』は、部屋の前にいる警護兵に問いかけた。

 警護兵は二人とも人類種であるが、剣技と魔法力により選抜されて近衛隊から派遣されてきた精鋭である。


 彼等は共に左手を右手の上に乗せて軽く差し出し、恭しく頭を下げる。

 王族の前に出る時と同じ儀礼を行ったのだ。

 両手を差し出すことで武器を持っていないことを示し、同時に無礼があれば腕を切り捨てて良い、という意志を表したものである。


 今から二百年以上前に議会で決議されて以来のものであるらしいが、当時、承認を求める書類に目を通した女王は、

「他の人と王族を比較して、より礼を尽くしたいという気持ちは理解できる。 又、そうでなければ王の面前に出でる方も心苦しいであろうから承認はするが、決して『法制化』してはならない」

 と条件を入れてサインを行った。


 要するに「やりたければ勝手にやれ、(ただ)し人に押しつけるな」と言った訳で有るが、流石に女王としては其の様な言葉を発する訳にはいかなかったのだろう。

 そこで先の様な表現となった次第であるが、実際はそれだけの理由ではない。

 何より法制化などすれば、このような儀礼はとどまるところを知らず、最後は議会が宮廷の顔色を伺う虚飾者の群れに成り下がり、国民を顧みなくなる恐れがあったからだ。


 『巧言令色鮮仁』(こうげんれいしょく、すくなし、じん)

と言う言葉が地球にもある。『論語』にある言葉だ。

 意味は

「言葉巧みで、人から好かれようと愛想を振りまく者には、誠実な人間が少なく、人として最も大事な徳である仁の心が欠けているものだ」という程の意味である。


 議会は国民の代表である。

 社会的に技能が劣る人類種の代表が権力を持っているのは、社会におけるバランスを保つ為であってそれ以上の意味はない。

 その中で議会がその権力を自分達の自己満足に使うことを一つでも許せば、腐敗するまでの間は刹那(せつな)を待つまでもないであろう。


『礼』一つとっても、国家の基幹を揺るがしかねない事柄として捉えなければ為政者は務まらない。


 となると当然ながら、その女王の代行者もそこは心得ている訳だが、百を数える間を待たずして、その『代行』の怒りに触れるものがでた。


 警備兵が”しばらくお待ちを”と言って病室となっている貴賓室(きひんしつ)をノックし中に入る。

 すぐさま、バタバタとした足音が二つ聞こえてきてドアが開き、最初に薄い金髪のエルフが現れた。

 目も耳も僅かに垂れ気味で美しいと云うよりは可愛らしいエルフである。

 そのすぐ後ろにダークエルフであるリンジーも立っていた。


「病室内で走り廻って、女王様の身辺をお騒がせしてはいけませんわよ」

 あくまで落ち着いた『代行』の口調ではあるが、二人は項垂(うなだ)れてしまい、『すいません』と声が重なる。


「反省しているなら、まあ良いでしょう。今後は気をつけてね。ところで女王様のお顔だけでも見ることは出来ますかしら?」

 此処(ここ)()いてエルフ二人は『代行』の逆鱗に触れる事となったのだ。 


 金髪のエルフが先程の失敗を取り戻そうと思ったのか、めいっぱいの媚びた声で、

「そんな! 『代行』様なら私たちに許可など取らずとも普通に入室して下されて当然ですわ。どうぞ、中へ」

 と手の平を室内に向けたが『代行』はじっと黙っている。


 金髪は相変わらずニコニコして気付いていないのだが、リンジーは『代行』がいつもの様に笑っていないことに気付いて青ざめた。


「中には他にどなたが?」

『代行』に問われた金髪はまたもにこやかに、

「はい、カレル様が脈を取っておられました」と答える。

 カレルとは今回の『精神跳躍計画』のスタッフリーダーであり、昨日、『代行』の笑えない冗談に苦言を呈した男である。 

 医師でもある彼は、覚醒した女王に付き切りになっていた。


「なら、彼に一言断って二人とも付いてきなさい。走ってはいけませんわよ」

 そう言って、二人を待つ。

 

 今度は二人とも、足音低く戻って来てしずしずとドアを開ける。

「二人とも付いてきなさい」

 二人を引き連れて小さな部屋に入る。


「今後のこともあるから、少しお説教しておきましょう」

 此処まで来ると流石に鈍い金髪も、自分が何かしらの失敗をしたのだと云うことに気付いており、青ざめた表情だ。


「リンジー。アルバは気付かなくても仕方ないとして、あなたは何故二人で此処に呼び出されたか分かるかなぁ?」

 口調が変わっているのが、怒りを隠せない証拠とも言わんばかりであり、リンジーもパニックを起こして何も考えられない。

 首を振って、申し訳ありません、と片膝を床に付く。

 アルバと呼ばれた金髪も後に続いて、下を向いた。


 それに対して『代行』は何故か更に不快になった様で、

「取り敢えず、立ちなさい」

 と、起立を促した。二人が立ち上がると(おもむろ)に訊いてくる。 

「あなたたち、いくつになったかなぁ?」

「十九です」とリンジー。

「十八です……」と声の消え入りそうなアルバ。


「まあ、二人とも若いから仕方ないとしても、少し考えましょうよ」

 そういって『代行』は言葉を継ぐ、

「あなたたち二人が、普通の病院の看護婦だったとして、『面会謝絶』か、若しくは、それに近い患者の病室に医者の許可も無しに議員だか大臣だかが勝手に入ってきた場合、それを許すかしらぁ?」

『代行』のその言葉に二人は「あっ」となったが顔を上げられない。


 今は、叱責(しっせき)される事への恐ろしさではなく『恥ずかしさ』で顔が上げられないのだ。


「言っている意味が分かるかしら?」

『代行』の問いに、二人は、

「申し訳ありません」

「はい……」

 とそれぞれに答える。


『代行』は話を続ける。

「申し訳ないけど、少し続けさせて貰うわよ。この人口の少ない私たちの国が過去五百年にわたって、六ヶ国戦乱の時代も、そして今現在も領土を侵されていないのは何故かわかる?」


 二人は一瞬、固まったが、リンジーが口を開く。

「それは女王さまが、「違う!」


 リンジーの言葉は『代行』の怒声で遮られる。 

 今の声は本物の怒りを含んでいた。


「分かっていない。本当に何も分かっていない。嘆かわしいこと……」

 首を振って溜息を吐く。ヴェールで顔は見えないものの、悲痛な声だ。

 この方でも、こんな声を出すことが有るのだ、とアルバは見当違いなことを考えてしまう。

 それに気付いたかのように『代行』はアルバに顔向ける。

 表情は見えなくとも睨まれていることは分かった。


「いいですか。この国が平和で安定しているのは、全て『国民』一人、一人の心構えによるものです。 

 意識しようがしまいが、皆が自分の成すべき仕事に誇りと責任を持っているからこそ、このような小国があの戦乱の中で領土を守り、国民の被害を押さえ、今の繁栄が有るのです。

 あなたたちは女王に使えているのでは有りません。

 自分の神聖な『職務』に使えているのです。

 女王や議会はその手助けをしているに過ぎないのですよ。

 さっきの病室でなら、自分の責任において通せないという人物がいれば、相手が女王だろうが魔王だろうが全力で排除しなさい。

 その様な気概を国民が忘れた時、この国は滅びますわよ」


 二人はあっけにとられる。 

 代行とは云え、現在女王と同じ立場にある人間が『女王などは国家の付属品』とまではいかなくとも、それに近い言葉を発したのだ。

 挙げ句、『排除』などと。


 他の人間が声に出せば、「危険分子」として衛士隊に目を付けられかねない。

 不敬罪の無いこの国では逮捕されることはあるまいが、それでも理由を付けて拘束ぐらいはされかねない言葉だ。

 それだけに『代行』の言葉の意味は強く二人の意識に刻まれた。

 自然と二人は跪き、儀礼ではなく心から(こうべ)を垂れたのだ。


 二人の頭上で空気が変わった。

「分かったら、それで良いわ。今回は出直しましょう。あなたたちも早く戻りなさい」

 そう言って『代行』は部屋を出て行く。直前で振り返ると最後に、

「女王様が私と話がしたいと言える様になったら呼びに来てくださいな。跳躍研究ホールの管理室にいますからぁ」

 昨日の棺の部屋に自分がいることを告げ、扉は閉じられた。




『跳躍研究ホール』の扉を開くと、一人のスタッフが居た。

 うっかりしていたな、と『代行』は思う。勝手にドアを開けたことではない。

 この研究所の最高責任者は自分なのだから、それは構わないのだが、此処にもう一人『跳躍者(スプリンガルド)』が眠り続けていることをすっかり忘れていたのだ。


 観測機器の側に椅子と小振りのテーブルを置いて優雅に紅茶を楽しんであるのは、スタッフの一人、アルスである。

 本名はアルシオーネだが親しい者は皆、省略してそう呼んでいる。

 青い髪と青い目が特徴的な非常にマイペースな女性だが、先の二人に比べれば天地の差がある程の優秀なスタッフだ。


『代行』の入室に気が付き、立ち上がるとスカートの裾を摘んで見事な挨拶をする。

「ごきげんよう。代行様」

 挨拶まで優雅である。

 貴族制度が実現したらこの子は一番に選ばれるな、などと思うが、発したのは別の言葉で、

「マイヤは?」

 とだけ訊いた。

「私、昨日午後からお休みを頂きましたので、今日はお姉様の番ですわ」


 そう、昨日、女王が目覚めた時、彼女は眠りに入り、今日の朝早くに緑色の髪をした姉から仕事を引き継いだのだ。


「御免なさいね。結局スタッフ増やせなくて。 

 秘密を守れて、体力のある女の子は四人しかいなかったものですからねぇ」

『代行』はそう詫びる。魔導研究所にはどうしても男性職員が多い。


 裸体の女王を誰彼なしに晒す訳にはいかなく、結局男性はリーダーとしてカレル一人。

 残りは、女性で固めたが一人が体を壊してしまった。 

 そこで代わりのスタッフを選出しようとしていたその日、いきなり女王が目覚めたのだ。



「少し宜しいでしょうか? 代行様」

 俯いていたアルスが意を決した様に呼びかける。

「なにかしら?」

 気軽に返事をしたヴェレーネに向け、アルスは未だ人影が残った棺を指しながら問いかける。


「これ、殺して良いですか?」


 彼女の言葉は『代行』をずっこけさせた。

 頭上には、いつの間にか氷で作られた巨大な突撃槍(ランス)が浮いている。


「駄目! だ~~め~~で~~す~~よ~~」

 何故か後ずさりしながら、止めてしまう『代行』であった。


「あら、残念ですわ」

 アルスがそう言うと槍は瞬時に消えた。今は庭の噴水の水にでもなったのだろう。


 どうも此の子は時々怖い、と感じながら、

「管理室にいますわ。用がある時は、天井のマイクに向けて喋ってくださいな。 私を誰かが呼びに来ても同じ。 

 部屋を勝手に開けない様に。あと……、殺さないで下さいね。

 それ、まだ使うんですから」

 棺を指さして、それから彼女は管理室に入った。


 管理室に入るとドアに鍵を掛け上半分のガラス部分のカーテンを引く。

 これで内部は見えない上、いきなり部屋に入ってこられる心配もない。

 それから彼女は部屋の一番奥、何もない壁に体を向ける。

 

 何もない壁、と言ったが正確には小さな穴が一つだけあった。指先が入るより僅かに大きい程の小さな穴だ。

 人差し指をその穴に差し込む。ピッ、という電子音がすると同時に真っ白だった壁にいきなり切り込みが現れる。

 高さは二メートル、幅は一メートル二十センチ程のものだ。スライドして開く。

 驚いたことに自動ドアがそこには存在していた。 

 先程『代行』が指を差し込んだのは所謂(いわゆる)『指紋認証システム』という奴だろう。


 内部は暗かった。

 彼女が中に入ると赤色の非常灯のような明かりが室内を照らす。

 椅子が四つ有り、その前は各種のコンソールで埋め尽くされている。

 少し首を上げれば、壁一面にスクリーンが広がり何らかの文字が現れている。

 大きな文字だ。

 地球人がこれを見れば『ある物』を想像したであろう。


 そしてその予想は間違っていない。


 彼女は特にコンソール類に手を伸ばすことはしなかった。

 ドアが閉じると一つの椅子を選んで腰掛け、

「ハイ、セム!」と、一言。


 少し間が空いて、幾つかのランプが付き機械音声が帰ってくる。

 若い男の声を()して作られた人口音声の様だ。


『その声は、――だね。久しぶり、九百十二時間四一分二十秒ぶりだ。』


「前も言いましたわよね。秒単位まで言うの止めてもらえないかしらぁ、って。 なんだか、待ち合わせに遅れて嫌味を言われてる気分になりますわ、って。真逆覚えてない、とは言わせないわよ!」

 最後が彼女の素なのだろうか? しかし、機械音声はへこたれない。


『嫌味を言ってるんだけど?』


「今度から、この部屋には破壊槌(スレッジハンマー)を持って来ますわぁ」


『こういう会話って良いよね。恋人同士の甘い語らい、って感じでさぁ』


「――にカビでも生えてらっしゃるの。あなた――でしょ?」


『知ってるなら、訊かないでよ。カビ生えるわけ無いじゃない』


「本題に入りますわ。データよこしてくださいね」


『こう、もちょっと。噛み締めていたいというか……』


「ハンマー取ってくるわ」


『ヘイ、ガール、お茶目なアメリカンジョークってやつさ。 

 うちのワイフがこう言ったのさhahahaって、やつね』


「アメリカって何処(どこ)よぉ」


『――ちゃったんだよね。残念なことだ』


「こっちもそうなりかけてるんで、時間、無いんですけどね」


『すんまそん。すぐ渡します』


 どういう奴なのかは知らないが、此奴が機械だとしたなら長い年月の中で相当に砕けてしまった様だ。


 ともかくやっと『セム』と呼ばれる何者かの説得に成功した『代行』は壁のボックスを開き中からコードを引き出す。

 そしてその先のコネクタを自分の腕に近づけた。

 部屋が暗い為、よくは分からないが、何らかの方法でコネクタは彼女の腕に繋がっている様だ。


「全部とれましたの?」

『うん。取ってから蘇生指示は出したからね。完璧だよ』


 ヴェールの奥の彼女の瞳に当たる部分が赤く光った。

 コッ、コッ、コッ……

 何かを小さく叩く様な音がコンソールから室内に響き渡る。


 左目の位置では変わらず赤い光が光っているが、右目は緑色に点滅を繰り返す。


 その中で『代行』は時々、「ふう~ん」、「へえ!」、「あらぁ」などと独り言を呟く。


『今のところ良かったでしょ』

「だまれよ!」


 と、五分を過ぎた当たりで、彼女は「えっ」っと声を上げる。

「あ~、あたしとしたことがこんな単純なミスを……」


『どしたの?』


「子供を産んでるじゃないのぉ!」


『まずいの?』


「寿命まで行ってれば問題なかったわ。 

 でもこれじゃ、心があっちに取り残されたまま生きることになるのよぉ」


 彼女にしては珍しい慌て方だ、と『セム』は思うが特に反応はしない。


「マーシアは何をやってたのかしら? 何の為の護衛ですの。 

 アルスの言う通り、もう殺してしまっても良いかもしれませんわねぇ」


 その時、スピーカーから『セム』とは違う声が聞こえてきた。

 

「代行、女王様がお会いしたいとのことです」

 アルスの声である。


『代行』は手前のマイクを取ってスイッチを入れる。

「十五分後に参ります。とお伝えしておいて下さいな」


 アルスが了解して、通信は切れた。

『代行』は急いで残りのデータを読み込んで、今後の対策を考えていく。

 しかし、データが後半になるにつれ溜息が多くなってきた。


 と、最後の一クロックを読み込んだ時、目に光が入る。

「これは……、ねえ『セム』、私は『この世界』は多分7クラスの後半と見たの。

 どう、合ってるかしらぁ?」


『そうだね。何時(いつ)8クラスに突入してもおかしくないんだけど、なんだか戦争が多いようだよ。

 それが足を引っ張っているのかと予測されるね』


「案外、文明なんてこれくらいで良いのかも知れないものよぉ。 

『過ぎたるは及ばざるがごとし』っていうじゃあない?」


『女王様の比喩表現の知識を剽窃(ひょうせつ)してドヤ顔されてもねぇ』


「だまれよ!」


 軽く切れ気味になったが『代行』は持ち直して言葉を続ける。

「あなたも『ドヤ顔』なんて概念を理解できたんだから、翻訳データは問題ないわね。

 完全なものを作って、筐体(きょうたい)もポータブルな型を完成できる設計にまでして欲しいわ。 

 材料は『あちら』の機材を使うだけで済みますわよね」


『最低でも一三二〇時間ほしいね。それ以上の速度だと他の――に負担が掛かる』


「五五日間ね。いいわ。じゃあ、またね」



    ◇   ◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇



 何が起きるかは知っている。しかし、いざその場面に立つと、勇気が要るものだ。


『代行』は女王の病室の前に立っていた。


 入室の許可を求めるとリンジ―がドアを開いて出てきた。

「カレル主任が診察を終え、許可が出ていますが、大変落ち込んで居られます。 興奮させない様に願います」


 毅然とした態度である。先程の薬はよく効いた様だ。


(でも、すみませんね、リンジー。 

 あなたには偉そうなことを言っておいて、私は失敗するかも知れませんわよ)

 そう思いながら彼女は入室する。


 広い室内である。元々は貴賓室(きひんしつ)なのだ。

 病室はあるが女王を寝かせて良い場所ではない、と考え此処を選んだ。

 日の光が程よく入り、良い場所だ。 

 部屋の中央にはレールカーテンが掛かっているが、あの向こうの窓からは、広い庭の緑がよく見える。


 右手の方を見るとトレイが二つ。

 ひとつは薬と水差し、もうひとつにはティーセットが乗っている。   


 静かに歩を進める。


(私は恐れている。彼女に幸せな夢を見せ、それを取り上げた。 

 糾弾されることが恐ろしいのではない。 

 他人にその様な残酷なことをしてしまった事実を今更ながらに悔いている)


(しかし、彼女は女王なのだ。それを踏まえて話をしなくてはならない)


 カーテンの前に立つ。

『代行』の印である帽子とヴェールを外し、一人の臣下に戻った。


「ヴェレーネ・アルメット、陛下のお呼びにより参上いたしました。 

 遅参をお詫びいたします」


 レールカーテンを引き、仕切りの中に入る。

 ベッドの上の女王はマットレスに腰を預け、身を起こしては居たが、放心した様に目の焦点が合っては居なかった。


 臣下の礼を取り、声を掛ける。

「危険な任務を自ら実行頂き、ありがとう御座いました。 

 魔力の高い者にしか為し得ぬ事であったとは言え、玉体を危険に晒しました事はお詫びいたしますが、祖国の危機も未だ、」


『シナンガルとの件にケリが付けば、死罪も受ける』

 と言おうとしたところで、いきなり女王が爆発した。


「祖国、祖国って何! そんなの知らない! 

 あたしを帰して、うちに帰してよ」


 カレルが女王を落ち着く様になだめるが、女王は腰の下の枕程のマットレスを掴んで、『代行』ことアルメットに投げつけた。


 顔に当たったマットをベッドに戻そうと近付いた時、女王に胸ぐらを捕まれる。


「私の言ったこと、聞いてないの! 帰してって言ってるの! 確かに最初は苦労したわ!

 でも再婚した夫は優しかったし、子供も三人出来たのよ! 下の子はまだ八つよ!

 今頃きっと泣いてるわ! 可愛かったのよ! 天使みたいで、お姉ちゃんも優しくて、お兄ちゃんはちょっと照れ屋さんなの」


 女王は完全に錯乱していた。 


「アルバ、薬を持ってきなさい!」

 カレルがアルバを呼んだその瞬間。


 パァン!!


 病室に破裂音が鳴り響き女王が頬を押さえる。 


 アルメットが女王の頬に本気の平手を見舞ったのだ。





サブタイトルは所謂SF御三家フィリップ・K・ディックの「昨年を待ちながら」からです。

薬による悪夢と幻想という点で繋げてみました。


しかし、我ながらマーシア(未登場人物)の扱いが酷いw。


それと、進展が遅いのに皆さん良く読んで下さいます。ありがとうございます。


まあ、それはともかく、ロボットだけでなく、いろいろな機材を持ち込んで旧型機での空中戦も予定しているんですが、いつになるやら。

巧の世界で不遇を託っているパイロットたちにかっこいい見せ場を作って上げたいなぁ、と思っています。

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